第12話:Dear
「随分と立派なモンだな」
硲達の前に全高100mほどの四角錐が聳える。積み上げられた砂岩のようなブロックは、端から端までびっしりと文字や数列が並び、見る者の目を回し、脳を混乱させる。
「ありゃあ……」
内部へと続く大門には、抽象的な男女の像が腕を組んで立ちはだかっている。両者とも何かを見下し、威嚇しているように見える。この場合は侵入者を威嚇しているのだろう。
「落ちてきません……よね?」
そして三度目の衝撃だ。四角錐の頂上は誰が見ても明らかに崩壊しており、そこに本体よりも小さい逆四角錐が不自然に立っているのだ。砂岩のブロックという材質と、法則を顧みて言えば、法則を無視している。尤も、この世界ではマグスの力が影響すればこういった芸当がこなせるために、ジェネカの疑問にはならなかった。
「おうおう、怖いねぇ……、んじゃ、お邪魔するぜ」
大門へと進む硲達は、やはり男女の像に睨まれるようにして進まなければならなかった。そんなことも気にせず、硲鉄郎はポケットに手を突っ込む。像に踏みつぶされてしまうのではないかというぐらい不躾な態度で大門に手を置くと、我修院が、
「ここから先は……そうじゃな、ワシらに任せてくれ。その代わりと言っちゃなんだが、門番を頼めんかい?」
ジェネカに向かってそう言うと、大門を開いた硲が『任せたぜ』と言いたげに片手を振った。
「お任せください」
ここは貴族らしく、ノーブレスオブリージュを果たさなくては! ジェネカは決意した。
「暗い、寒い。最悪の場所じゃな。地球のピラミッドとは悪い意味で大違いじゃ」
「地球だぁ?」
大門の先に待っていた光景は、我修院の予想とは大きくかけ離れていたようだ。だけども、彼は地球のピラミッドには行ったことがない。
「隼人ォォォォォ!!」
「バカ、大声出してどうする。明かりは任せておけ」
我修院は鼻を鳴らしてそう言うが、客の来賓を嗅ぎつけたのか、暗闇から1つ、また1つと松明の火が灯る。こうしてようやく全体像を把握できるようになったが、またしても我修院の予想が外れた。
「こりゃあ……面白ぇ、こっちに来いってこったろ?」
地面の砂岩には一箇所のみ、足跡が刻まれたものがある。これが柴島の足跡かどうかはさておき、手掛かりはこれしかないのが現状だ。
「……う~む」
我修院が突如として低い唸り声を上げる。彼の目尻から耳にかけて無数の割れ目が奔り、その双眸が真っ赤に染まった。
「うむ、いるにはいるんじゃろう。が、体温はワシらのしか感じられん」
そりゃどーも。今までこのことを隠し続けてきた友達とやらに、硲は少しだけ苛立っていた。
硲は軽く舌打ちをして、一歩前に進んだ。
「どうした?」
足音が増えていないことに対して、硲はまたも苛立ちを覚え、振り返って両手を広げた。
「い、いや、動けん……、動けんわ」
パントマイムでもしているのか? と言いたいが、時間がない。頂上にある逆四角錐のように法則を無視して、前傾姿勢のままピクリとも動かなくなった我修院に唾を吐き、硲は足跡を辿った。
「影には注意しろ! もしヤツと会ったら同一人物だと思うな!」
暗闇から我修院の声が響く。とてもうるさい。
理屈や過程がどうあれ、硲が目にしている世界がおかしいのは事実だ。その原因に大事な友人がいるとしたら、一言文句を言って唾を吐き捨てるか、土下座をさせて許しを乞わせるぐらいしなければ、面白くない。今回は調子がいいために、その2択は採択されなかった。
99、100、101……と歩いたところで、足跡が分岐していることに気づいた。今までの足跡よりも小さく(硲と同じぐらいか?)、なんだか歩幅が大きい。
そういえば、柴島は両親から離れてからの1ヶ月はこの足跡のように大股で、ストレスの発散方法も知らないようだった。
正に優等生のガリ勉で……と、硲が数年前の記憶を掘り返している時、
「止まれ」
柴島が現れた。
「ポリ公ごっこか? ぶち飛ばすぞ」
手を横に広げ、喜劇でも演じているかのようなテンションで硲は言った。
硲も柴島を人が変わっているようだ、と感じているのに同じく、ここ数年の硲も今の硲とはだいぶ違っている。
「オレらの共通点、知ってるか?」
上げっぱなしの口角を徐に下げ、硲は低い声で言った。
「アンタを殺すよ、自分は」
片方の鼻に人差し指を指しこんでいじっていると、遅れて返事がきた。だが、こんな返事、待っていた言葉とは違う。
「冗談……じゃあねぇんだろうな。マジメ君」
話には乗っかてこないか……、硲はそう確信すると、忍足に学んだ古武術、我修院とのステゴロで得た経験から成る喧嘩術、自分がおかしくなる前に通っていたボクシングなど、数種類の構えからベストの選択をし、柴島と対峙した。
実のところ、硲はつま先から頭の天辺まで恐怖で震えていた。殺しはしないとわかっている喧嘩ではなく、殺し前提の戦いなど経験したことがない。そのうえに、今の柴島隼人が我修院と同じ力を使ってくることは、わかりきったことだ。
柴島の父が言う。怒りに任せて手を出す前に、論理的思考を巡らせて原因の解決をこなせるお前は、同年代の中でも利口なほうだと。
「ヒャハハ!」
今回はそれができなかった。
柴島の体中の穴という穴、隙間という隙間から黒いガスのようなものが噴出する。
「結果が全てだ……! 過程に意味など必要なし! 勝者は全てを語り、敗北者の声は喧噪に消える……! そのサイクルに則って歴史は築かれてきた……! さぁ、アンタはどっち側だ?」
とうとう黒いガスは柴島を覆ってしまった。恐怖で思考能力がパンクしてしまった硲に、柴島を助け出すことなどできるハズがなく、ただただ、友が暗闇に飲まれていく光景を目に焼き付ける。
そして唯一、機能した危機管理能力に従い、硲は10歩後ずさった。
12話です!