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第2話

 


  私の生まれ育ったこの領地は北に海、西に広大な森、東に山、南に他領地への連絡路があるのだけど、このどれもが厄介な土地で我が家はその開拓を宿命としている。


  例えば北の海、異界の海と違って汚染や開発による生態系の変化が無いから良質な海産物が良く採れるのだけど、それを狙った海獣や海鳥などが人を襲う為、思った以上に漁獲量は少ない。


  例えば西の森、酷く広大で龍脈が通っている為、菜園や果樹園を作れば非常によく育ったり、或いはありとあらゆる薬草が自生していたり、高密度の魔力が宿る巨木が何本も生えていたりなど、魔導師や錬金術師にとても高く売れる素材が手に入ったり、王家に献上できる野菜や果実が生産できるけれど、龍脈に引き寄せられた亜人が人を襲う事件が頻繁に起きる。


  例えば東の山、宝石や金属の鉱脈が蜘蛛の巣の様に根付いていてどこを掘っても上物が手に入るのだけど、非常に標高が高くて、ドラゴンやワイバーンと言った竜種の生息地となっているので竜害が絶えない。


  例えば南の連絡路、先先代がこの土地の開拓を志願し、生涯を掛けて開墾したこの街道はこの厄介な土地で命懸けで手に入れた良質な品々を王都まで運ぶ重要な道なのだけど、中央から逃げて来た野盗や荷物狙いのならず者が頻繁に現れる。



  極上の資源が手に入る一方で、相応の被害を出すこの土地は遥か昔から王国が目を付けていたものの、中々開墾が進まなかった。


  その開拓作業に志願したのは先先代、非常に忠誠心の強かった彼は内乱終結後自らこの修羅の地に飛び込んで開墾を開始した、と言うのが我が家の成り立ち。



  (……先代のお祖父様は死ぬ間際まで西の森の開拓の心配をしていた。 お父様もその遺志を継いで森の開拓を行なっているけれど、正直に言って作業は遅々として進んでいない)



  その理由は龍脈を占領している亜人達、狼頭のライカンスロープや明確に人間と敵対している一部のゴブリン種など、土地の恩恵によって強靭となった彼らとの戦いが非常に厳しいからだ。


  そのおかげで私達が占領している部分は全体のたった数%、それでも十分な量の恩恵を受けてはいるけれどいつ奪い返されるか分からない。




  言葉の通じない野性的なライカンスロープだけなら制圧は楽なのだけど、魔法の使えるゴブリン・ウィザードとそれの操るウッドゴーレムに手を焼いているのが現状だ。


  亜人の操る魔法は我々人類のそれとは別種の代物であり、直接的な攻撃魔法は少ないものの自然の力を汲み出して行使する為、強力無比な物が多い。


  魔導師の数が揃っているなら対抗出来るけれど、発展途上の我が領地には数えるほどしか居ないのが致命的なのだろう。



  (……はぁ、それ故に西の森に行く事が出来れば刺激的な戦いが出来そうなのですが、先日最後の一振りを折ってしまいましたからね、流石に不得手な徒手空拳で挑む気にはなれません)



  無い物に思いを馳せても仕方がないので、横道に逸れた思考を戻しつつ再び我が領地の問題に意識を向けた。

 

  この地は先の理由により三方が未開拓である上に、他領土との交流も入手した高品質な素材の輸出が主な物となっている。


  しかし、開拓が進んでいないと言う事は即ち産出できる素材の絶対数が少ないと言う意味であり、王家に献上する為の分を捻出する事で精一杯。


  手に入れた資源はそのまま領地の外へ出て行く為他所様が思うほどこの地は潤っていない、異界の知識を使って領地改革を行おうにも使う為の基盤すら無いのだ。


 

  (海、山、森、全て人外の者に抑えられていますからね、何か一つでも手中に収められればこの地は安定するのですが……)



  嗚呼、やはり私の全力に耐えられる剣が欲しい、振り回しても折れない剣さえあればこの手で森の亜人どもを駆逐して差し上げるのに。


  ……仕方ありませんね、今日の所はやる事もありませんし街にでも出るとしましょう。


 

  クローゼットから黒を基調とした男性物の服を取り出して、髪型を変えて……後は手先の肌艶で性別が分からない様にする為の白い手袋と、目立つ銀髪を隠す帽子を被れば十分ですね。


 鏡で身嗜みを整えながら、中性的な男性に見える様に着替えた私は、人の目を盗む様に屋敷の外へ出る。


 こうでもしないと見つかった時に長期間の謹慎を強いられますからね、お父様の過保護も困ったものです。



  ▽


 

  身分を隠しながらこの街を見て回っていると、四方の問題だけでなく中心部であるこの地にも問題が散見されます。


  舗装のされていない道、一攫千金を狙い夢破れた浮浪者、職を求めてこの地に来た流民が勝手に建てた掘っ立て小屋の様な民家の数々。


  少し歩けば喧嘩に出喰わし、それを避けても怒号が止まない、お世辞にも治安が良いとは呼べない地域です。


  駐在の兵士も居るには居るのですが、王家への貢物を万が一にも奪われる訳にいかない為、輸出の際の護衛に多くが従事しているので全く数が足りてません。

 

  それで無くとも南方以外の三方向への見張りで人手が足りないと言うのに、揉め事ばかりのも問題ですね。


  仕事は沢山ありますが手に入った資源が中央へ流れて行くので、経済的にも物資的にも潤いが足りていません。


 

  そんな風に周りの様子を観察しながら歩いていたのが悪かったのでしょう、前を見て居なかった為かガラの悪そうな人達にぶつかってしまいました。



  「ああ、申し訳ありません。前を見ておりませんでした」


  「いってぇな、あーあーこりゃあ痣になっちまったなぁ? 治療代を貰わねぇといけねぇや、小綺麗な身なりしてっからそれぐらい払えるだろ?」


「アニキにぶつかったのが運の尽きだなぁ坊や、俺たちゃ優しくねぇぞ?」


 

  ぞろぞろと私の周りを四人程で囲む悪漢達、今回は私の方からぶつかりましたし、治療費を強請られたとしても仕方ありませんね。


  余計な問題を起こさない為に懐の財布へ手を伸ばした時でした。


  一番正面に居て私に凄んでいたアニキと呼ばれていた男性の頭に後ろから小石が飛んできたのです。


 

  「いってぇな!! 誰だ石なんぞ投げやがったのは!!」


「悪りぃなおっさん、ガキ相手に凄んでるアホみたら石投げたくなったんだよ」



  投げた方は私と同じくらいの背格好の少年、燃える様な赤い髪を逆立てた額に傷のある少々野性味のある方です。


  自信家なのか余裕の滲み出る笑みを浮かべる彼のその顔は、悪漢達の堪忍袋の尾を切るには十分過ぎたらしく––––四人同時に襲い掛かられていた。


  しかし彼に慌てた様子は無く、腰を低く落として突出してきた一人の腹部に拳を叩き込むと、そのままその男を盾にしながら残った三人に足払いした後、私の手を引きながら路地を数回曲がって逃げて、悪漢達を撒きました。



「ま、この辺まで来たら大丈夫だろ」


「えっと、助けていただいてありがとうございます。ですがあの様な大立ち回りをしなくても私がお金を支払えば穏便に済んだのでは?」


  「アホかお前、何処のボンボンか知らねぇけどあんな連中に金なんぞ払ってみろ、寄生虫みたいに一生集られるぞ」


  「なるほど、そう言う物なのですか……」


「そう言うもんだよ、んでこっからが本題なんだけどよ」


「はい、何でしょうか?」


  「お助け料だ。なんかメシ奢れ」


 

  一応は助けられた手前、食事をご馳走するのは吝かでは無いのですが……旅装束と言う事はこの街に来て日が浅いと思うんですよね。


  別に食事処が無いと言う訳では無いのですが、先にも言った様にこの街は経済的にも物資的にも潤っていないので––––端的に言って、どの店も食事があまり美味しくありません。



  ……さて、どうしましょうか?



 



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