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3.魔王様、村人A風になる

 私は腹を括り、カイル殿にここに至るまでの洗いざらいを説明した。

 私が魔王である事から始まり、勇者に倒されて数百メートル下の谷に落下するも、驚異の生命力で絶命せずに体が修復されたこと(それで服が無かったこと)、それからこの森に徒歩で来たこと。

 カイル殿は私の話に目を丸くしたり顔色を失ったりしていたが、概ねは理解してもらえたようだ。

 まあ人間の常識からは魔族の体の仕組みを推し量ることは難しいだろう。人間は食事から栄養を取るが、魔族は魔の力……とりわけ、陰の魔力によって生命が保たれている。

 陰の気がある環境に居さえすれば、食べ物が無くとも普通に暮らしてはいける。

 しかし過激派の魔族や魔獣などは、人間を襲いその恐怖心を煽ることで、陰の気を多く得ようとするものも多いのが現実だ。

 魔王さえいればそのような暴虐への最低限の抑制も出来るが……私の後に新たな魔王が選定されている可能性は今の所薄いだろう。あれも条件が要るからな。


 説明を終えた私はカイル殿の反応を待った。彼は神妙な面持ちで遠くを見ながら、何かを考えているようだ。

 ふと、カイル殿を見る私と目が合った。


「一つお伺いしたいのですが」

「ああ、一つと言わず何でも聞いてくれ。さすがに現状の事は分からんが」

「魔王とは、何なのでしょうか?」

「…………」


 意外な質問だった。しかし私の正体はその一点に尽きるだろう。

 誰しも『魔王は魔の国の王。魔族魔獣の支配者』だと思うだろう。

 だが魔王はそんな素敵な存在ではない。


「魔王とは、魔の国を管理・保全する為の動力だ」



 魔の国の民を生かすためには陰の気を国中に満たしておく必要がある。しかし陰の気は自然発生しない。その発生に使うコスト……つまり魔力を供給する必要がある。それは魔王の役割だ。

 魔王に就くための資格は大きく二つある。

 莫大な魔力と、ある魔法に高い資質があるかどうか。

 魔王の選定が必要となった際は、条件に該当する若者を魔の国中から平民貴族関係なく平等に集められ、最終的にその中から一人選ばれる。それが魔の国の『魔王』。

 その資格を国の中で一番満たしていて、100余年前に選定されたのが私というわけだ。

 平民から魔王が選定されればその家族は褒章を与えられ、一生食うに困らなくなる。無論貴族にも選ばれれば同様に与えられるが、富を持つ彼らは自分の子供が魔王になるのを喜ばない。

 魔王は選ばれてしまったら最後、そこからは婚姻や出産どころか、家族にすらまともに会うことが禁じられてしまうためだ。連綿と続く血筋の貴族にしてみれば、跡継ぎを国の道具にされてはたまったものではないだろう。

 国の最高権力を得るし、魔族達が私の命令に一応従うことは間違いないのだが、その分条件や面倒な制約も多い。野望を持ち、国を思うがままに動かしたいのならば、宰相やその取り巻きになる方が楽といった具合だ。

 もっとも、現在の宰相は……


「――というわけで、私が敗れれば国の維持のために淡々と次の魔王が選出される。今頃は必死に若い国民を集めている頃だろうな。

 勇者が魔王を殺してもそれは変わらない」

「では、勇者がアンヘルさんを倒したことは全くの無意味……?」

「いいや、そうでもない。何せ勇者に倒された魔王は私が歴代初だ。私はここが魔の国の転換期ではないかと考えている。

 民を守るために魔王を据える必要こそあるだろうが、また新たな魔王を殺されてしまっては意味がない。その為には人間との話し合いに喜んで応じるだろうし、ある程度の協定ぐらい結ぶだろうさ」

「……ですが、貴女が魔王として弱かっただけと考える者も多いのでは?」

「まあっカイルさん、それはありえませんわ」


 静かに話を聞いていた精霊は、ゆるゆると首を横に振った。


「アンヘル様は歴代の魔王の中でも圧倒的に最上量の魔力を保有されています。

 わたくしですら知っている程……つまり辺境の精霊にも名が通る程のお強さなのです」



   ◇◇◇◇◇



 精霊が作ってくれた服は、人間の村娘が一般的に着るようなものなのだという。

 シンプル形のな白いブラウスに、膝下までのシンプルなチャコールグレーの巻きスカート。見えている部分の足を覆う革製の頑丈なブーツ。有り難いことに下着と洗い替えも完備だ。

 肩までの髪を一つに束ねて、あとは毒々しい目の色をもっと濃い黒に偽れば、どこにでもいる村娘Aの完成だ。なんだかワクワクしてきた。

 着替えに使わせてもらっていた寝室から出ると、お茶を入れていたカイル殿が振り返り、私を見て目を細めた。


「精霊の服ですね。とても似合っています」

「ありがとう、カイル殿……」


 今まで黒くガッチリとした男のような装束ばかりを着ていたせいか、やはりスカートには慣れないが嫌いじゃない。

 褒められて嬉しくも思う。何やら顔が熱いな……

 カイル殿は私にハーブで煮出したお茶を差し出し、ゆったりと席に着いた。私もその向かいに着席してお茶を一口いただく。

 そんな様子を見守っていたカイル殿は、ふっと一つ息をついた。


「話を聞いても……魔王というのは、やはり人間にしてみれば敵であることには変わりません。

 アンヘルさんが人里で暮らすのは、私は反対です」

「そ、そうか……」


 村娘風の格好をした事で少し浮かれていたが、急に現実的な気持ちになった。

 魔獣による被害がある以上、それは至極まっとうな判断だと思う。奴らの動向を抑えて人間への被害を食い止めきれなかったのは、他でもない魔王の責任だ。

 カイル殿も知ってしまった以上、辞めたといえそんな存在を人間の集落に住まわせるのは危険だと思うだろう。

 魔王は死んだことにしてバレないように……と慎重に国を出てきたつもりでも、この通り出た瞬間ばれてしまった有り様だ。

 


「ただ、他の行き先がまだ決まっていないのでしたら……まずはここで暮らすのはどうでしょうか」


「……え?」

「あ、いや。ここでしたら人目には付きにくいですし、そもそも管理人小屋は家族で住める想定なので二部屋ありますから、空き部屋にベッドを据えれば二人でも問題なく暮らせます。

 ここに居たいだけ滞在してもらって構わない、という事です」


 突然の話にかなり面食らった私は、呆然とカイル殿を見上げた。彼はちょっと困ったように微笑んでいる。


「こんな短期間の付き合いの私でも、貴女が人間の想像する『魔の国の魔王』からは遠くかけ離れた『お人好し』だ……ということぐらいは分かるんですよ。

 加えて聖域の精霊も、貴女を一度も悪く言わなかった。それどころか貴女への敬意すら感じられた」

「……それは、魔の国と精霊界はそんな遠い存在ではないから」

「貴女は魔王を辞めたから、国は関係ないと思いますが」

「そ、それも、そうだな……」

「それに私としても、湖の陰の気を取り払ってくれたことは感謝しかありません。

 私は森を抜けた所にある農民集落の生まれで、そこにはこの聖域の信仰があります。つまり湖はとても思い入れのある、大事な場所なんですよ。

 その湖の水質が悪くなっていくのに、私にはあまり何も出来なくて……少し落ち込んでいたんです」

「……そう、だったのか」


 ……だから湖に何かされたと、あんなに神経質になっていたのか。

 カイル殿は私に歩み寄ると私の手をそっと取り、両手で包んだ。それを額に当てる。


「貴女に大いなる感謝を」

「よ、よしてくれ……!」

「今後は精霊も水底から金貨を取り出す作業を手伝ってくれるそうです。

 私のような神官くずれでは話をすることも許されない高等な精霊ですが、貴女を保護したと思われたことで、先ほどはスムーズに話し合いができました」

「そうか、それは良かったな。

 ……決めたぞ、私はやはり人里に住みたい」


 私の決意を聞いて、カイル殿は少し悲しそうに苦笑した。

 そんなカイル殿に私は何のてらいもなく、ニッコリと笑った。


「だがその前に、カイル殿に私が人として暮らすための家事や常識をすべて教えてほしいのだ。

 金貨を取り出す作業も手伝う。だからどうかその間私をここに置いて欲しい。その……迷惑でなければ……」


 それを聞いたカイル殿はぱっと目を見開き、嬉しそうに破顔した。

 私の手を包む大きな手にも力が入る。


「わかりました! 迷惑な訳がありません。

 それではアンヘルさん、これからもよろしくお願いします!」

「こちらこそ、世話になるぞカイル殿!」


 固く固く握手を交わし、静かな森の奥で魔王と人間の生活が幕を開けた。

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