集まる
葛葉達が住む市のとなりにある自治体。
その住宅街を南北に貫くように走る通りに面して営業する漬け物屋
「どうもー小林屋でーす。」
「かわらないね。きみも。」
二十歳前後の青年がここを訪れる。
「新倉ですか?」
「うん。あの子も、自分で正気に戻るだけの精神力はあるはずなんだけどなぁ。」
「無理でしょうねえ。あれだけかかってれば。シフトやって様子見たら、いったん本家に行ってきます。」
小林屋と名乗った青年が勝手知ったる人の家という感じで店スペースのレジに入る。
「一也君は水琴のところに行ってくれ。そうそう。君が会いたいって言ったなんて言ったか。あの本業と副業が逆転したアイドルグループ。来てるよ。洗い場に行ってみなさい。」
店主に促され、一度店を出るとその横にある通路に入る一也。
「あ、新しい顔だ。」
この、言葉に物の見事に、それはもう関西の某大手芸能事務所所属芸人の劇貼りに盛大に何も無いところでずっこける一也。
「いや。そんなアンパン擬人化のヒーローじゃ無いんですから。」
「ごめんごめん。君が、ここのご主人が言ってた跡取りの凄腕助手君やね。」
週末夜の顔といえる五人が、木で覆われた風呂場のようなスペースに固まっていた。
「…あ。初めまして。こちらと取引している小林商事常務小林一也です。」
一也が名刺を出すと、
「あらら。これは丁寧にどうも。こんな立派な名刺を持っているとはさてはあなたも名士ですね。」
「ここいらではここが一番の名士ですよ。あと。私はぼけ殺しの血筋なので。すてきなだじゃれをつぶしてすいません。」
だじゃれにマジレスされるとは考えていなかっただろう5人は固まる。
「今回こちらを説明してくださる方というのはあなたですか?」
「そう…見たいですね。あの調子からすると。そうそう毎週―はを見ています。え。これその撮影ですか。お~~~。…ここにサインもらって良いですか?」
今度は5人組がずっこける番だった。
「筆記具の用意は良いけど書く先が思い切り良いね。」
一也が取り出したのは、いつも仕事で使う書類を挟んだ新品の金属製バインダー。
「それと、あとで、庭見ていってやってください。」
「とりあえず全員の名前書いといたけど…どうしたのそんな仁王様みたいな顔して。」
「親戚に某局で、人気番組のMCをしている者が居るのですが、皆さんに出演希望の話をしといてって。あ、某局と言ってもこの国の話じゃ無いんです。でも日本語は普通に通じますし。」
いきなりの話な上に気に入ったアーティストを前にテンパる一也。まあ、彼の場合―青年と同じく話しながら考え考えながら話すので、まとまった話ができない。
「わかったわかった。事務所経由で話し通してくれとそちらさんには伝えておいて。」
「あ、そう言えば、収録中だったんですよね。失礼しました。すごいでしょうこの洗い場。この館林漬け物店自慢の自家製野菜をこの洗浄槽で丁寧に洗い、となりの漬け槽で塩水に一晩つけたあと、それぞれの漬け物樽に入れるんです。」
洗い場を辞すると建物の裏にある広大な庭に移動する。
所々にあとで堆肥にするのだろう、野菜の外側の葉だったり、折れてしまい中まで腐ってしまった物などがうずたかく積まれている。
その奥には針葉樹が10本ほど。
その庭に出て左を見ると、母屋から離れて大きな鉄骨二層立てのプレハブがある。
「失礼しまーす…。相変わらずですね。あ?」
建物の中には机が一つそれ以外は大きな箱が無造作に置かれていた。
机には女性が一人突っ伏すようにして寝ていた。
足下に落ちてきた紙を広いそこに書かれた物を読む一也。
「…さよか。地位が目当てで姉御に術掛けたか。」
書かれていた内容は、男が女に婚約破棄を一方的に告げる内容。しかも婚約した理由が女が次ぐであろう社会的地位と財産だった。
読み終えた一也はポケットから今は少なくなった折りたたみ式の携帯を取り出すと、どこかに電話を掛ける。
「小林です。―の。はい。いえ。ご相談したいことが。本家にお伺いしてもよろしいですか?先代様が?わかりました。一人同行をお許しください。」
電話を切ると、ちょうど一也が姉御と呼ぶ女性が目を覚ましたところだった。
「何をしに来たの?私はあなたに用は無いけど。」
おまえなど眼中に無い。そんな想いが目に見える。
「我が社がこちらを手伝う際に、あなたの悩みもなくすというのが仕事に盛り込まれています。館山水琴さん。お手数ですが、ご同道願います。」
なにやら食べ物にたかる蝿を見るような顔で一也に言葉を投げつける水琴。
「私はここであの人を待つ。」
「破棄されてもそれを待つというのは端から見たら見苦しいです。それとあなたにご同道いただくことについては、館山氏より許諾をいただいています。あなたの意思は申し訳ありませんが今回は無視させていただきます。」
淡々と事務的な感情を抑えた声音と口調で対応する一也と感情的になる水琴。
端から見れば冷たい男に対して感情的に女性がなっているように見えるが。
「一也君、水琴を車に乗せよう。」
「相当重症ですね。」
「娘を頼むぞ。」
館林の頼みに、見事な船内敬礼(肘を閉じた敬礼)を返す一也だった。
一也の言う本家
庭に車を止め、呼び鈴を押す。
「申し訳ありませんが、ただ今皆様は外出しておられます。」
庭の方から声がかかる。
振り向けば長い茶髪を後ろで一つにまとめた、袴姿の女性が竹箒片手に立っていた。
「-時より先代様に面会のお約束をしておりました-の小林です。」
「お話は伺っております。奥の棟にお通しいたします。当主の都合が付きましたので、お会いになるとのことです。それとお手数ですが、もう少しお車を奥に入れていただきたく。」
女性の言葉に従い、車を前進させると、タイミング良くもう1台車が入ってきた。
「お疲れ様です。」
「伊勢秘書官もお疲れ様です。」
―青年である。
「―、そちらは?」
葛葉も居る。
「宗主様から紹介していただきましょう。」
本家奥の棟
ここは、本家の玄関から見える建物の更にある別棟の更に別棟。本家の中枢とされている。
「宗主様、今日2組集められたのはどういう意図があってのことでしょうか?」
―青年が宗主と呼ぶ女性を一也は本家様と呼ぶ。
「集めた理由か。―は2人が仕事中に空間ごと術の発動のために巻き込まれ、小林一也は、相方である館林水琴が、地位目当ての男が雇った者が放った術式に囚われた。
この両方において残っていた残渣魔素の濃度分布を解析した結果、有る組織というか師弟の癖が見つかった。
今回我々はこの師弟に焦点を絞り捜査を続け、魔導適正使用発展促進法違反で逮捕状が発行された。まあ、おそらく逮捕状という名の警告書と、事情聴取だけど。
さて、館林水琴を除き退室せよ。」
部屋の障子戸は開けっ放しでといわれ、3人は廊下に出て部屋の中をのぞく
「何が始まるんだろう?姉御は大丈夫でしょうか?」
「かず、この敷地内では、姉御と呼ぶと、葛葉師匠や館林嬢の一族を率いる本家の次代様を指すことになるからここでは彼女のことは名前で呼ぼう。」
―青年と一也は隣町に住む親戚で、年も比較的近い者通しということもあり、かなり仲が良い。某3桁数字で表される思考の淑女諸君に勘違いされるほどの親密さではあるが、二人ともれっきとした、女性が好きな至ってノーマルな男である。
だが、何も同じ一族の女性を好きにならんでもというのが、―から話を聞いた、井澄の感想である。
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物語の始まる1年と少し前
井澄が―青年に送り迎えしてもらうようになって半年が経った頃。
帰宅し井澄が車から降りようとしたとき、―青年が井澄に話したいことがあると告げた。
「それで?はなしとは?」
「あの。…じ、自分は。…し、師匠のことを、異性として好いています。」
「ふーん。」
「師匠が、今そういう考えを持っていないことも、仕事や趣味に打ち込みたいと言うこともわかっていますので。今は、今の関係でかまいませんが、いずれは男女の関係になっていけたらと。返事はいつでも良いので。」
「ふーん。わかった。考えておく。」
この二人のすごいところはこういう会話をした翌日にはいつものようにつきあえるところだろう。
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「終わったぞ。だが、代わりに葛葉井澄。おまえが入れ。館林水琴、―、小林一也は一寸散歩でもしてこい。」
「自分はこちらで待たせていただきます。せっかく回復したのですから、それを誰よりも待っていた者と積もる話もあるでしょう。」
―青年が、正座をして廊下に座る。
「そうか。」
それだけ言うと宗主は先ほど座っていた座布団に座る。
すでに、小林・館林コンビはいない。
「行ったか。では―入れ。」
「失礼します。」
「どこから話そうか。」
宗主の白銀に輝く髪が、どこか紅く染まったように見える。
「おまえ達から見て、私の後ろにある物は何に見える?」
「仏壇」「祭壇」
右が―青年で左が井澄だ。
「葛葉井澄が正解。―は若干複合魔素に侵されているなぁ。」
「やはりそうですか。」
どうやら―は自分の状態を理解していたらしい。
「結論から言おう。おまえ達をあの大規模な魔術式でもって異世界に引き込んだのは魔女だ。」
「は?」「だろうなあ。」
疑問を浮かべる井澄と、納得した―青年。
「正確に言うと、『国際魔術式統括機構の、魔道士名簿に登録していない魔女』だな。」
「だから、術式を施行するための魔素を強引にでも集めようとして、飼い猫の酒漬けを作ったのか。」
「詳しい説明は―、おまえが葛葉井澄に行え。」
いつもの事情で世話相手に泣きつかれたあの国民的青色猫型ロボットのような顔で、手元に置かれたおかきを一つ口に放り込み、ばりばりとかじりながら、どこから出したのか、分厚いバインダーフォルダに挟まれた何かを読む宗主。
「―、飼い猫の酒漬けとはなんだ?」
「簡単に言って、猫のホルマリン漬けに使うホルマリン溶液を、スピリタスに置き換えた物です。」
「それを使うとなぜ魔素が強引にでも集められる?」
「猫という動物は全動物の中で最も魔素を集め蓄積する能力に長けています。
そして飼い猫は飼い主から受けた愛情などを魔素に変換してため込みます。
その飼い猫をスピリタスにつけ込むことで蓄積された魔素と猫が魔女に抱く怨念とが混ざりながら酒に溶け込み、魔素の媒体としてそこそこの物ができるのです。
この媒体は、クーデターや、人心掌握での反社会活動などに非常に有用です。
特に生体腐乱化掌握術に最適です。」
―青年の説明にぞくりとする井澄。
「生体腐乱化掌握術とはなんだ?」
「そうですね。生きた人間を生きたままゾンビにしてキョンシーにする術です。」
「は?」
どこぞのバイオがハザードするゲームをリアルにするのかと考えてしまった井澄だった。
「自分がなぜこういうことを知っているのかは、立ち位置からお察しください。
見れば―青年の座っている場所は宗主の補佐官的な位置だ。
「此奴の目的が何で例の師弟そのものなのか、それとも罪を着せるための査証なのかは、今調査中である。」
「宗主様。」
井澄は、初めて宗主に会ったときにこう呼ぶことを許されていた。
「なんだ?」
「総家当主様と、我が一族の本家当主様は、この事案についてご存じなのでしょうか。」
「貴家当主は知らぬだろう。これは我が世代にて扱う事案故、どちらかと言えば貴家次代に訊くが良かろう。また、総家当主様はすでに人海戦術での調査をお決めになった。」
宗主の答えに、本家次代と面識が無く当主ともあまり親交が無い井澄は頭を抱えた。
「ここからはそなたらの関わることでは無いと言うべきところではあろうが、本件に、最も深く関わり、実態を知るのはそなたらである。―への命は出せるが、葛葉井澄はしばし我が祖父の部屋で待つが良かろう。」
宗主の祖父は先代の宗主である。
「ここに詰める者は侍女も執事も皆本件にかかり切りになってしまう故に申し訳ないが案内できぬ。ここから玄関までは一本道だ、玄関まで行けば、今の時間、伯母が茶の間で休んでいる故訊ねると良いだろう。無理を言って悪いが。」
宗主の言葉に井澄は深々と座礼を返す。
「それでここに来たのか。」
「申し訳ありません。」
先代宗主の部屋には居るも障子の前で正座をして、動かない井澄に先代は、まず自分が居る机の前に座るよう促し、井澄が席に着くと、お茶を勧めた。
「まあ、あいつのことだから、いろいろと考えて準備はしてるだろうけど、その準備はできる限り秘匿したがるからなあ。」
出されたお茶を飲むと、なんともいえない独特の風味がした。
怪訝な顔の井澄に対して、
「現の証拠だよ。一先ずそれを飲み終えたら付いてきなさい。」
お茶を飲み干し、先代の後に付いていくと、離れに入る。離れにはあの防空壕のような蔵があった。
「ここから先は俺かあいつが入って良いと認めた者のみが入れる。」
そう言って進むと、蔵の床が扉になっていて扉が開くと、まばゆい光があふれてきた。
「ようこそ。真奥の棟へ。」