第13話:Edge
──ここまでのあらすじ。
硲鉄郎、柴島隼人、忍足肇、我修院大和、ジェネカ・ゴットシャルの5人は『禁書庫に潜入し、流入者のルーツや歴史に関する禁書を獲得する』という当初の目的を達成したものの、何者かの手によって、目的としていた重要なページが切り取られていた。
掴んだ夢が泡沫に消え、唖然としていた一行の前に、突如として騎士が現れる。『主の使い』であるという騎士は、驚くことに、硲とも長い付き合いがある我修院大和と裏で通じていたことを告げると、一行に恩赦状を与えた。
だが騎士から与えられた指令は、『4つの公国と面を接し、4人の公王を従える帝都』への侵入、大陸戦争【1】における重要書類の奪取という無理難題であった。
秘密裏の帝都侵入のため、遺跡群をぬけ、一行はピツンノイア遺跡という地下遺跡に到達する。だが、そこで待ち受けていたのは、呪いによって遺跡を徘徊し、守護するミイラ、そして正体不明の人物3人。
そして、硲は我修院によって始祖の種火・原初の炎を垣間見ることとなる。それは即ち、硲にとって、流入者の謎と創世記の謎を解き明かす鍵に一歩近づいた事となったのであった。
驚異と対峙することがあったものの、一行は順調に地下遺跡の奥へと進んでいく。しかし突如として柴島と忍足がドレイドの握っていた化石に触れ、謎の失踪を遂げてしまう。
硲達の目に映ったのは、火に呼応して形を変えた洞窟、そして力と過去に振り回される柴島の姿だった。
【1】レリゲーオ大陸の北に位置するミルマニア協定国との戦い。事の発端は先方による目的不明の宣戦布告である。大陸におけるナンバー2の帝都枢機卿が戦争勃発に関与した疑いがあるが、戒厳令によって人々の口からその話題は消え去ることとなった。
そして今……。
「隼人……テメェ……!!」
あのガスは一体全体、どんな成分で、なぜこうも柴島を変えてしまえるのか? 硲にそんなことを考える余裕はなく、ただただ強く唇を噛みしめた。
「…………!!」
自身を覆った黒いガスを切り裂き、一つの前触れもなく、柴島は姿を現した。
「ッぶねーなぁ……!」
何か自分に向かってくるものを感じた。それは有り余る殺意を明確に硲へ向けていたために、その一突きを察知、回避することは容易いことだった。
「……へへっ、酷ぇツラしてんぜぇ、隼人。糞溜めに顔でもつっこんだか?」
まるで氷の精霊をファックして誕生したような容姿だ。硲は簡単に納得すると、柴島と一定の位置で睨みあい、横へ横へと一歩一歩、移動していく。
強いデジャヴを感じるが、これはアクション映画で観たシーンだろう。硲は現実がアクション映画だったならば、次はどうすればいいか、動きながらも考えあぐねている。
「……ヒヒヒヒ」
柴島の背丈よりもあろう巨大なクリスタルが彼の右半身を覆っている。その髪は重力に逆らい、山々のように聳え、炎のように激しく揺れ動き、瞳は爬虫類のように鋭い。それらの観点からしてみれば、その男が柴島隼人ではないということを証明するには充分だった。
「いい笑顔だな! マネしてやろうか? こうだ、イキキキキ!」
人間という複雑な感情と優れた知性を兼ね備えた生物ならば、自身の言動を嫌味たっぷりに真似されるというのは、最大限の挑発に成りうる行為だ。
「ヒヒヒヒヒヒヒ……!!」
硲は長年の経験から、人を簡単に刺激し、敵意を煽る手段を100通り脳に記憶している。まさか、その(極めて価値の低い)知識が今になって役にたつとは! 柴島の意識が憎たらしい硲の顔面に集中しているその隙に、硲はジェネカから受け取ったナイフ(随分と歪だが)をそっと右手に忍ばせた。
「時間を……稼いでいる……!」
柴島め、遂に内面までもバカに染めたか。硲は今現在の柴島を面白おかしく捉えることしかできなかったが、同時にそれは硲に精神的な油断を作らせていた。
「……こなくそッ!」
考えつく手段ならどんな手でも、最悪、糞尿を啜ってでも柴島をブン殴って正気に戻し、このイライラに終止符を打たなければならない! 硲は決意した。
「おい隼人、このドロップアウト野郎が!! テメェのお袋は淫売だとよ!! それにテメェの親父のケツの穴はユルユルだ! なんでかわかるか!! あぁ!?」
硲がそう言い終えると、思うようには憤慨していない柴島が右手を地面に突き刺し、
「くるか……!?」
地響きとともに砂岩を木端微塵に打ち上げ、硲もろとも粉砕しようと現れたのは優に10メートルを超える氷柱だった。
頭が真っ白だ。硲はここまで策という策を生みだすほどの余裕もなく、ただただ己の勘で動くしかなかった。だが、これは硲にとって最高のチャンスかもしれない。
「……スゥゥゥゥゥゥゥゥ……」
──柴島が大きく息を吸った後、硲を見下ろすように地面から突き出した氷柱にヒビが入った。
──今だっ! 硲が覚悟の上で走り出すと同時に、我修院の方向へブーツを投げ飛ばした。だがこれで終わりではない。硲を押し潰さんと崩壊する氷柱と、その欠片に硲は紛れて柴島を攻撃する必要があった。
タッタッタッタッ……窮屈なブーツより裸足が優れていると、この瞬間だけは確信できた。恐らく、あの大きな右手が邪魔で、視界は限られているだろう。その思い付きで硲は右を目指し、左へ走り出す。
それに、投げ飛ばしたブーツの音に柴島の気が向く。……かもしれない、と物は試しで硲は神に祈った。
「……敗北主義者か? 硲鉄郎」
その一声で硲は言葉を返したくなった。『もういっぺん言ってみろ、このダラズ』、言葉は喉元まで昇るも、なんとかそれを噛み殺す。
結果は吉だ。硲が余計なことを吐かなかったために、柴島の気は完全に砂岩に散らばった氷の欠片に向いている。
これは奇跡と言っても過言ではない。次に柴島の気が向いたのは我修院もとい、ブーツを投げた方向へ向いた。
──これが最後のチャンスだ。握った歪なナイフを逆手に握り直し、姿勢を低く、柴島の背後へ走り寄る。
「……ッ!!」
その時、なぜ硲はナイフを柴島の右手目がけて振り下ろしたのか、自らの行動に疑問が浮かんだ。
「ハザマァァァァ……!!!!」
硲の右手の甲が微かに光を放つ。すると、歪なナイフがそれに呼応し、刀身が形を変え、勢い良く馬鹿でかいクリスタルに突き刺さった。
しかし、1秒でも遅れていたらこのような芸当はできなかっただろう。何しろ、柴島は最初からこの出来の悪い欺瞞工作に勘づいていたからである。
「ぶふァッッッ……!!」
力を溜めた振り返りざまの拳は、見事に硲の鳩尾へめり込み、硲は筆舌に尽くしがたい痛みと無力感に浸りながら放物線を描いた。
「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」
硲の行動が柴島に痛手を負わせたかは不明だ。が、飛び散ったクリスタルは時が戻るようにして、柴島の右腕に集合した。
「シィィィィィィィィ……」
次に柴島の視線を集めたのは我修院だ。この暑苦しい男が動けない原因は、柴島と深い関わりをもった人物ではないという単純な答えだった。柴島の創り上げた世界が我修院を拒絶したのだ。
「柴……島……!!」
今にも走り出しそうな姿勢で、我修院はピタリと1mmも動けずにいる。すぐ傍に殺意の籠った眼差しで迫ってくる柴島がいるというのに、我修院の“能力”も働かない。
「カハッッァ!!」
その叫びがトリガーとなり、クリスタルは大きく形を変えた。人間の腕を模したソレは、瞬く間に巨大な剣となった。
13話です
いつもながら遅れました:(