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九十話

「私のせいです。私を庇って太守殿は、いや、バルバトス閣下は死にました」

 オーク城の玉座でアカツキは居並ぶ諸将にバルバトス・ノヴァーの死について説明し、謝罪することしかできなかった。

「偉大な男を失ったな……」

 太守の老将サグデン伯がそう呟き、将軍達は黙祷を捧げる様に黙り込み頭を下げた。

「バルバトス殿がいたからこそ、今日までここまで保ってこれたようなものだ」

 サグデン伯が再び口火を開く。

「この状況で暗黒卿にでも攻められたら我々は敗北し城を放棄し、ヴァンピーアも取り戻され、再びリゴ村で態勢を整えるしかなくなるだろう」

 歴戦の勇、サグデン伯とは思えない弱気な台詞を聴き、将軍達は再び沈黙した。

「お言葉ですが、アムル・ソンリッサは兵を挙げません。今はお互いに修好に努めているところなのですし、何よりアムル・ソンリッサには野心がありません」

「いや、アカツキ将軍。ヴァンピーアのヴァンパイアロードでは無く、ここはかつてアムル・ソンリッサが一時的に支配した場所でもある。取ったのなら取り返すのが普通では無いか?」

 見知った将軍の一人が言った。

「それは……」

 アカツキは口ごもった。だが言った。

「確かに野心の無いアムル・ソンリッサといえど、一度手に入れた自分の国を取り戻すぐらいの気概はあるでしょう。そうしないのは皆様ご承知のように未だに闇の他国と戦をしている最中だからに違いはありません。しかし、私は信じています。アムル・ソンリッサはここオーク城まで望んだりはしないだろうと。それゆえに修好の使者を先んじて出してくれたのですから」

 アカツキの言葉に将軍達はそれでも暗い顔をしている。真っ直ぐ下座のこちらを見ているのはライラ将軍だけで、ファルクスは退屈そうに肩を回し、他の将軍達は俯いたままだった。

 不屈、不滅、バルバトス・ノヴァーを言い表す言葉はそういうものだった。強力な剣でもあり、強固な壁でもあった。その声は兵に勇気を与え、民を安心させた。バルバトスの死は諸将から、いや、フレルアン国から太陽を奪い去ったも同然なのだ。

「暗黒卿が攻めて来ると言うなら相手をするまでだ。バルバトス殿の死は痛いが、彼から何も学ばなかった我らではない」

 バルケルの大将代理のライラ将軍が凛とした口調で言った。エルフの血でも入っているのか、齢七十を超えているというのに二十代の姿を持つ、この女将軍の言葉にサグデン伯が頷いた。

「そうだな。私が新しいバルバトス・ノヴァーとなり皆を導いて見せよう!」

 大将のサグデン伯がそう言い、鼓舞し、俯いていた将軍達は勇気を取り戻したかのように顔を上げて頷いた。

 アカツキは辞去した。明日にはアムル・ソンリッサの元へ行く。問い質すべきだろうか、オーク城に執着しているかどうかを。もしそうならば、アラバイン王は易々と譲り渡すだろうか。

「バルバトス太守の死に、将軍達は暗黒卿が攻めて来るのを恐れている」

 アカツキは応接間に待機していた仲間達に向かって言った。

「そりゃ当然だろうな」

 金時草が言った。

 アカツキはヴィルヘルムを見た。

「アムル様が兵を挙げるとは思わないが、和睦の条件としてこの城を要求するだろうか?」

「いや、しない。お前も知っての通り野望のある方では無いのだ。戦はするが、ただ攻めて来る脅威を排除するためにだけに、国民を護る為に、戦をしているようなものだ。それにオーク城が狙いなら初めから言い出すだろう。アラバイン王が顔を曇らせなかったのは、そういう譲渡しろとか、要求が無かったからだろう」

 魔族の親友はそう言い、言葉を続けた。

「暗黒卿を派遣したりもしないさ。そっちの将軍達が不安なら俺が出て行って直接言っても良いぞ」

 自信にあふれた声でヴィルヘルムが言ったのでアカツキは頭を振った。

「分かった。お前とアムル様を信じる」



 二



 バルバトスの死の喪に服すため、使者を持て成す晩餐会は行われなかった。サグデン伯がヴィルヘルムに謝罪したが、ヴィルヘルムもバルバトスの武勇、その魅力を褒め称え、礼を述べ、笑顔で承知したのだった。

 一行は誰にも見送られず出立した。

 そうして国境の砦の前に来るとアカツキはツッチー将軍にも、バルバトスの死がどんなものだったか伝える責任を感じ立ち寄った。

「よくぞ、来てくれた。また無視されるのかと思ってヤキモキしていたところだ」

 ツッチー将軍が嬉しそうに言った。

 砦の入り口で二人だけで話している。

「バルバトス閣下は俺を庇って死にました」

 アカツキが言うとツッチー将軍は頷いた。

「閣下にとって命よりも大事だったのだろう。お前のことも、その使命のことも。俺は戦場で指揮官として多くの兵を死なせてしまったが、闇の者を恨んではいない。憎むべき、または憎まれるべきは指揮した将とその采配の悪さ。戦場で殺す殺されるは当たり前のことだ。そこに私情を挟んではいけない。光と闇が分かり合えれば、そのうち不満に思った連中も治まってくれるだろう」

 ツッチー将軍は微笑むとアカツキの肩を力強く叩き、猫型の面から覗く目を真っ直ぐ見詰めて来た。

「だからしっかり使命を果たして来い。本当は俺もついて行きたいところだが、まだアムル・ソンリッサ殿と和解したわけでは無いのだ。ここを離れるわけにはいかない。他の将軍達も同じだろう。ファルクス将軍辺りも同じ思いだろうな。ま、気を付けて行って来い。寄ってくれて礼を言うぞ、アカツキ」

 アカツキはツッチー将軍の前を辞去し、隊列に戻った。

 戟を手に馬上の人となり先頭を行くと、不思議な事に気付いた。空が割れている。禍々しい紫色の神々の怒りの雲が綺麗に途切れ、その先に昼の光りがあった。

 ふと、空間に魔法陣が展開し、ガルムが姿を現した。

「お待ちしておりましたよ、皆さん」

 ガルムが笑顔の道化の仮面の下で言った。

「おや、人数が足りない。バルバトス・ノヴァー殿がいませんね」

 含み笑いを漏らしながらガルムは言った。アカツキは相手がバルバトスの死を察しているだろうと思った。それでもわざとらしく訊いて来る。いや、もしかすれば人知れず、あの戦いを側で見ていたのかもしれない。なのに手を差し伸べてくれなかった。黒い怒りが身を覆った。あの時、ガルムがいてくれたらバルバトスは助かったかもしれない。

 アカツキは馬を下り、ガルムに向かって歩んで行くと立ち止まり、その首元を掴んで持ち上げた。

「アカツキ! それは見当違いだ!」

 ヴィルヘルムが叫んで間に入って止めた。アカツキは手を放した。

「フフフッ、穏便にいきましょう。バルバトス殿の魂もそれを望んでいるはず」

 その一言にアカツキは鎮めたはずの怒りを感じ戟を落とし拳を振るっていた。だが、ガルムは自然な動きで、まるで殴りかかられたことを知らなかったように腰を落としていた。

「おやおや、ブーツに汚れがありますね。後で洗わなければなりませんね。さぁ、どうぞ、皆さん、行きましょう」

 ヴィルヘルムがアカツキの馬を引っ張ってきた。

 アカツキは手綱を受け取り、魔法陣へと入って行った。

 見知った城壁と門扉がすぐに現れ、アカツキの怒りの溜飲を下げた。

「ヴィルヘルムだ。開門してくれ」

 魔族の貴公子が声を上げると、両開きの門がゆっくり開いた。

 今は昼だ。兵士以外、ここではその姿は見えなかった。誰も外に出てはいない。

「さぁ、どうぞ、アムル様に会えるのは夜になると思うが、それまで旅の疲れを癒していてくれ」

 ヴィルヘルムが城下に促し、一行は再びアムル・ソンリッサに会うためにその門を潜ったのであった。

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