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九十一話

 昼も過ぎたため、一行は部屋に案内された後、夜までの間仮眠を取ることにした。

 アカツキとリムリアはそれぞれ思い出深い一室を再び与えられた。

 だが、アカツキは眠れず、城内を歩いた。警備兵達がまるで将軍にするかのように未だに敬礼をする。

 アカツキはその光景を見る度に、懐かしさが込み上げてくるのだった。

 足は自然と室内演習場へ向けられる。

 誰かに会えるかもしれない。しかし、そんな期待は外れ、かつての同僚達は戦場にいるか、あるいは休んでいるかで、誰とも会うことはできなかった。

 アカツキは斧と剣をそれぞれ握った。

 素振りをする。

 何も考えたくはなかったが、ふと、脳裏をいつも過ぎるのは老将バルバトス・ノヴァーの死のことだった。

 己の双肩にとてつもない重みを感じた。

 無我夢中で使命を果たしてきたが、どこかバルバトスに頼り切りだったところがあったのかもしれない。その預けていた重みが更に上乗せされたのだろう。

 俺は太守殿に劣る男だ。声は出せるが普通の叱咤激励止まりだ。人の心を奮い立たせたり、安心させたりする声を持ち合わせてはいない。

 だが、太守殿は生前、俺にこの集まりの総大将になるように言った。俺に見込みがあったからそう言ってくれたのだろうか。それともこの使命を抱いた最初の者として責任を果たすように求めて来たのだろうか。

 斧と剣が無言で振られ続ける。風を切る鋭い音がアカツキの脳裏に反響する。

 俺が発案者だ。光と闇の争いを終結させたい。そう思ったのは他ならぬこの俺だ。戦場で闇の者を斬りたくない。俺一人のわがままが、今では神を殺し、怒らせ、太守殿を失った。

 弱気になっている己を知る。その双肩の重みがこれほどまでとは思わなかった。光と闇、人々の安寧を願う心がこれだけ重いものだとは思わなかった。もはや神には縋れない。天に運を任せることなどできないのだ。

 俺の力で切り開いて一つずつ使命の欠片を掴み取ってゆくしかない。

「二百八十」

 手を止めた瞬間、そう声が聴こえて来た。

 見ると縦に長い立派な盾を持ったグラン・ローがそこにいた。

「久しぶりです、アカツキ将軍」

「俺はもうここの将軍ではない」

 アカツキが言うとグラン・ローは笑った。

「だとしたら、もうあだ名みたいなものですよ。兵も将軍達も皆、あなたのことを話すときはアカツキ将軍と呼んでます。シリニーグ様も、ブロッソ殿も、サルバトール殿も、暗黒卿殿もね」

 懐かしい面々の名にアカツキは心が震えた。ああ、やはり俺は奴らが好きなのだな。そう確信した。奴らと斬り合わないためには、闇の兵達と斬り合いにならないためには、俺はやらねばならん。この使命を果たさねばならん。神の意のままに殺し殺されする世界を変えねばならない。

「グラン・ロー、ありがとう。俺は危く押し潰されるところだった」

「そうでしたか。よく分かりませんが、御役に立てたのなら良かった」

 若い魔族の将軍は微笑んだ。

「アムル様が皆様の到着を聴き、少し早いですがお会いになりたいそうです」

「分かった。他の者達を呼んでから玉座に伺おう」

 アカツキは武者震いしてそう言った。



 二



 かつて壊したことのある扉が開かれ、アカツキ達全員が玉座の間へと通された。

 段を設けられた玉座にはアムル・ソンリッサが座り、一段下に暗黒卿、自分達と同じ位置にグラン・ローとヴィルヘルムがいた。

 レイチェルが挨拶し、アラバイン王から預かった書状を差し出す。グラン・ローが受け取り、段を上って暗黒卿に渡し、暗黒卿からアムル・ソンリッサの手に渡った。

「皆が壮健そうで何よりだ。と、いいたいところだが、バルバトス・ノヴァー殿の姿が無いな」

 書状を手にしたアムル・ソンリッサが言った。

「バルバトスは死にました」

 アカツキは述べた。

「そうか。惜しい男を亡くすことになったな」

「はい」

 アカツキはしみじみと応じた。

 アムル・ソンリッサは書状の封をナイフで切り、中身を取り出して黙読し始めた。

 しばらくして書状を畳み、言った。

「内容は分かった。返書をしたためよう。それまでの間、ゆるりと逗留されるが良い」

「ありがとうございます」

 レイチェルが頭を下げた。

 退出していいものか、次の声が掛からなかったのでアカツキは尋ね返そうとした。

 だが、その前にアムル・ソンリッサはおずおずと口開いた。

「ペ、ペケさん?」

「ニャー」

 その問いに白虎は応じる様に鳴いた。

「私のことを覚えていてくれたのだな。良かった。嬉しいぞ」

 アムル・ソンリッサは立ち上がり、段をトントンと降りてゆくと白虎と向き合い腰を落としてその大きな顔を抱き締めた。



 三



 宴会の席に通された一行は、音楽も踊り子もいない静かな宴にむしろ居心地の良さを覚えていたようだった。

 だが、戦のためかやはり同席した将軍達は限られていた。見知った顔も居れば、降将だろうか、そうでない者もいる。誰も積極的に話そうとはしなかった。

 上座にはアムル・ソンリッサとレイチェルが並び、アカツキ達は左側に、グラン・ロー達、闇の将軍達は右側に並んで料理に手を付けていた。

「ペケさん」

 アムル・ソンリッサは席から立つと、部屋の隅で豪華な絨毯の上で寝そべり生肉を食らっている白虎に近付いて行った。

 そして再び戯れる。

 こちら側は明るい顔を、闇の将軍はグラン・ロー以外が渋い顔をして主君の様子を眺めていた。暗黒卿はアムル・ソンリッサの席の後ろに佇んだままだった。

 闇の将軍達が何を言いたいのか、アカツキには分かっていた。それは自分も同じだ。だから言ってやった。

「バルバトス・ノヴァーが死にましたが、これは光の勢力を攻め込むには絶好の機会ではありませんか?」

 闇の将軍達が驚愕して口を開いていた。

「そうだな。だが、アラバイン殿は我々と仲良くしたいと言っている」

 アムル・ソンリッサは立ち上がり、そう言った。

「我々はこの大陸をエリル大陸と呼んでいるが、光の方ではフレルアン大陸と呼んでいたとのことだ。アラバイン殿は双方の同盟が成立した暁にはこの大陸をエリルフレルアン大陸と呼ぼうと言っている。エリルが初めに来るのは先んじて修好の使者を送った我らに対しての気遣いだろう。それと偽りのない良好な関係の修復。オークの城はそのまま光の者達に委ねてみようと思う。彼らの繁栄が我らの繁栄に繋がることを祈ってな」

 アムル・ソンリッサはそう言うとペケさんの頭を撫でた。

 彼女に野心は無い。むしろ関係修復に前向きだ。同盟の話まで出ているとは思わなかったが、アカツキは嬉しかった。自分達のやってきたことは実を結んでいる。そう実感できた。肩の荷が少しだけ軽くなった気分だ。

「良かったね、アカツキ将軍」

 側に来ていたリムリアが微笑み、アカツキのグラスにワインを注ぎ足した。

 アカツキはワインを口にした。これより美味い酒を飲める日が来るだろうか。来るとすれば、それは光と闇に和睦の同盟が締結された時だろう。アカツキはバルバトスの魂に胸の内で囁いた。太守殿、我らのしていることは着実に進みつつあります。と。

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