引き受けた幼馴染
しばらくすると警察と救急が反岡高校に来た。
男性の叫び声は反岡高校の教師の宮永健一郎で、体育担当の二年E組の担任をしている。職員室近くの男子トイレの前で腹部を刺されて、病院に搬送された。今のところ、命に別状はないと生徒達は聞かされた。
「刺されたのは宮永健一郎、四十七歳か。留理ちゃん、小川君は虫垂炎で入院したと先生方から聞いたが……」
現場に来ていた留理に町田警部が聞く。
「そうです」
「それなら自分達でなんとかしないといけないんやな」
町田警部はため息交じりで言う。
(どれだけ篤史に頼ってたん? 警部の気持ちもわからなくもないけど……)
町田警部の言葉を聞いた留理は、若干引き気味で思う。
そう思う中で何か事件のお手伝いが出来れば……、と思う留理は、
「警部、大丈夫ですよ! 私がなんとかします!」
とっさに言ってしまう。
「しかしなぁ……」
突然の留理の申し出に渋る町田警部。
「大丈夫ですって!」
留理は近くで篤史を見ているため、自分でもなんとか出来るかもしれないと大口を叩いてしまう。
その言葉を聞いた町田警部はしばし悩む。
「留理ちゃん、頼んだぞ」
あまり期待しないで言った。
「はいっ!」
何を思ったのか、留理はキラキラとした笑顔で返事をした。
(どうしよう……。引き受けちゃった……)
急に現実に戻ってしまう留理。
元気よく返事をしたものの、よくよく考えてみれば素人の自分が篤史と同じように出来るのか不安になってしまう。
(篤史に連絡しないとね)
留理はスマホを取り出し、篤史にラインで状況を説明した。
すると、病院の携帯を扱える場所に移動したのか、すぐに篤史から電話がかかってきた。
「お前、何引き受けてるねん? そんなに簡単に出来るわけと違うんやからな」
篤史は呆れながら幼馴染に言う。
「わかってるよ。宮永先生が刺されたし、なんとかしなきゃって思ったんやもん。何かアドバイスしてよ」
留理は電話越しに頬を膨らませながら言う。
「引き受けてしまったもんは仕方ないか。事件解決に向けてのアドバイスか……。とにかく現場を荒らさないように証拠を見つけること。小さい物まで見逃さへんようにな」
篤史はいつも自分が心がけている事を留理に伝える。
「うん……」
不安げに返事をする留理。
「あと何かないか?」
「犯人がわかったらどうしたらいい?」
「それなら大丈夫や。見つけた証拠とこの人が犯人と違うかなって思ったら、もう一度、オレのところに連絡してきてくれ」
篤史は万が一の事を考えて言う。
「わかった」
「どうした?」
不安げのまま了承した留理に、何があったのかを聞く篤史。
「引き受けたものの、不安になってきたなって思って……」
「オレのアドバイス通りにすれば大丈夫や。とりあえず、自分の勘を信じれやればいい」
篤史は力強く言う。
「ありがとう。私、頑張る」
留理は自分を信じて捜査を行っていこう、と思っていた。
男子トイレの前に戻ってきた留理は、早速捜査を始める。特別に現場に加わっていいと言われた留理は、事情聴取をしている町田警部の話を聞く。
「被害者はトイレ後に待ち伏せをしていた犯人にナイフで腹部を刺されたんやな。富永先生は誰かに恨まれていたって事はありませんか? 他の教師と揉めていたとか……」
町田警部は現場の状況を見て教師に話を聞いている。
「揉めているというか、富永先生に問題があるというか……」
三年F組の担任である山下一郎太が、なにやら言いにくそうに答える。
「何かあるのなら話していただいたほうがありがたいのですが……」
町田警部は少しきつめの口調で一郎太に言う。
「富永先生は長井先生の後をつけていたとかで職員内で問題になっていたんです」
参ったなという表情を浮かべながら答える一郎太。
「聞き捨てならない話ですね。それでその長井先生はどの方ですか?」
「私です」
教師内をキョロキョロしている町田警部に、長井は自分だと手を挙げる有美子。
「山下先生の話はホンマですか?」
「はい。私は三年前の春に反岡高校に赴任してきたのですが、一年前から後をつけられてました」
有美子は一郎太の話は本当だと答える。
「ですが、私は富永先生に何もしてません」
続けて、有美子ははっきりと言う。
「それはホンマですよ。富永先生が刺された時、私も一緒にいたから……」
そばにいた留理は有美子の犯行は無理だと言う。
「一緒にいたってどこにいたんや?」
「私の教室の近く。このトイレは職員室に近いし、私の教室からは二、三分かかる距離やから長井先生が富永先生を指すのは無理やで」
「そうか。留理ちゃんの教室の近くにいたのなら他の生徒も見てるはずやから無理か。それにしてもなんで富永先生は長井先生の後をつけていたんや?」
町田警部は腕を組みながら言う。
「校長の話では、好意を抱いていたようです。何度も止めろと注意を受けていたようですが、未だ止めてなかったようです」
一郎太は呆れ顔で話す。
「教育委員会には報告しなかったんですか?」
水野刑事が疑問に思って、一郎太に聞いてみる。
というのも、同僚にストーカーまがいの事をしているのにも関わらず、新しい学年になっても異動しないで健一郎が反岡高校にいるという事は、教育委員会に報告していなかったのではないか、と思ったからだ。
「校長も報告しようと言ったですが、長井先生が言わないでくれと言ったんです」
「それはなぜですか?」
次に有美子に聞く水野刑事。
「後をつけられていたというだけで他に何かされたわけではなかったので……」
有美子は事を荒立てたくないという思いがあったようだ。
「しかしですね、一年も後をつけるというのは立派なストーカー行為ですよ」
町田警部は強い口調で有美子に言い放つ。
そう言われた有美子は困惑した表情を浮かべる。
「それに富永先生は既婚者なんですよ」
一郎太は二人の警官に健一郎が既婚者だと話す。
「それはさらにマズイですね。それならなおさら教育委員会に報告したほうが良かったんじゃないですか?」
町田警部は一体どうなっているんだといわんばかりの口調だ。
「さっきも言いましたが、つけられる以外何もされなかったので報告しなかったんです」
有美子は凛とした口調で答える。
「富永先生の奥様はこのことは知っておられるんですか?」
水野刑事は一郎太に聞く。
「知らなかったと思いますよ」
一郎太は答える。
(長井先生、富永先生からストーカーされてたんや。話だけ聞けば長井先生が怪しいけど、犯行時は私と一緒にいたからな)
留理は話だけを聞いているのでは埒が明かないという事で、話を聞いて回る事にした。
「山下先生……」
一郎太にそっと近付いた留理は声をかける。
「どうしたんや?」
声をかけられた一郎太は驚く。
「富永先生の様子がおかしいとかありませんでしたか?」
「特に変わったところはなかった。今思えば、今朝から顔色が悪かったような気がするな」
一郎太はそういえば……という表情をしながら答える。
「もしかしたら刺される事がわかってたのかな?」
「刺されるのがわかってた……?」
留理はまさかという表情をする。
「それは表情を読み取っただけで僕の推測やけどね」
一郎太は本当は違うのかもしれないという意味合いでを含めて言った。
「……ですよね。顔色が悪いってだけではわからないですもんね」
留理は一郎太の言う事もわかると頷いて言う。
そして、次に有美子に話を聞く事にした留理。
「すごく気持ち悪かったで。毎日、駅までつけられて……。さすがに家まではつけられてはこなかったけど、精神的に参ったのは事実かな」
有美子はこの一年を振り返りながら言う。
「つけられている以外は実害がないと言ってもきちんと教育委員会に言ったほうが良かったんやないですか?」
留理は有美子の気持ちがわからないという表情で言う。
「確かに言ったほうが良かったのかもしれない。もし、言った後にさらに被害が拡大してたかもしれへんって思ったから……」
有美子はこれ以上、自分が嫌な思いをしたくないと思っていたようだ。
その答えを聞いても留理は、有美子の気持ちがまったくわからなかった。
(長井先生の気持ちがわからへんよな。それにしても話だけでは情報が足りひん。これじゃあ、事件が解決出来ひん)
留理は内心焦っていた。