4.魔王様と勇者様 1
※ 勇者視点です
昼も夜もない渓谷の底は常に闇に包まれていて、常に深い瘴気が蔓延している。
俺と5人の戦士達はただ黙々と、先へ先へと道を急いでいた。
常人ならば狂ってしまいそうなほどの闇と陰気に覆われた危険な谷底。俺達が過酷な魔の国の深部に赴かなければならない理由は……討伐した魔王の亡骸の捜索に他ならない。
相手が人でさえあれば、城の最上部から崖下の渓谷底まで落ちた者が生きているわけがないと断じる事も容易だが、相手は魔の国の王という存在なのだ。
最後の一撃は、奴を仕留めた手応えが確かにあった。それでも探し出して死を確認しなければ、大手を振って国に凱旋することなど到底出来ない。
この過酷な旅に付いてきた仲間たちも、よく分かっているだろう。
……それほどまでに、あの魔王は強かった。
◇◇◇◇◇
俺が勇者候補生として家を出されたのは、5歳になった頃のことだ。
先代の勇者が魔王討伐に失敗て生還。それからすぐに姿を消して早10年。人の国はとっくに彼の捜索を諦めていたが、魔王討伐の悲願はどうしても諦めきれなかった。
新たな勇者を育成すべく、候補となる子どもたちを集めてきたのだ。
国の機関に集められた子どもたちは、当初100人近くいた。どの子も俺と同い歳ぐらいで、女の子もいた。
国に選定された教官達は俺ら子供に過酷な物理戦闘と魔法術の訓練を施した。その合間に一般水準以上の英才教育、勇者としての心構え、ほか諸々。
それらを5年間みっちり行い、10歳の頃に待ち受けていたのは雪山や深い森での戦闘訓練。更に3年後の13になった頃には実践で弱めの魔獣討伐を行い、徐々に強い魔獣とも戦わされた。
その間、候補生達はこの過酷な訓練についていけなくなり、どんどん脱落していった。教官がのサポートで死者こそ出なかったが、病気や完治が難しい怪我、精神的に病んでしまった奴もいたな。普通に音を上げたリタイア組も山ほどいるが。
そうしてとうとう候補生は10人にまで減った。15歳になった頃のことだ。
残った候補生達は能力のムラこそあったが、それぞれが鬼神のごとく強くなっていた。人間やれば出来るもんだ。
ここまでの能力があれば将来有望だ。いい職に就けるのは確実だし、いっそ勇者じゃなくて騎士とか貴族の護衛とか、魔導研究員になったほうが絶対安泰に違いない……
それでも勇者などというけったいな存在になるためだけに、俺達はここまで鍛え上げられてきた訳だ。
とうとう最後の選抜試合の段階に入った。
内容は至ってシンプルだ。候補生同士、一対一の試合をして最後まで勝ち抜けた者が晴れて勇者になる。
長かった俺達の訓練所暮らしも、ようやく終わりが見えてきた。ようやくだ……
俺は次の試合の準備をしていた。勝ち残ったメンバーは俺を含めあと4人。
この控室には窓が付いていて、そこから現在行われている試合の様子が見える。かなり激戦になっているようで、防護魔法をかけられている筈の窓がビリビリと圧を受けてしなっていた。
「おいおい、ひどいな……」
「……ちょっと一方的すぎない?」
俺はかなりげんなりしながら呟いた。隣には次の試合相手の魔術師リリアが気だるげに椅子に座っている。
俺達は全員同い年だが、同じように鍛えたとしても持って生まれた体格には差が生じる。俺は身長もあり、筋肉の付きも魔力もそこそこのいわばバランスタイプという奴だ。リリアは魔法使いなので魔力は相当量を保有しているが、上背は一番低く、腕力が弱い。
そして今戦っている2人だが、一方はガイウスという、筋肉ゴリゴリの圧倒的パワー野郎だ。奴は両手剣をまるで木の枝のような軽さで扱っていて、大木も一撃で倒せる腕力の持ち主だ。
対する相手だが……見た目は後方支援魔法型のヒョロ長い体型をしている。名前をカイルという。
奴はその見てくれ通り、後方支援魔法を得意とする。特に能力強化型を駆使する魔法剣士だ。ここに来た当初の検査では、どの能力も中の中。だが戦闘と魔術の手ほどきを受けると、恐ろしいほどの速さで技術を習得した。
だがカイルの体格も魔力も中の上程度。恵体であるガイウスには遠く及ばず、魔力量もリリアの足元にも及ばない。
だがカイルが後方支援魔法に手を染めだしてからというもの、何もかもが形勢逆転したのだ。
カイルは肉体強化の魔法を行使し、目に見えないほどの速さでガイウスの背後に躍り込むと、攻撃強化魔法をかけた武器で一閃する。気配に慌てて立ち退いたガイウスの足下が、がっつりと大きくえぐれているのが見える。おいおい、それ当たったらさすがのガイウスでも死ぬぞ。
使う武器は前腕の長さ程度のダガー1本。確かフラリと立ち寄った遠征先の武器屋で、手頃な値段で売ってた代物だ。カイル曰く、『魔法強化すれば、どれ使ってもだいたい同じ』だそうだ。んなわけあるか!
しかし俺達はそのダガー片手にひょいひょい魔獣を殲滅してきた姿を見ているので、俺達もう何も言えねえよ……
なるべくして不本意な防戦に追い込まれたガイウスは、いまだ攻撃の糸口を見つけることが出来ない。魔法詠唱の時間も与えては貰えず、軽いとはいえ着実にダメージを食らっていく。教官……付きすぎた筋肉があんなに邪魔になるなんて、俺達聞いてないです。
対するカイルは汗一つ流さず、いつもの涼しい無表情でガイウスに重めの連撃を加えていた。時折力任せのカウンターを食らうも、既に持続系の回復魔法がかかっているため傷がみるみるうちに塞がっていく。
ここまで魔法を使っていたら魔力切れを起こすと思うだろ? それを踏まえてあいつのそこそこダガーには一つだけ付与効果が付けてある。……そう、『魔力吸収』だよ!!
それにサポート魔法というのは長時間持続させようとすると魔力使用量がかさんでいく代物だが、カイルはそこも自分流にうまいことアレンジしている。
足が地面に着く瞬間と、攻撃が当たる瞬間にのみ魔法を行使し、持続するものは回復系と防御系しか使わない。つまり効率重視の超省エネ野郎なのだ。
そうこうしているうちに、足にそれなりの深手を追ったガイウスが自重を支えきれなくなり、とうとう巨体がグラッと傾いだ。
ガイウスは何とか立て直したが、カイルがその隙を見逃す筈もなく、一気に距離を詰めて首元にダガーの切っ先を当てた。
「そこまで! カイルの勝利」
「……ありがとうございました」
カイルはすぐダガーを引っ込め、一礼してその場から離脱した。
教官達はガイウスを魔法で止血し、治療を行うため道場から運び出す。
窓越しにその様子を黙って見ていた俺達は、とてつもなく脱力していた。
アレと戦うのか……いや絶対嫌だよ。
リリアは椅子の上で膝を抱えてうずくまり、絶望的な声で「お腹痛い……」とつぶやいた。コイツは緊張するとすぐ腹痛になるんだよな。
「……なあ、リリア。お前確か王都の研究員志望だったよな」
「うん。そうだね……」
「勝負の間、一瞬だけ隙を作れよ。そしたら後は俺がどうにかするから」
「……マリウス?」
「大丈夫だよ。この試合で俺が勝ってもお前が勝っても、あの調子だと最終的にはカイルが勇者になると思うんだよな。
お前も無駄に痛い思いはしたくないだろ? カイルとは俺が戦っておく」
「……でも、ガイウスみたいに血達磨になっちゃうよ……」
「オイオイ……血達磨て……
まあでも、流石にもう少し上手く立ち回るさ」
俺は立ち上がり、道場へ向かった。リリアも慌てて付いてくる。
◇◇◇◇◇
結局、最後の試合で勝ち残ったのは俺だった。
カイルは魔力切れだとか言っていた。だがアイツのことだ、恐らく支援魔法以外の手段もいくつか隠し持ってると思ったんだけどな……
かくして俺は、勇者になってしまった。これから各国を巡り、魔の国へ行くための強い仲間を探す旅に出なければならない。
新たな勇者が誕生しためでたい門出……ということで、俺と最終日に残っていた候補生3人と、施設の職員と教官達でささやかな宴が催された。
実際は俺達そっちのけで教官達が飲みたいだけだが、国からの予算ですごく旨い飯が出たから俺達もたらふく食った。
明日には皆ともお別れだ。最終選抜で残った奴ら全員すごい癖が強かったけど、良い奴らだったな。
宴もたけなわの頃、涼みに来た施設の屋上にカイルがいた。手すりに腰掛けて一人で夜空を見上げていた。振り返った彼はいつも通りの無愛想だった。
俺はカイルの横に腰掛け、同じく空を見上げた。
「……なあ、なんでお前勇者にならなかったんだ?
さっきの試合、お前まだ戦えただろ?」
カイルはこちらを向いて、薄緑色の目で俺の目を真っ直ぐに見る。
「俺が勇者に向いてないから。お前が向いているから」
「……は? じゃあガイウスは」
「リリアは勇者になりたい意思がなかったから別として、ガイウスは勇者への憧れが強すぎて周囲に無理をさせて振り回す。俺は単独で戦う以外の戦闘が苦手だから、そもそも仲間の信頼を得られないだろう。
その点マリウスは、いつも仲間の様子をマメに気にかけながら戦っている。退く時は潔く撤退する。役回りとしては君が一番損だと思うけど、結局パーティーの生存率が一番高いんだと俺は思う」
……なんだか褒められている気がして、若干居心地が悪い。
「か、買いかぶりすぎだと思うけどな……俺はそんな風に言ってもらえるほど素敵な奴じゃないさ」
「素敵な奴じゃないなら、リリアは今そこに立ってないと思うけど?」
カイルが珍しく笑顔で顎でしゃくった方を見ると、きまり悪そうな表情のリリアがそわそわしながら立っていた。驚いてカイルに視線を戻すともうそこに彼はいない。慌てて周囲を見回したが、少なくとも屋上からは姿を消していた。
リリアは目線を外したまま、俺に少しだけ歩み寄った。
「あ、アンタだけじゃ頼りないから……私も魔の国へ、付いてく……」
「……何だって!?」
「だって! マリウスってば優しいから、すぐに仲間を優先しようとするでしょう? ……周りはそれに甘えちゃうわけなのよ。
そこはホラ、私みたいにキツーいこと平気で言う奴が側にいた方が、周りもアンタに甘えないと思うの。
あ、あと、どのみち魔道士は必須だし、研究員として生活するには魔力量あり余り過ぎだし、あとそれと……」
「……ふ」
俺はこらえきれず、声を上げて笑った。リリアは顔をリンゴみたいに真っ赤にしている。
「わかった。……俺もさ、不安じゃないって言ったら嘘になる。だって魔王を倒しに行くんだぞ? 怖くないわけ、ないよな。
だからここで一緒に育ったリリアが付いてきてくれるのは、すごく嬉しいんだ」
ありがとう、これからもよろしく。と言うと、リリアは極上の笑顔になった。
翌早朝、俺とリリアは隣国へと旅立った。