第3話:始まりは禁書庫から
5月2日。時刻は既に19時。ステンドグラスから月明かりが射しこむこの頃、通常ならば大図書館には誰もいないハズだった。
そして、足を踏み入れてはならない禁書庫など、たとえ日の光が射そうと何人も入ることは許されない場だ。
「6Cの5だ。そこの棚に絶対、目的の禁書がある……!」
布が擦れる音が響いたのは直後の事だった。硲は左腕に巻きつけたバンダナを目深に巻くと、腰を落として“6C-5”の棚へ向かう。
一方、硲の背を追う4人は、禁書庫のあまりのスケールに、危うく顎を外しそうになった。
恐らく、10メートル以上はあるであろう本棚に、大図書館と関連付けられているとは思えない、禍々しい装飾品。それらは本棚の側面に飾られ、或いは天井から吊るされ、まるで侵入者を嘲笑っているかのように思える。
「気骨のない奴らじゃ……」
硲、忍足、柴島が右手の甲を汗に塗れた左手で撫でるが、我修院にはその反射的な行動は見られない。秘密はサラシに守られているからのう! 我修院は不思議と自慢げにそう思った。
「オイ、例の本棚、アレだろ」
鈍い音が響いたと思うと、それは柴島が硲の背を殴ったからだ。実際、そうでもしなければ通り過ぎていてもおかしくはなかった。
「……拙者はここで見張ってゐよう」
そう言って、忍足は万が一の可能性に備えるため、6C-2の本棚に身を隠すことを決める。本棚の禁書からくぐもった人間の声がヌルヌルと耳に入ってくるが、忍足は動じなかった。
「うぅ、何故どうして、ここの本の数々が禁書と呼ばれているか、わかった気もします……」
ジェネカは、まるで命でもあるかのように暴れ震える本を視界に捉えた。彼女が思うに、禁書庫の書物が焚書とならないのが、不思議でたまらなかった。それでいて、どこか可愛らしい奇妙な禁書の数々に興味をそそられるが。
「6記の流入者たち……、その全て……」
ジェネカが震える本に手を伸ばしそうになった刹那、硲が分厚い書物を手に取ってぽつりとこぼした。
「随分と短いスリル、だったなァ……」
「まぁそう言わずに見てみろ、柴島。……えーっと、『流入者の故郷となる星と、文化、価値のある技術について』これだ。このページを……」
分厚い書物のページを捲るのは容易いことではなかった。一旦、床に置くと、すぐさま目次から目的のページまで手を走らせた。
「やっと見つかったんですね……!」
「……そうじゃなぁ」
我修院は誰にも見られぬよう、煙草に火をつけた。それが後に過ちとなることは、数分後に判明する。
そう、あろうはずもない火災報知器が獲物に飛びつく獣のように、煙を特定、すぐさま古びた報知器全体を作動させ、大図書館に招かれざる音を響かせた。
「オイオイオイオイオイ……! 何だ何がどうなってんだ!?」
館内に鳴り響く報知音よりも、硲が怒りの矛先を向けたのは書物だった。ないのだ、特定のページが。
「ありゃ、禁書庫にも報知器設置されとったのか」
慌て、怒り、悲しみに浸した一行の中で、我修院だけは冷静さをなんとか保っている。この場で焦ったところで、なにも有益を齎さないということを本能で感じたのだろうか。
「硲さん……! 禁書庫内に深みの反応が!」
深み……そう、ジェネカ・ゴットシャルと同じく、流入者とは異なるこの世界の、所謂原住民の反応だ。
「臭い飯を食う時が来ちまッたかよ」
「ガッシュ……! ここまで来て、なんでポカ決め込んでんだ……」
「……ま、まぁ落ち着け。それに、ページも……なかったんじゃろう? なら、ここから逃げるという選択肢しか今のワシらは選べないはずだ。今のところはな」
硲がまるで虹を追うように、目をぐるりと回し、大きすぎる溜息を吐く。そして、我修院は硲らへ冷静に言い放った。
だが、次の瞬間、一行を追って共に逃げ帰るだろうと信じていた忍足が、何らかの力によって、高く、後方へ突き飛ばされた。しかし、硲らは忍足が“抜刀すらできない忍び刀”を片手に、吹き飛ぶ姿を、ただ唖然と眺めることしかできなかった。
「……くっ、此処で死なうものか」
だが、長年の鍛錬によって研ぎ澄まされた忍足は、最大限に衝撃を受け流した。そして、あろうことか猫のようなすばしっこさで、10メートルある本棚を一瞬で登り切る。
たとえ己が流入者と蔑まれてきた種族だとしても、相手の隙ぐらいは突けるだろう。そう確信すると、忍足の体毛が逆立ち、あらゆる本能が勃起した。
だが、その抵抗は詮無いものであった。加えると、感情を処理できずに行動を起こしたことが浅慮であった。
結論から言うと、まるで一方的、そしていとも容易く忍足は発見され、一行は捕らえられた。ただ一人を除いて。
「二枚舌が通用するとは思わないことだ。貴様らの弁護を掬するつもりはない。……が」
漆黒のマントは肌を隠し、雷が走ったその紋様。明らかに『図書館の警備員だ。貴様らを豚箱へ放り込む』、と言いに来た図書館管理委員会の者ではなさそうだ。
そして、
「……ッチ」
「……無念」
「うぅ……」
「……おいガッシュ、どういうこった? ……んのダラズ野郎が」
そう、我修院大和は事も無げに、漆黒のマントの騎士と並んで煙草を吹かしている。
「悪く思うな。それに、ワシも悪意があるわけじゃない。絶好の機会を用意しろと命令されたもんでの」
「そういう事だ」
鳴り響く警報の中で、騎士は声を通らせた。
「……貴族の娘がいるとは初耳だったがな。それもゴットシャル家とは」
騎士が腰に手を伸ばした瞬間、首を刎ねるために剣を取り出したかと感じられたが、そうではなかった。
「こればかりは我が主も慚愧に堪えなかったようなので、先に詫びを入れよう。だが、貴様らは運良くも豚箱に放り込まれず、恩赦状を携えて勅令に首を垂れる、という事実は揺るがないのだぞ」
そう言うと、騎士は古びた恩赦状を1枚、縄で縛り上げられた一行の下へ放り投げた。
「…………」
まさか剣ではなく、ボロの恩赦状を投げられるとは思ってもみなかった。硲は口を開けたまま、再び、虹を追って目を回す。
「実は大陸間での戦争で恩赦状をガルディーオに駐留する私兵へ贈与しなくてはならなかったらしい。恩赦状に使用する特別な紙もあらゆるところへ行ったり来たりで掴めなかったのだ」
騎士が縄に意思を送ると、小規模のポータルが開いて、元の領域へと蛇のような動作で帰っていく。【1】
【1】“召喚魔法”に分類されるスペル“対象捕縛”だと思われる。
「これは……なんと……」
恩赦状を拾ったジェネカは、弱々しく閉じられた瞳を見開いた。ただ、それは些細なことで、ジェネカ・ゴットシャルが読書家だからこそ、感動と驚愕を隠せないのだ。
「……使用済みの恩赦だが、話は秘密裏に通している筈だ。それに、使わなくなったら骨董品屋で売ればいい」
宛てられた相手は、その昔、大陸とあらゆる海域に悪名を轟かせた大海賊の一人、ジャン・リーベルタース・ペジルホーク其の人だった。
「そして、任務だが……」
「あ……? 何がどうなってんだ」
硲は癖の1つである、謂う所の、顔芸を晒す。それは、あまりにも突然な始まりだった。
第3話です! まさか2話投稿の後日に投稿できるとは思いませんでした~!




