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第3話

 


  ––––あの後なんとか食事処をピックアップして赤い髪の男の子と一緒に入ったのですが、案の定彼のお口には合わなかった様です。


  その証拠に、顰めっ面をしながら簡素なグレイビーソースのかかった大盛りのマッシュポテトを平らげつつ、酷く硬い海獣の干し肉を齧る彼の顔はあまり楽しそうではありません。



  「どうです? この街の料理は」


「あん? どうもこうも、率直に言って不味い」


「そうでしょうね、もし美味しいなどと言っていたら真面目にお医者様の診察を勧めていたかもしれません」


  「食わせて貰った手前で言い辛いんだけどよ、なんだってこんなに不味いんだよ? 全体的にどれもこれも塩っ気がねぇし、肉なんざ獣臭くて鼻摘まなきゃ食えたもんじゃねぇぞ」


「知りたいですか? でしたら案内致しますよ?」


「案内ってなんだよ?」


  「着いてきてのお楽しみ、という奴です」


  「けっ、勿体振りやがって」



  彼は私の言葉に悪態を吐くと、悪戦苦闘していた干し肉の残りを口に入れて店を出た。


  勘定を済ませてから彼を案内したのは街から北にしばらく行った先にある海岸線、遥か大昔は砂浜と隣接していたらしいのですが、海獣の被害を抑える為に防波堤を築いて見張りを立てて居ます。

 

  私は彼の手を引く様にして防波堤の上へと登ると、砂浜の上で集団を作っている海獣を指先した。



  「あれが、この街の料理を味気なくしている原因ですよ」


「原因つってもただ海獣が居るだけじゃねぇか、それとこれと何の関係があるんだよ?」


「ご存知かどうかは分かりませんが、あの街から西に行った先にある森には龍脈が蜘蛛の巣の様に広がり根付いています、亜人達が土地の管理に勤しんだ結果そうなったのでしょうが、一部龍脈が水脈と重なってしまっているらしく、その重なって流れ出た水が丁度この一帯に流れ出しているのです」



  その結果我が領地に出現する海獣達は他の地域よりも力強くなり、生半には倒す事が出来ない。


  海獣達はぶよぶよとした厚くて硬い皮膚に全身が覆われているので刃物や鈍器が通り辛いですし、魔法や弓による遠距離攻撃も海に逃げられば当たりません。


  海岸線が彼らの生活圏内なので海水を汲んで塩を作る事が難しく、彼らの目を盗めば多少の量は精製できるものの、大量生産が出来ないために街へ還元されないので食事が美味しくない、と言う訳ですね。


  異界の知識を利用しようにも彼の地にはここまで強力な海獣はいなかったのか、駆逐する必要が無いらしくあまり参考に出来ない。



「うじゃうじゃいやがるな、砂浜が見えねぇ」


「丘に上がってきている分にはノロマなので何とかなるのですが、海中の彼らは馬以上の速度ですし、肉食ですから海岸線に近付くのは控えた方がよろしいですよ?」


「食っても不味い、狩るのも手間、数も多いとくりゃそりゃ確かに塩なんぞ作れねぇか。良くこんな土地に住めんな」


「ふふっ他所から来たお方は皆同じ事を仰られますね? ですが住めば都とも言いますし、何よりも生まれ育った故郷を嫌いになれましょうか?」


  「住めば都? なんだそりゃ?」


  「何処か遠くの、誰も知らない地の言葉です。 どんな場所でも住み慣れればどこよりも快適だと言う意味ですね」


「……確かに、自分の故郷を嫌いになれる奴は居ねぇな」



  住めば都、思わず異界の記憶から知った言葉を零してしまいましたが、幸いな事に彼にそれを深く掘り下げられる事はありませんでした。


  誰に話しても荒唐無稽な話ですし、自分でもその記憶の所為で人生が他人事になっていますので正直なところ触れられなくて安堵しています。


  彼の横顔を覗き見ると何か物思いに耽っておられる御様子、私とそう変わらない歳だと思われますが、流民として各地を転々としているのですから、故郷に関して何か思う所があるのでしょう。


  生まれ育った土地を捨ててまで別の地に移る、その決意は私には推し量る事は出来ません。


  暫くの間海を眺める彼の邪魔をしない様に口を閉ざして居ましたが、やがてそれも終わったらしく、彼は海に背を向けて防波堤の上から降りました。


 

「……そろそろ宿でも探すわ、飯あんがとよ」


「それでしたら、案内致しましょうか?」


「別にそこまでは要らねぇよ、ただ最後にお前さんの名前だけ聞かせてくれや、知らねぇ土地に知り合いも無しじゃ退屈だからよ」


  「名前……ですか」



  男装してまで屋敷を抜け出していますから本名は避けなくてはなりません、彼には悪いのですが偽名を名乗るつもりなのですが……男性らしい名前の方が良いですよね?


  後は念のために一人称も変えておきましょうか、男性らしい一人称なら私の性別についてもバレ辛くなるでしょうし。


 

  「––––グラジオラス、拙の名前です」


  「ハッ!! 華奢な身体の割には立派な名前してやがるのな。––––俺はカメリアだ」


 

  そう言って彼––––カメリアは背を向けたまま手を振って街の方へと向かって行きました。


  同年代の知り合いと言うのは初めてでしたので少々名残惜しいのですが、私の方もそろそろ戻らないと抜け出した事がバレてしまいますからね、丁度良いキリでしょう。

 

  そう納得した私は、彼とは別の裏道を通って屋敷へと向かったのですが、その途中で先程の悪漢達と出くわしてしまいました。


 

「あ、アニキ!! 居やしたぜ!!」


「このガキッ!! よくも赤っ恥掻かせやがって!! ただじゃ済まさねぇからなァ!!」



  カメリアにやられたのが余程頭に来たのでしょうか? 彼らは武器を手に取って私に八つ当たりに来た様です。


  更に場所的にはあまり人気が無い所でして、人を呼ぼうにも助けが期待できそうにありません。



  「どうしましょう? 拙は徒手空拳での戦いは苦手なのですが––––この場合は正当防衛ですよね?」


「へっ!! 何をぶつぶつ言って––––」



  私はメイスを片手に握ったアニキと呼ばれていた方の前まで踏み込み、下から顎目掛けて拳を振り抜きました。


  踏み込んだ際の衝撃で地面が大きく爆ぜましたが、私の体重が軽いからなのか打ち抜いた拳は相手の顎を砕くだけに留まってしまい、思ったよりもダメージはありません。


  おまけに殴った際の衝撃で相手の体が宙に浮いてしまいました。これでは力を一点に集中することが出来ないので、()()()()()()()()()()()()()



  「顎を砕く程度に留めてしまい申し訳ありません。痛みを感じさせないようにと思っていたのですが、どうにも身体の動きに拙が付いて行けないので半端に意識を残してしまいましたね」


「ひっ!? ば、化け物だァ!!」



  トドメを刺して差し上げようと近寄った瞬間、悪漢の皆様はアニキさんを抱えて逃げてしまわれました。


  無防備に背中を晒していらっしゃいましたので、追いかけようかとも考えたのですが、その後の処理が手間になりそうなのでそのまま帰ることに致しましょう。


 

  それにしても……やはり素手はダメですね、中途半端に相手を生かしてしまいますから。


  成長すれば多少は改善されると思うのですが、我が家の食事も質素倹約が常ですので栄養価的な事を考えると……望み薄です。



  はぁ、どこかに絶対に折れなくて曲がらない良く切れる剣は無いものでしょうか……。




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