行方不明の優等生
和弥が幼なじみの名前を口にすると、姫宮は大きな瞳を丸くした。
「本当に知ってたんだ。どうして?」
「姫宮の様子から、急な用事なのは明らかだった。今日、何かあったんだ。で、午前中に珍しく隣のクラスの女子と話しているのを見た」
「東雲さんのこと?」
「そのとおり。東雲さんは智樹の彼女だから。それで、智樹の知り合いの俺に話があるといったら、見当はつくよ」
「なんだ。意外と簡単なことだったのね」
「そんなもんだよ。それより、姫宮が他人事に首をつっこむとは思わなかった」
「他人事じゃないわ。東雲さんは、わたしの親友だもの」
「へえ」
意外だ、という言葉を和弥は飲み込んだ。
あまり気の合うタイプには見えない。
「どっちにしても、俺にとっては他人事だ」
和弥は智樹の顔を思い浮かべた。
背の高い、優しい雰囲気の男だ。それでいて、運動もできるし、成績も学年の上位十番には入る。
おまけに野球部のエースだ。
冴えない和弥には、とてもかなわない相手だ。
「でも、神谷と夏原くんは、幼なじみなんでしょう?」
「それはそうだけどね。今は疎遠になってるから」
「どうして?」
「理由なんてないよ」
「本当にそうなの?」
「たしかに理由はあるよ。でも、姫宮だって想像はつくだろ」
「教えてくれない?」
「嫌だ」
「どうして?」
「答えたくないものは、答えたくないんだ」
「ひょっとして、怒った?」
不安そうに姫宮が尋ねた。
姫宮に悪意はないのだ。
姫宮に悪いことをした気がして、和弥は深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
「べつに怒ってはいないよ」
「ほんとう?」
「もちろん。俺が怒ったところ、一度でも見たことある?」
「たった一度だけ」
中等部のとき、たしかに姫宮の前で他人を怒鳴ったことはある。
でも、それは例外だ。
「ともかく、智樹と疎遠になった理由なんて簡単なことだよ」
「答えてくれるの?」
「わかりやすい理由がほしいなら、答えるさ。ああいうやつとね、幼なじみとして一緒にいると、劣等感を刺激されてかなわないんだよ。どんな点でも俺は智樹に負けているからね」
和弥は早口で言った。
これは本心で、だからこそ言いたくなかった。
「わたしは、そんなことないと思うけど」
と姫宮が小声で言う。
「気を使ってくれてありがとう」
「わたし、神谷のそういう卑屈なところって好きになれない」
「べつに好かれたいなんて思ってない。だけどね、何をやっても勝てない相手が幼なじみってのは、けっこう辛いんだよ」
実際、智樹に勝っていることがあるとすれば、和弥の方が一ヶ月早く生まれたということだけだった。
智樹は年度の変わり目の三月三十一日生まれだった。
和弥と智樹は同じ小学校に通ってた。
小学校のころも、智樹は周りから一目置かれていた。
尊敬されていた、と言ってもいい。
智樹はスポーツが得意で、いろんなことを知っていた。どんなことでも、とても器用にこなすことができた。
そんな智樹の友人であることは、和弥にとっては誇らしいことだった。
いつからだろう。それが変わったのは。
「そういうわけだから、悪いけど、智樹が関わることなら俺は相談に乗れない」
「夏原くんが行方不明なのに?」
「どういうこと?」
「言葉通りの意味。三日前の金曜日から、夏原くんは家に帰っていないの。学校にも来てないし」
「知らなかった」
「いちおう、病気ってことになってるみたい」
失踪しているのを隠しているのか。
だから、姫宮は教室では話せなかったのだ。
「そのこと、学校で知ってそうなやつは何人いる?」
「東雲さんとわたし、それから夏原くんの妹さん。そのぐらいかしら。噂にはなっていると思うけど」
「なるほどね」
「神谷は何か心あたり、ない?」
あるわけがなかった。
あの智樹は、なんとなくトラブルとは無縁だと思ってた。
「きっとただの家出だよ。よくあることだ」
「一週間も? それに、夏原くんの家って家族仲も良いんでしょう?」
和弥は、智樹の両親の顔を思い浮かべた。
二人とも職業は医者。会ったこともある。穏和そうな人たちだった。
智樹の妹、葉月のこともよく知っている。
葉月はわざわざ兄と同じ学校を選んだ。そのぐらい、智樹にべったりなのだ
葉月にとって、智樹は自慢の兄なのだろう。
家庭不和が原因というのも、ありそうにない線だ。
和弥は少し考えた。
「じゃあ、駆け落ちだ」
「ありえない。大正時代の女学生じゃないのよ」
「なら、身代金目的の誘拐は?」
「男子高校生を誘拐するのは大変でしょう。わたしだったらもっと小さい子を狙うわ」
「たしかに。なら、残る可能性は一つしかない。
「なに?」
「宇宙人にUFOでさらわれた」
「あの……神谷は真面目に考える気がないの?」
「大真面目だけど」
「嘘つき」
「どちらにしても、失踪人の捜索は警察の仕事だ。任せておけばいい」
「警察は、家出人を探してなんかくれないわ。神谷ならよく知っていると思うけど?」
「どういう意味?」
「だって、神谷のお父さんは警察官なんでしょ?」
「よく知っているね」
和弥は肩をすくめた。
一年間の行方不明者数は、日本全国で十万人にもなると言われている。その一人ひとりを丁寧に探すことは、人手不足の警察にはとてもできない。
失踪に事件性が認められないかぎり、警察は動かない。
和弥の父はそう言っていた。
姫宮が、真剣な目で和弥を見た。
「ねえ、夏原くんを探すのを手伝って」