表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

氷姫との交渉

 智樹を探せ、と姫宮に言われて、和弥は肩をすくめた。

 そして、首を大げさに横に振ってみせた。


「いったい、誰のために俺がそんなことをするんだ?」

「夏原くんのために」

「それなら、手伝えない。智樹のために時間を割く義理はないからね」

「幼なじみのため、でしょう?」

「だけど、今の俺とは関係のないやつだ」

「薄情なのね」

「何とでも言ってくれ。だいたい、なんのために姫宮は智樹を探すんだ?」

「東雲さんのため」

「友達だから?」

「そう」

「友人のために、そこまでするかな」

「大切な友達だもの。東雲さんは、夏原くんのことをかなり心配してる。事故や事件に巻き込まれたんじゃないかって……」

「へえ、そりゃ『大好きな智樹くん』がいなくなったんだから、当然か」

「東雲さんのためなら探してくれる?」

「いいや」

「でも、東雲さんのこと、好きなんでしょう?」

「誰が?」

「神谷が」

「どうしてそう思う?」

「神谷のこと、見てたらわかるわ」

「姫宮の勘違いだ」

「なら、嫌いなの?」

「嫌う理由はないけれど」

「なら、好きなんでしょう?」

 

 姫宮はちょっとだけ思い込みが激しい。和弥が東雲に異性としての好意をもっている。そう確信しているらしい。

 実際、「当たらずといえども遠からず」というところを突いているから困る。

 以前は、智樹と東雲、そして和弥は気の合う友人だった。学校の中でも外でも、いつでも三人一緒に行動していた。

 その三人から、和弥だけが弾き出された。

和弥はため息をついた。


「姫宮の想像に任せるよ」

「やっぱり、そうなんだ」

「ともかく、東雲さん本人にはそういうこと、言わないようにね」

「わかってる。でも、言わないでいるから頼み事を聞いてくれるかしら?」

「それは脅迫?」

「脅迫なんかじゃない。交渉よ」

「秘密をばらさないから、人探しを手伝え、か。うん、悪くない。探偵小説みたいだ」

「わたし、そういう本を読むのが趣味だもの」

「そうだったっけ」

「それで、どうするの?」

「答えは決まってる」

「そうよね。神谷に選択肢はないわ」

「いいや。俺は人探しなんかしないよ」

 

 姫宮は絶句した。

 予想外だったのだろう。

 和弥は苦笑した。


「べつに東雲さんに言ってもかまわないよ。困りはするけど、致命的なことじゃない。後から俺自身が否定すればいい話だ」

「そんな……」


 姫宮が瞳を曇らせ、和弥を見た。

 他の人なら睨まれているように感じるだろう。

 和弥はわざとらしくため息をついてみせた。


「どうして俺に頼むんだ?」

「暇そうだし」

「失礼な」

「それに、他に頼める人がいないもの」

「消去法で選ばれたなら、嬉しくはないな」

「神谷は夏原くんのことをよく知ってるし」

「それもあまり嬉しくない理由だ」

「東雲さんのためなら、やってくれると思ってたから。東雲さんも神谷に手伝ってもらうようにって……」

「そう言われても、気は変わらない」


 姫宮は目を伏せた。

 そして、小さな声でつぶやいた。


「神谷は頼りになるから」

「俺なんて、頼りにならないよ」

「でも、昔、わたしのことを助けてくれたわ」

「あのとき俺は失敗した」

「わたしはそうは思っていないわ」

 姫宮はうつむいてた。


 雪のように白い頬を、少しだけ赤く染めている。

 和弥は咳払いをした。


「智樹のためや東雲さんのために、俺は何かをする気はないよ。でも」

「でも?」

「自分を頼ってきてくれた相手のためなら、べつだ」

「それって、わたしのためってこと?」

「あー……そのとおりだ」


 姫宮は一瞬フリーズした後、ため息をついた。


「それなら、最初から『わたしのために働け』って言えばよかったわ」

「あんまり調子に乗らないように」

「冗談よ」


 いたずらっぽく姫宮は笑った。

 和弥もつられて、へらりと笑った。

 これで、否応なく、和弥は智樹と関わらざるをえなくなった。

 引き返すことはできない。

 誰もが認める優等生。それが突然、行方不明になった。理由もわからない。

 仮にいなくなったのが智樹でなかったとしても、それなりに興味を惹かれる。

 いい暇つぶしになりそうだ。

 和弥は事務的な手順に話を進めた。


「先に言っておくけど、条件が二つある。俺は嫌になったらいつでも降りる。それに、知った情報のすべてを姫宮には伝えないかもしれない。それでもいい?」

「いいわ」

「さて、俺は何をすればいい?」

「まずは、夏原くんの妹、葉月さんから話を聞きたいの。妹さんは、東雲さんやわたしには会ってくれないから」

「俺に連絡をとれと?」

「幼なじみだから、大丈夫でしょう?」

「まあ、葉月も知り合いではあるけど……」

 

 気は進まなかったが、和弥は言われるがままに葉月にメールをした。

 智樹を避けだしたころから、葉月ともほとんど会っていない。

 返信をしてくれるか不安だったが、すぐに「明日の放課後に会いましょう」という返事が来た。

 姫宮は満足そうにうなずいた。


「さっそく神谷が役に立ったわ」

「俺は道具じゃない」

「道具だなんて思っていないわ。期待しているのよ、探偵さん」

「そりゃどうも」

「そうそう、東雲さんにも会ってもらわないとね」

「いつ?」

「今でも、教室にいると思うわ」

「了解。会ってくるよ」

「わたしも行く」

「姫宮がいる必要はないんじゃないかな」

「ふうん、わたしは役立たずってわけ?」

「そうじゃないけど、姫宮は一通り東雲さんから話を聞いてるんだろう?」

「でも……」

「それに姫宮には話しにくいこともあるかもしれない」

「神谷はそんなに東雲さんに信頼されてるの?」

「まあね」


 これは嘘だったが、必要な嘘だ。

 姫宮について来られては困るからだ。

 東雲にはいくつか問いただすべきことがあったし、それらは姫宮のいないところで尋ねるべきことだった。


「ずいぶんと仲が良いのね」


姫宮はすねたような顔をしたが、いちおう納得してくれたようだった。


「それじゃ、姫宮。また明日」


 早足で和弥は立ち去った。

 後に残された姫宮の姿を、ちらりと見る。

 姫宮を見ていると、中等部のころのの苦い記憶が甦る。

 くしゃみをした和弥は、空を見上げた。曇り空は、冷たく和弥を見下ろしていた。

 ここは寒すぎる。早く東雲に会って、そして帰ってゆっくり寝ることにしよう。

 マフラーを返し忘れたことに気づいたのは、教室についた後だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ