第5話:新しい道を往く者たち
5月4日。サーフル公国は首都、パイゼングイート北西には山岳が広がっており、数々の歴史的建造物が、それらに興味を抱く者を待ち構えている。
ここ、ピツンノイア遺跡もそうだ。
時が流れるその前、さらに言えば、光なき常闇の時代から存在するこの遺跡は、他の遺跡と異なる。丘陵と自然によって、人目から隠れるように佇むこの遺跡を発見できる者は限られる。
「ビンゴ」
フィンガースナップを響かせた後に、アン・サンハクは笑みを浮かべて言った。
「ビックリ箱だ。中にどんなビックリが潜んでると思う?」
野太い声に暑苦しく動く四肢、アンドレアス・ホーネットシュレッガーは白い歯を輝かせながらサンハクに問いかけた。
「アンデッドに巨大ネズミ、病気でも持ってないといいが」
ホルティ・ゾルターンは右手の甲をサーベルの護拳に擦りつけ、溜息交じりに不満を吐いた。
サンハクとアンドレアスがホルティの愚痴を聞き取ると、2人は顔を見合わせ、
「らァッ!!」
「ふんッ!!」
遺跡の威容を封じ込める重い鉄扉を、蹴り開けた。
直後、密閉された遺跡の空気が、3人を追い返すように這い出る。
「足の骨が折れたかも」
「1本ぐらいどうってことない」
「行くぞ……」
目を開いていた3人は、遺跡の洗礼をその身に浴びてしまった。偶然としか言えないが、遺跡の暗闇がそれを呪いだと裏付けるには十分なほどに、気味が悪かった。
「埃と多湿は最悪の組み合わせだ。飯が不味くなる」
鎌首をもたげた遺跡の空気が、全身を逆撫でる。サンハクは持ち手を軸にトンファーを回転させると、クシを取り出して髪を整えた。
「裏方を労ってほしいね」
アンドレアスはライターを手に、遺跡の柱に固定された松明へ点火した。驚くべきことに、1箇所の松明が灯ると、他の松明や篝火も超小規模の爆発を伴って、火を宿した。それと同時に、アンドレアスが葉巻にも火を与える。
「マジックの優れた点と言ったところか……?」
だが、それは歓迎の灯火などではなかった。遺跡の時が動き出し、ドレイド【1】達が朝を迎えたように、重い瞼を開いたのだ。
【1】古代の墓地を守護すると言われているアンデッド。多くの個体は、エンバーミング処理が施された死体に、魔法陣が描かれている。どういった目的で何を原因として、遺跡を徘徊しているかは不明。名は、乾いた死体の意。
「おっと、なんだ」
明かりは松明と篝火だけの仄暗い遺跡だが、柱と柱の間に死者のベッドがあることと、道が2つに分かれていることが判明した。その内の1つは、崩落によって封じられているが。
遺跡の入り口を見回していたところで、ようやく4体のドレイドが死者のベッドから這い出てきた。
「リ……ヴァ・モ……ラ……フ・レーヒ……!」
ドレイドは、理解できない言語をしわがれた声で口々にこぼした。そして、ホラー映画よろしく、ドレイドは立ち上がろうとする。人間に比べたら遅い動きだが、敵に恐怖を植え付けるには、適切な動きだ。
「なんてぇ?」
サンハクが耳に手を当て、惚けている間に、鈍い音と、刃物を振り下ろす音が響く。既に4体のドレイドは動くこともない死者となっていた。
「死人に口はあったようだぜ」
「これで遺跡全体のアンデッドが動き出しただろう。楽できるのは今回だけだ……」
その分厚い肘を叩き込んであろうドレイドの頭蓋を、アンドレアスは灰皿代わりにして、葉巻を押しつぶした。
「それって死者への冒涜だな」
「いや、遺跡のお掃除屋さんだ。死者じゃない」
「死人に口なし……」
遺跡に3人の笑い声が響く。3人はそのまま道を左に進んでいった。
同刻。
計画が一頓挫を来し、夢を掴みそこなった硲鉄郎、何らかの秘密をひた隠す我修院大和、興味本位か、はたまた何かしらの意図があるのか柴島隼人、胸の内を明かさないが、事の帰趨を見届けるつもりである忍足肇、閉塞された空間から飛び出したジェネカ・ゴットシャル。
以上の5人は勅令に従い、国立図書館から北西に位置する街、ポガショサに向かった。
北に広がる山岳が街を見下ろし、街中にはカドン川を横断する橋が存在する。そんな街だ。
何か面白い出来事があるか? と住民に聞けば、必ず『北に向けば遺跡群があるが、おすすめはしない』と口々に言う。
「柴島、ピツンノイアからケタストバレーまでどれくらいだ?」
刺激がない街といえど、近代化は進んでいるようだ。柴島との会話を尻目に、硲は銀行の入り口で、メモ帳とペンを忙しく動かしている。
「早くて1週間、トラブル込みだと2週間」
「……わかった。お前らは食料と必需品の調達頼むぞ。金を下ろしてくる」
「まぁ待て。あーその、お前1人じゃ不安だ。ワシが付いてよう。ほら、散った散った」
我修院がサラシを巻いた両手を広げると、柴島、忍足、ジェネカが四方山に散っていく。
「好きにしろよ。アンタのこと信じてたのに、裏切りやがって、次は何だ? 『お前は方向音痴だから1人にできません』かよ?」
「そうカッカするな。別の手段を示そうと思っただけなんじゃよ。ワシも」
銀行の窓口までは、人混みの間隙を縫って進むしか方法はなかった。だというのに、硲と我修院は激しく言葉をぶつかり合わせる。傍から見れば、とんだ迷惑だ。
「いいんだぜ? アンタは学校休んで好きな旅でもすりゃいい! いつになっても卒業できないだろうがな!」
「全てはお前のためじゃ。この力を得たのも、いや……このチャンスを掴んだのだって旅の途中じゃぞ!」
銀行に群がる集団は言葉を交わさずとも、『迷惑な奴らだ。さっさと窓口まで進ませて退散してもらおう』と、行動にでた。硲と我修院を細い目で睨みながら、周囲の集団は海を割るように、離れていく。
不幸にも、割れた先に姿を現したのは、銀行の警備員であった。
「これもアンタのせいだ」
「そりゃどうも」
『アンタなんかより兄貴の方がよっぽど頼りになる』、その一言をなんとか抑えた。
喧嘩っ早い2人が銀行で警備員のお世話になっている頃、街の中心部で開かれる市場にて。
刺激の少ないこの街の楽しみといえば、この市場だ。照りつける太陽の下、各々が心血を注いで育てた野菜、肉、さらには宝石や、鉱石などが街ゆく人の視線を浴びている。
「……鋼鉄を2つ」
中でも一際、熱い視線を浴びせたのは忍足だ。忍足は数分の間、インゴットを取っ替え引っ替え手に取り、顎に手を当てては市場を歩き回った。が、ようやく決心がついたのか、ポケットマネーで鋼鉄のインゴットを2つ購入した。
忍び装束で市場を歩き回ったので、恐らくは『不審者だ』と思われただろう。彼が、住民の視線に対してどう思っているかは不明だ。
「どうすンだ? そりゃ」
「……例の女子の実力を測る。それより」
話があるんだろう? そう言いかけ、柴島は忍足の口に人差し指を当てた。
「その女には手伝ってもらおう。内兜を見透かせるかもしれない、そうだろ?」
「……そのような手は潔しとしないが……、この場合は致し方ない。……そろそろ彼奴も気づくべきだ」
柴島は深く息を吐き、
「夢は長いもんだぜ」
そう呟いた。




