第2話:禁書庫へ……
5月2日。サーフル公国は首都、パイゼングイート。一行は数時間後に迫る侵入の下調べとして国立図書館に一般客として潜り込んだ。
「随分と変わったモンだ」
柴島が振り返って自動ドアを見て言った。
「時代が追いついたんだろ」
一歩遅れた柴島の肩に硲は手を置いて短く呟いた。
「……さ、目的は忘れてないな?」
硲が柴島を一行の列に戻すと、即座にポケットから館内の図を取り出した。これは、来客用のマップとは遠く離れたもので、端的に言えば館内の弱点、警備員の巡回ルートなどが書き込まれている。
「細かくお調べになったんですね」
「遊びに来てるわけじゃない」
硲の漸進的な調査で判明した大きな弱点といえば、禁書庫は警備員ですら気味悪がって巡回ルートに含まないということ、図書館に出資している貴族の圧力で、科学技術である監視カメラは設置されていない、の2つだ。
「…………」
周囲に気を配らず館内図を広げるが、忍足肇が全方位にかけて警戒しているため、『通報される!』などといった焦りは感じ取れない。
「……よし、全員確認したな? 見ろ、確かに禁書庫周辺は誰も寄らない。この日のために鍵も複製した」
『見ろ』その一言で一行の視線は禁書庫へ向けられた。図書館は最奥部の角に位置する禁書庫だが、感じ取れる雰囲気が奇妙な程におどろおどろしい。
「禁書庫だからな。そりゃヤベェブツでもしまい込んでるんだろ」
硲は乱雑に館内図を折りたたむと、鍵を取り出した。
「あと5分で閉館じゃな」
我修院は袖を捲って、腕時計を見ながら言った。
「いいか、ここまで来て法を犯すことに躊躇いがあるなら……今すぐ帰ったっていいんだぞ?」
硲は抑えきれない緊張感を冗談と笑みで紛らわせた。その上、いつもの癖でバタフライナイフでも取り出したかと思えば、ステンレス鋼のバタフライナイフに似せた櫛で髪を後頭部へ引き延ばす。
「こうも計画通りに進んでると……悪運のツケが後で回ってこないか心配じゃが……」
霊的な力を信奉する我修院にとって、むしろ最悪と言うべき状況だった。彼はスキットルを取り出して酒を一口、呷った。一見するとただの飲兵衛だが、一行では最年長、硲とは古い付き合いの彼は驚くほど友誼に厚い。悩みや弱点を隠すことに慣れているかと思うとそうではなく、力業で無理やり考えないようにしている。所謂、『熱血バカ男』である。
「退屈なら帰る。それまでだ」
実のところ、柴島にとって怠惰に溺れた流入者を代表してルーツを解き明かすなど、あらゆる欲求からくる刹那的な快楽に比べれば、取るに足らないものなのだ。今回の件は彼なりに興味が湧き、直感的な何かを感じ取った、それと単に硲鉄郎というライバルに近しい者への欲求が働いたのだろう。本当の事は誰にも見透かせないのだ。
「……何を言うか」
忍足肇、彼の行動原理は誰にも明らかにすることができなければ、自ら打ち明けることもない。ただ、1つ言えることといえば、彼は何があろうと帰趨を見届ける。現時点では最も頼りになる実力者が彼だ。(忍足肇が女々しく、弱々しい庇護欲を誘う存在、そして中性的だとは誰もが禁忌とする言葉だった)。
「流入者の皆さんのため……この行いを決して不義だとは思いませんわ」
ジェネカ・ゴットシャル。一行の中では純粋なこの惑星の住人だ。勿論、流入者である彼らと違い、その身に深淵【1】を宿している。もし仮に彼女が才能に満ち溢れた気高い貴族であれば、彼らにとっては百戦錬磨の戦友となり得ただろう。だが現実は虚しいものであった。たとえ目鼻立ちが整っていようが、彼女には創造の才能も遷移の機転も、魔術や奇跡といった知識も備えられていなかった。
【1】暗黒流体、深淵、アビス、常闇、蠢動する闇、マグス。地域や種族によって呼び名が異なる。
「正直、不安要素はあるけどな」
不安が頭を擡げたとそこはかとなく感じ取ったのは硲。これは流入者全体に見られる特徴的な癖の1つだが、何か不安だと感じると(科学的にも魔術的にも解明されていない)右手の甲に触れる。それは考察する暇もなく、右手の甲を覗けばわかることだ。【2】
【2】前述の通り、存在意義が明確にならない世界の謎の1つ。流入者の右手の甲には、須らく魔法陣のようなものが刻み込まれているのだ。しかし、色褪せた魔法陣を誰が魔法陣だと言うのであろうか。当然だが、助産師が刻んだものではない。
「神よ……」
ジェネカが徐に立ち上がる。彼女の両手にはウステゥラ八大神【3】の主神である太陽神イース・カリスト【4】の象徴である卵と十字架、聖花のペンダントが握られていた。食前でもないというのに祈るという事は滅多にないことだ。
【3】太陽神になる前の聖人に付き添い、神格を得た7の神と、前述の聖人を主とする神集団。この世界では、(地域や種族にもよるが)生まれた月日や、一族特有の文化、または自らの素質に適った神に誓いを捧げるため、多神教である。
【4】下層世界からやってきたとされる元聖人。この世を深淵で満たした神、淵神アビアランドに拘束され、何らかの惨い仕打ちを受けた。その罪に罰を下そうと生なき時代を統治していた神をおびき寄せ、両眼を引き抜くも、それはアビアランドの兄である創造神アルシュ・キネスであった。
投稿の遅れ……こればかりは学業があるにせよ、何にせよ言い訳のできないことです……
大変申し訳ございませんでしたッッ!!
それから、今作は(次回作もそのまた次の作品もですが)脚注を本文に挿入しています。安心してください、ネタバレには絶対になりません。
あくまで、『その世界の住人も当然のように蓄えている知識』ですので。
それではよいGWを!(もう終わりだろ)




