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第4話

 第四話


 


  さて、家に帰った私は少々困った事になりました。


  と言うのも、私が剣術に没頭し過ぎている事をお父様が心配したらしく、暫くの間屋敷の外へ出る事を禁止されてしまったのです。


  元より一人での外出は許されておりませんでしたが、今回は同伴者付きの外出も禁止と来ました。


  こっそり抜け出そうにも、領地の政に関わる事になるのでそれも難しそうです。


 

  「全く……お父様にも困ったものね、そうは思わないかしら? ビオラ」


  「むしろ良い薬ではないのですか? お嬢様には少々少女らしさが足りませんから」


「剣を振る女は皆男とでも言う気? 貴女だってこの地に生きる女なのだから剣の一つや二つ振れるでしょうに」


  「えぇ確かに私も剣を振れますが……お嬢様の様に初撃で全て終わらせる荒々しい物ではありませんので」


「はぁ……もういいわ、書類を頂戴」



  軟禁状態を嘆いても仕方がありませんので仕事に集中しようと思ったのですが、私の机の上に山の様に積まれているのに気が付きました。


  気が滅入りそうなのをグッと堪えながら一枚引き抜くと、新しく入って来た流民が好き勝手に居住区を広げている事への陳情書、頻繁に起きる事なので普段なら特筆すべき事では無いのですが、彼らの建てた家の場所が悪い。


 

  「西の森の直ぐ側ですか……この周辺には如何なる建築物も許可していないのに、人の話を聞かない輩は多いですね」

 

「如何致します、お嬢様?」


「どうもこうも、直接私が出向いて彼らを説得するわ」


「外出禁止です、お嬢様」


「融通が利かないのね……」



  政務を口実に外出する気だったのですが、残念ながら上手くいきませんでしたね。


  まぁ仕事をする事自体に不満は無いので脱走計画は頭の隅に追いやったのですが、この陳情書の日付がいささか古い事に気が付きました。


  現在の日時から遡る事ひと月、先日街へ抜け出した時にそれらしき集団を見なかったので恐らくは全滅したのでしょう。


  彼らが作った居住区は亜人のテリトリーに踏み入っていましたからね、一攫千金狙いなのか手付かずの森を実効支配する気だったのかは知りませんが、残念な事です。

 


  「ところでお嬢様、亜人によって流民が全滅したと言う事は、弟様がエキサイトするのでは?」


  「……あの子にも見せたの? この書類」



  その質問への答えが返ってくる前に廊下を走る音が聞こえ、私の部屋の扉が蹴り飛ばされました。


  体を躱して飛来する木製の扉をやり過ごした私は、同じように避けたビオラと共に少々やんちゃをした弟に身体を向ける。


  彼の名前はシャロン、私の一つ違いの弟なのだけど、亜人嫌いで我が家の中でも一番西の森の開拓に熱心です。



  「ノックにしては些か過激よ、シャロン」


「姉上!! 今すぐ出立の準備をして下さい!! 今日こそ僕と共に森の亜人を駆逐しに行きましょう!! さぁ!! さぁ!! さぁ!!」


  「……貴方の亜人嫌いも困ったものね」



  鼻息荒く私の部屋の扉を蹴り飛ばしたシャロンの手には愛用している十文字槍が握られています、用意周到と褒めるべきなのか、或いは血の気が多い事を嘆くべきなのでしょうか?


  非常に愛らしい童顔とは裏腹に手足の様に振り回す十文字槍は非常に荒々しく、突けば槍、振るえば薙刀、引けば鎌の様な動きが出来るので、手合わせをすると時々ひやりとさせられます。


 

  「はぁ……可愛らしい顔をしているのに、どうしてこんなに血の気が多く育ってしまったのかしら? ビオラ、何か心当たりはない?」


  「確実にお嬢様の影響ですよ? 家を継ぐ男子に相応しくする為と称して幼少の頃から散々剣術の稽古に付き合わせて居ましたよね?」


「……ビオラの言う通りです、今でも夢に見ますよ? 姉上の木剣で殴り飛ばされて真冬の池に叩き込まれた瞬間とか、振り下ろしの一撃を食らって地面に埋められた瞬間とか、屋敷の屋根より高い位置まで殴り飛ばされた瞬間とか」


  「シャロン、細かな事を気にしてはいけないわ」


「僕にとっては全て生死の境を彷徨った出来事なのですが……」


 

  ジト目で私を見る二人から目を逸らし、 話を誤魔化す様にしながら別の書類を手に取ろうとしたのだけど、その手をシャロンに掴まれてしまった。



  「姉上!! 誤魔化さないで下さい!! 何故亜人狩りに出ようとしないのですか!!」


「はぁ……出荷の時期でしょ? 荷物の護衛に貴方も選ばれているのだから森の征伐にはまだ行けません」



  王都までは片道一週間、積荷狙いの賊も多いですから余計な疲労を溜めるのは褒められた物では無いでしょう。


  私も今は武器がありませんし、森に行っても大した働きが出来ません。


  それ故にこの度の征伐は見送る様にと説明したのですが、中々納得しない様子でした。



  「……仕方ありませんね」


  「姉上、漸くお分かりに––––」


  「血の気が多い見たいだし、久々に稽古を付けてあげるわ」

 


  私がそう言った瞬間、シャロンは顔を引きつらせて固まってしまったのだけど、聞き分けの悪い弟への躾も兼ねているので肩を掴み、そのまま窓から外へ投げ出しました。


 

  「シャロン、今から着替えるから……逃げずに待っているのよ?」


「……はい」



  ▽



  どうしてこうなった? 僕は処刑台に登る囚人のような気持ちで槍を構えながら道着に着替えた姉上と対峙していた。


  両手をだらりと下げながら『三打打たせてあげる、何時如何様にでも好きに打ち込んで来なさい』と言って完全に脱力する姉上は一見すれば無防備に見える。


  いや、実際三打目までは一切の回避や防御を行わないのだから、三打目までは無防備なのだけど、問題はその後だ。


  常人離れした身体能力を持つ姉上は、教会から神の寵愛を受けた者として認定された生まれながらの超人、だから僕らとは基本的に性能が違い過ぎるので、安易に三打打ち込むと返しの一撃を認識出来ない内に意識を持っていかれてしまう。


  かと言って打たせてくれる三打以内に終わらせようにも、姉上の基本スペックが違いすぎるから眉間に寸分違わず三打打ち込んでも立ちくらみすら起こせない。


  ……自分の身内に向けて言う言葉じゃないけれど、姉上は本当に人間なんだろうか?



  訓練用の槍を構えながらジリジリと間合いを詰めつつ呼吸を整える。


  姉上は弟である僕の目から見ても非常に美しい、思わず異性として認識してしまいそうな程に。


  しかし、この人の目を見ればそんな浮ついた熱は忽ち消えてしまう、何せ人を人として見ていないのだから。


  虫ケラを見るような目で笑みを浮かべる姉上の顔を見て、怖気が走り背筋が凍り付く、心臓を直接鷲掴みにされた様な威圧感が僕を襲ったが、それを振り切る様に踏み込んだ。


 

  姉上は動かない。一撃目を額に当てるも、頭が後ろに仰け反るだけで大して効いていない。


  だけど頭が仰け反ったおかげで顎先がガラ空きになった。その一瞬を逃さない様に突いた槍を回転させて顎を更に弾き上げる。


  超人的な身体能力をしているけれど、姉上の体重は平均よりも下だから余裕で身体を空中に持ち上げられた。


  そして落下してくる姉上の心臓目掛け、全身のバネを利用しながら槍を突き出したんだけど、残念ながら姉上を倒すまでには至らなかったらしい。



  「三打、打ちましたね?」



  ゾッとする様な冷たい声に思わず後ろに飛び退いたのだけど、反応出来ない速さで開けた距離を詰められる。


  反撃の為に石突きを反転させる様にして下から打撃を打ち込もうとしたけど、姉上の手元が動いた事に気が付いた僕は、体制が崩れる事も御構い無しに全力で更に後ろへ飛び退いた。

 

  普通なら相手の攻撃を避ける為だけにこんな大袈裟な動きをする必要は無いし、寧ろ派手な回避行動は隙を生む事になるけれど、事姉上戦に関しては透かしや防御は下策になる。


  何故って? 斬撃の際の剣圧によって生まれた衝撃波で全身が粉砕されるからだ。


  現に今の一閃で斬撃の軌跡をなぞるように衝撃波が放たれ、地面が轟音と共に抉れ飛ぶ。


  剛剣の代償として姉上の道着や木剣は耐え切れずに弾けてしまったが、この人は徒手空拳でも異常な強さをしている。



  だから崩れた体制を立て直しながら、踏み込んで来た姉上にカウンターを合わせる様に突きを入れたが、体を半身逸らされて回避された挙句槍を踏み砕かれた。


  そして肺の上に一撃叩き込まれそうになったので、両腕を交差させる事で受け止めて––––そこから先の記憶が無い。


  目が覚めたら自分の部屋のベッドの上で寝かされていた。



  両腕の感覚が無いや、ガードしたのにコレなんだもんなぁ……これの何処が苦手な徒手空拳なんだろうか?


  亜人退治に行く気力を削がれた僕は、そのまま疲れを取る為に眠るのだった。

 

 


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