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少女は上目遣いに彼を見た

 東雲と話すのは気が重いが、女子の集団に声をかけるのは別の意味で気が引ける。

 が、そうも言っていられなかった。

 隣のクラスの教室の前で、楽しそうに雑談していた女子は四人。

 どの女子も明るい雰囲気だし、華やかな感じだ。クラスでも中心的な存在に違いない。

 そのなかの一人が東雲だった。

 和弥は咳払いをした。


「あー……ちょっといい?」


 四人は一斉にこちらを見た。

 そのうち、三人は不審そうな顔をしている。

 嫌な感じだ。

 東雲だけが困ったような笑みを浮かべた。

 ちらちらと他の三人の様子をうかがっている。

 和弥はリーダー格の女子に視線を移した。


「生物の黒橋先生が呼んでるみたいでね。悪いけど、東雲さんに来てもらわないといけない」

「ふうん。東雲なら連れてっていいよ」

「ありがとう」


 それきり相手の女子は和弥に興味を失ったようだった。

 東雲はといえば、他の女子に小声で抜け出すことを謝っている。

 面倒なことだ。

 

 和弥はさっさと歩き出した。

しばらくたってから、東雲がついてきた。

 階段を上がって、次の階の廊下で和弥は立ち止まった。後ろを振り向くと、窓から夕日が差し込んでいて、東雲の短い髪を照らしている。

 あいかわらず小柄だな、と思う。

 東雲は、和弥と比べても背がかなり低い。


「和弥くん……」

「なに?」

「いま、あたしのことを小さいとか思った?」

「身長143cmなら、客観的に見て小柄な方に入るだろうね」

「143cmじゃなくて145cmだから」

「これは失礼」

「本当に失礼だよ」

「まあ、背が低いのは俺も同じだから」

「そういう問題じゃないと思うな」

「ごめん」

「気にしてるんだから」


 頬を膨らませて、東雲が和弥を上目遣いに見た。

 長い睫毛に、綺麗な髪。

穏やかそうな澄んだ瞳。

誰もが、彼女のことを人形のような美人だと言う。

 背が低すぎるところを除けば。


「また失礼なことを考えた?」

「とんでもない」

「アヤシイなあ。和弥くん、嘘つきだし」

「俺が東雲さんに嘘をついたことなんてある?」」

「ついさっき。黒橋先生に呼び出されているって、嘘だよね?」

「ご明察。本当は姫宮に言われて来たんだ。悪いね」

「全然いいけど、なんでそんな嘘をついたの?」

「その方が話が早かったから。東雲さんの友人たちが納得しやすい」

「そうかな」

「東雲さんも、立場上、あの三人より俺との用事を優先するわけにはいかないよね」

「そんなことないよ」


 それこそ嘘だ、と和弥は思った。

 何か特別な用事でもでっち上げなければ、東雲をつかまえることはできなかった。

 東雲はくすりと笑った。


「和弥くんが変な気を使う必要はないのに」

「時間をとって悪いね。あまり人には聞かれない場所の方がいいかな」


 とはいえ、そういう場所はあまりない。

 空き教室は誰が入ってくるかわからないし、自習室として使われていることも多い。

 屋上はちょうどよい場所なのだが、姫宮と鉢合わせするかもしれない

 東雲は首を少しかしげた。


「うーん、それならあの場所があるんじゃない?」

「あの場所?」

「ほら、生物準備室」

「いや、それは問題があるんじゃ……」

「あそこなら大丈夫だよ。誰も周りにはいないし」


 そういう問題ではなく、あんな狭い密室で二人きりになるというのは、避けるべきだ。

 が、それを口に出すわけにもいかない。

 和弥は別の理由を持ち出した。


「でも、今は鍵を持ってない」


 くすりと東雲は笑った。次の瞬間、和弥の胸ポケットに東雲の手が突っ込まれた。

 ぎょっとした和弥は、鍵の束が東雲の手の中にあるのを目にした。くるくると指先に引っ掛けて回している。


「和弥くんが驚くなんて、珍しいね」

「東雲さんが驚かせるようなことをするからだ」

「これが合鍵だよね? 生物準備室と講堂の鍵。それからこっちは文芸部と歴史研究部、吹奏楽部の部室かな。あとはわかんないや」

「そのとおり」

「なんで今は持ってないなんて嘘をついたの? あたしに言えない理由?」


 和弥は何も答えず、東雲はじっと和弥の目を見つめた。

 やがて東雲は頬を緩めた。


「まあ、いっか」

「いいの?」

「どうせ和弥くんは答える気がないでしょ?」

「まあね」

「代わりに質問。この鍵、どうやって手に入れたんだっけ?」

「合法的な手段によって」

「それ、本当に合法的なんだよね?」

「さあ、どうかな。想像にまかせるよ」

「和弥くんって危ない人だね……」

「冗談だよ。どれも先生や部員から預かったものだよ。いろいろあってね」

「よかった。和弥くんのことだから脅して手に入れたのかと思っちゃった」

「俺がそんな奴に見える?」

「見えないけど、和弥くんならやろうと思えばできるよね?」

「さあ、どうかな。それより、その鍵は返してくれないかな」

「この鍵を使えば、準備室に入れるよね?」


 和弥はため息をつき、それからわかったと答えた。

 東雲がいいと言うなら、いいのだろう。こちらが気をつかう話でもない。


「だけどさ、人のポケットから物をとるのは感心しないな。普通、そんなことをしたら怒られるよ」

「でも、和弥くんは怒らない」

「俺だってむっとすることくらいはあるさ」

「あたしは見たことがないよ?」


 そんなことを話しながら歩いているうちに、生物準備室についた。

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