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(未完放棄作品)  作者: 小林一二三
第2章:ピツンノイア遺跡
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第7話:Another one

「あ~あ~やだやだ」


 溜息交じりに大声を上げ、サンは体をくねらせた。そして彼の向かった場所は、()()()()()()()という自然が創り出した恵みだった。元々、この地下遺跡は、山と山との間に生まれた洞窟を利用して造られたもので、こういった恵みは“神の恵み”と言うには程遠く、珍しいものではないのだ。


「高温多湿も筋肉もやだねぇ」


 と彼は言うが、その顔には不快な表情、というよりは心地のよさそうな表情が浮かんでいた。それもそのはず、前述の滝と、長い時を経て形成された小さいオアシスに、彼は足を浸しているのだ。


「……ん……?」


 だが、神はサンに長い休息を与えなかった。1……2……、3。その3人の足音がドレイドではない、ということにはすぐ気が付いた。


 だとすれば、墓荒らしか? 命知らずの考古学者か? そしてサンの頭には最悪のケースが思い浮かんだ。


「……倹約できる」

「その上、この水に変な病原菌でも入ってりゃ、スリルにもなる」

「バカ言ってンじゃねーよ。いい加減、顔洗って、目ぇ覚ませ」


 歳は若い。もしかしたら、自分と同じ年齢かもしれない。物陰に隠れたサンは、注意深く3人を観察した。


「あれは……」


 サンは覚悟を決めたように、右手の甲を静かに、だが力強く摩った。


 次の瞬間、思いもよらない光景と、全身に衝撃を走らせるほどの音が響いた。……壁に埋め込まれた石棺の蓋が倒れたのだ。


「っぐぁ……!」

「あぁ……!?」


 サンにとっては至上最悪の失敗。硲にとっては、埃を巻き上げて倒れた蓋と物陰から()()()姿を現した生身の人間が視界に映った、理解しがたい驚愕だった。


「まさかこんなことになるとはな……だが、生身の人間はいない……、そう断言されたもんでね」


 だが、イレギュラーにも即対応できることを要求されたサンは、すぐさま、トンファーを取り出した。ド石棺、バケツ、3人の人間、と目を回し、体も誰を相手にするか、忙しく動かさなければならない。


「あ、あぁ……?」

「……む」

「あっしらはミイラ盗むために来たわけじゃあ……ねぇンだがなぁ……?」


 ドレイドの目覚めが遅いということは、()()()()()にとって幸いなことだった。


「お前ら、エンバーミング希望?」


 サンは息を整えて、恐怖と驚愕をかき消すためか、ジョークを飛ばした。  


「「……そっちは任せた!」」

「あぁ!? オイ!!」


 あの(文学少年の一面もある)硲でさえ、こんなことは容易に想像できなかっただろう。()()()()()信頼を寄せていた2人に蹴られただなんて。


「同情するぜ。……だが! すこし痛むぞ!」

「冗談はよせ。クそ──」


 おいクソッタレって悪態ぐらいはつかせろよ! そう頭の中で不満を浮かべる時には、既にサンのトンファーが硲の顔面にのめり込んでいた。


「……てっ、めぇ!!」


 痛みのおかげで、全身に力が漲ることに硲は笑みを浮かべ、サンに殴りかかる。


「痛かったかよ!!」


 だが、相手が悪かった。トンファーを警戒し、機敏に動いたのはいいものの、横腹を蹴られるまでは想像ができなかったのだろう。


「悪いな。うちの家系は代々、蹴りを主体とした格闘術を受け継いできたんだ。痛みはどんなだ?」

「ぐっ……あぁ……」


 数十分前でさえ、遺跡の環境で気分は最悪だったが、今の気分は最悪を越していた。硲は最悪な環境と気分の中、脇腹の痛みに悶え喘いだ。


「おっと、ミイラにするってのに、骨を何本か折っちまったかな? 自分は芸術家を自負してるんだがぁ……」


 格闘家も一種の芸術家である。サンは混じり気のない純粋な瞳で自負した。


「貸してくれや……」

「あ? トンファーか? すまんがむ──」


 数秒後には、サンのその尖った口が完全に封じられた。それは痛みと血を伴い、同時にサンへまたしても驚愕を与えた。


 サンの前に、突如として、黒のバンダナを目深に巻いた硲が現れた。


「これ以上、オレの身体を痛めつけられちゃあ、困るんでね」


 まるで人が変わったようだった。先程までと違い、全身に身の毛がよだつほどの殺気と、筆舌に尽くしがたい何かがその男を包んでいた。


「……っち」


 静かに、静かに一歩ずつ、サンは後退していく。そしてバケツを取ったと思うと──スッ、そのバケツで水を掬い、狼から逃げる兎のように、一気に走り去っていった。


「…………」

「用が済ンだらこっち手伝え!」

 

 硲が考えを巡らせている中、水音をかき消すほどの柴島の声が耳に届く。何やら急を要するようだが……。


「やべッ! 忘れてた!」 


 どうやら、硲がサンの相手をしている間に、柴島と忍足の2人が何とか石棺の蓋を起こし、眠りから覚めたドレイドを抑え込んでいたようだ。


 だが……、


「……もう限界でござるぞ……!!」

「しゃあなしだ! 離れっぞ、肇……! 1、2の……3!!」


 “3”のタイミングで2人が横に跳ぶ。石棺から這い出てきたのはやはり、ドレイドだ。それに、這い出てくるドレイドは、1体どころではなかった。


「おい、何か考えはあるのか? 隼人」

「こりゃまずったナ……」

「……む」


 そんな中、忍足の敏感な耳が異音を捉えた。何かが燃え盛るような……例えていうならば、キャンプファイヤーの炎……、そんな的外れな音が段々と大きくなっていく。


「叩きッ……潰すッ!!」


 3人がドレイドではなく、音の鳴る方へ視線を向けた瞬間、飛び出してきたものは、右の拳に炎を纏わせた我修院であった。


 我修院が横目に3人の安否を空中で確認すると、形容し難い音が鳴り響き、次の瞬間にはドレイドが炭と化していた。


「……あ?」


 硲は拳が入ってしまいそうなほど口を大きく開けた。たった一瞬の出来事であったのに対し、脳みそが『あれは一瞬の出来事ではない、いや、あれは──!!』と、混乱し、何が起こったのか、完全に理解できるまでに数秒を要した。


 つまり、石棺から這い出たアンデッド! そして飛び出す我修院! (流入者が使えるはずもない)異能の力で炭と化したミイラ! この3つの間が極めて短く、人間の脳みその処理能力では追いつけなかった。


「おう……、覚めたんかテツ」


 まだほんのり温かい右手で我修院は硲の肩を叩く。対して、硲は……、


「う゛ぁ゛……」


 ……驚くべきことに硲は地面に倒れてしまった。まさかこんな状況で、おふざけとまではいかないだろう。そう、彼はどういう訳か……気を失った。


「あ……?」

「……む?」


 やっと脳の処理が追いついたところで、柴島と忍足が目にしたものが硲の気絶だとは……。一連の騒ぎに加え、()てて加えて硲の気絶とは、もはや神も彼らに同情するだろう。


「あ~、まぁ、後で詳しく……話すとするかのう……」


 特に困った様子も見せずに、我修院は硲を担いで歩き始めた。

7話です! ←遅い!

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