その人の居場所
見慣れた場所だ。
そこは、和弥にとって、どこよりもよく知っている場所だった。
薄暗い部屋は、誰も使っていない部屋だった。その奥の押し入れの扉を思い切りよく開ける。
「そこにいるんだろう、智樹?」
返事はなかった。
だが、膝をかかえ、丸まっている一人の少年の姿があった。
怯えたように目を伏せた彼の肩に、和弥はぽんと手を載せた。
「怖がらなくていい。俺は怒ってなんかいないよ」
「本当か?」
「ああ」
智樹はおそるおそる、押し入れの外へと出た。
埃が舞う。
そこは和弥の住むアパートだった。
智樹はぼそりとつぶやいた。
「いつから気づいていた?」
「気づいたのは、昨日の夜だよ。もっと早く気づくべきだった。おまえの友人の家で、その家の親のことを気にしなくてすむ。そんな家はここしかない。ここに隠れるように、うちの父親が言ったんだろ?」
「ああ。おじさんがそうするように言ってくれた。事件が落ち着くまで、ここに避難していれば安全だって。おじさんは昔の事件のことを知っていたし、うちの両親とも親しいからな」
「この家は俺と父さんが住むには、広すぎるからね。部屋も余っているし、俺にも気づかれない」
「黙っていて悪かったよ」
「言ってくれれば良かったのに」
「そんなこと、言えるか? オレはおまえを裏切った。そのうえ、俺が殺人犯の息子で復讐のために狙われるかもしれないから、ここにいさせてほしいなんて、とても言えない」
「俺にはともかく、葉月には言ってやるべきだったよ。あの子は智樹のことをとても心配している」
「そうだろうな。だけど、俺が人殺しの子だと知っても、そうやって葉月は思ってくれるだろうか」
「怖いんだな。今までの人間関係が壊れるのが」
「ああ。父も母も、葉月も、東雲も、部活の連中も、クラスの奴らも、俺のことを今までみたいに見てはくれない」
智樹はささやくようなかすれ声で言った。
人気者の智樹。
だけど、それはほんのちょっとしたことでも、崩れかねない地位だ。
「俺はね、智樹が誰の子どもだとか、そんなことはどうでもいい。智樹は俺を裏切ったくそ野郎だ。だから、俺は智樹のことが嫌いだけど、それはおまえが人殺しの息子だからじゃない」
「慰めてくれているのか?」
「一応ね」
「おまえはいいやつだよ、和弥。だから、オレはおまえのことが怖いし、羨ましかった」
「羨ましい? そんなバカな」
「こないだ喧嘩したとき、東雲が俺になんて言ったかわかるか。『智樹くんはすごい人だよ。だけど、あたしは和弥くんと一緒にいる方が楽しいよ。和弥くんは優しいから』」
「喧嘩の飛び道具に俺のことを引き合いに出しただけだ」
「そうじゃない。なにかあると、東雲はいつもおまえと俺を比較していた。『和弥くんなら』っていうふうに」
和弥は黙った。
そんなことは想定していなかった。
東雲は、智樹に近づくために、自分を利用した。
それだけのはずだった。
東雲本人も、そのつもりだった。
けれど、途中で変わったのだ。
少なくとも、東雲にとって、智樹はそれほど価値のある存在ではなかった。
「和弥、俺はこれからどうすればいい?」
「好きにすればいいよ。ここにいたいなら、そうすればいい。うちの父さんの許可もあるし、連続殺人事件のこともある。問題は時間が解決するさ」
「そうか?」
「東雲さんにも、葉月にも、俺の方からうまいこと説明しておくよ」
「和弥」
「なに?」
「ありがとう」
「礼はいらないさ。俺は他人から頼まれて、おまえを探して、見つけただけなんだから」
和弥はそれだけ言うと、いったん部屋から出た。
たぶん、この先、智樹のことを羨ましく思うことはあっても、それはそれほど深刻な問題じゃない。
◇
十二月二十二日。
和弥は姫宮を学校の屋上に呼び出していた。
赤いマフラーをした姫宮は、不思議そうに首をかしげた。
「神谷のほうからわたしを呼び出すなんてどうしたの?」
「ちょっと用があってね」
「その用事が何なのかわからないわ。教室でも言ってくれないし」
和弥はそっと姫宮に紙袋を手渡した。
「プレゼント。えっと、誕生日おめでとう、姫宮」
「あ……覚えていてくれたんだ」
「忘れるわけないよ」
「開けていい?」
姫宮が包装をとると、そこにあったのはちょっと高めのブックカバーだった。
「こんなものしか思いつかなくて」
「ううん、すごく嬉しい」
姫宮は頬を赤らめ、プレゼントを抱きしめながら、言った。
「大事にする」
「ありがとう」
「わたしも、今度の神谷の誕生日には何かプレゼントしてあげる。だからね、神谷が何を喜ぶか知りたいの」
姫宮は一歩、和弥に近づいて和弥の手を握った。
ひんやりと心地よい冷たさが和弥に伝わってくる。
「わたし、神谷のことが知りたい」
「えっと、その……」
「わたしは神谷のことが好きなの」
姫宮は柔らかく微笑んだ。
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