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九話

「ラルフ! グレイ!」

 今日も掘削作業に勤しもうとしていた二人の副将を呼び止め、アカツキは言葉を続けた。

「至急五万の軽騎兵を揃えよ。国境守備の任に就くことになった」

 すると堀ってばかりの作業には内心うんざりしてようで、正直なラルフは表情を輝かせた。

「五万の軽騎兵ですね! はっ、大至急揃えて参ります! いくぞ、グレイ!」

 グレイの方は敬礼していたが、ラルフに半ば引きずられるようにしてその場を一旦後にした。

「おう、アカツキ、ラルフの奴が張り切ってたぞ」

 猫を模した鎧に身を包んだツッチー将軍が現れた。

「彼らは若いですからね」

 アカツキが言うと、ツッチー将軍は大笑いした。

「年寄りくさいことを言う。お前だってまだまだ充分若いでは無いか」

 肩を思いっきり叩かれアカツキは苦笑した。

「ところで総大将はどちらに決めますか?」

「そうだな。コインで決めよう。裏が出たら俺だ」

 ツッチー将軍は金貨を巾着から出すと握りこぶしの親指の上に乗せて弾いた。そしてそれを掴んで腕に乗せる。

 アカツキは緊張の面持ちで行方を見守った。

 ツッチー将軍が手をどかすと、そこには剣が刻まれた裏側があった。

「俺が総大将だな。よろしく頼むぞ、アカツキ将軍」

「はい」

 しばらくすると馬蹄と地鳴りが響き渡り先を三角の頭にして機動力に優れた陣形を整えた軍勢が姿を現した。

「やるな、二人とも。最初から陣形を整えて来るとはな。将来が楽しみだ」

 先頭にいたラルフとグレイに向けてツッチー将軍が言った。

「兵五万、率いて参りました」

 ラルフが言った。

「この度の総大将は俺になった。ラルフ、グレイ、よろしく頼むぞ」

 ツッチー将軍が言うと若武者二人は馬上で敬礼した。

 先陣をアカツキが駆け、ツッチー将軍は中軍に、ラルフとグレイは右翼と左翼についた。

 そのまま街道を疾駆した。

 久々の馬上の空気は美味かった。武者震いがするが、今は戦いが無いに越したことは無い。おそらくはアムル・ソンリッサも多方から狙われている状況でこちらに兵を仕掛けるとは思わない。それがアカツキの考えだった。


 

 二



 正午頃、国境守備隊の姿を前方に捕らえた。

 全軍で行っては入り乱れてしまうため、アカツキが副将の二人を連れて出向いて行った。

「ライラ将軍、グシオン将軍、御苦労様です。交代に参りました」

 アカツキが言うとライラ将軍は麗しい顔を頷かせた。

「分かった。闇の者達が仕掛けてくる様子は無かった」

「そうですか。分かりました」

 アカツキが言うと、ライラ将軍は威厳ある女性の声で陣形を整えさせた。縦に長く機動力のある長蛇の陣だ。

 グシオン将軍とライラ将軍が列の先頭に出た。

「グレイ、励めよ」

 グシオン将軍が息子に声を掛けた。

「はっ、父上」

 グレイは普段冷静な表情を少々複雑にして応じた。照れた笑顔を見せまいとしているのだろう。

 そうして両将軍は軍勢を引き上げて行った。

 アカツキとツッチー将軍はその場に留まった。

「しかし、こうして何も無い街道に立ち尽くすだけというのも暇なものだな」

 ツッチー将軍はそう言うと、兵を振り返った。

「手近な者と組になり稽古せい」

 兵達は応じるとそれぞれ槍や刀剣を抜いて打ち合った。

 ラルフとグレイも始めた。

「アカツキ、お前の相手は俺だ」

 ツッチー将軍が槍を頭上で振り回した。

「将軍の胸を借りる思いで挑ませていただきます」

 アカツキは布を捨てダンカン分隊長の形見の片手剣カンダタを引き抜くと先輩将軍に挑みかかった。



 三



 何も無い平和な日々が四日ほど続いた。

「こちらも満足に戦える状況では無いとはいえ少々退屈だな。砦でも作ってはみないか?」

 ツッチー将軍がアカツキに言った。

「そうですね。今後も国境となる場所に変わりはありませんからね。それに兵糧を止める場所も確保した方が良さそうですし、木を切らせ急造ですが砦を設けましょう」

 両者が微笑み合った時、斥候が馬を飛ばして戻ってきた。

「敵襲! 敵襲!」

 斥候隊は声を揃えて言った。

「何だと!?」

 ツッチー将軍の漏らした声はアカツキの心の中の声でもあった。

「将軍、敵が進軍して来ています! その数およそ二万。率いている将は以前破ったヴィルヘルム!」

「暗黒卿では無いのが救いか。よし、念のため援軍要請の使者を差し向けろ!」

 ツッチー将軍が命じる。そうして軽騎兵の機動力を生かした三角形の陣形が取られた。

「先陣はこの私にお任せを」

 アカツキが言った。

「数の上では我らが有利で率いているのも暗黒卿では無い。何か策があるのやもしれぬ用心いたせよ!」

 豪傑としても名高いツッチー将軍はそう応じると、いささか歯痒い様子を見せて総大将として中軍に入って行った。

 アカツキは片手の長剣カンダタを構えてもう片方の手で手綱を握った。

 程なくして土煙と地鳴りの中を進む敵軍が見えて来た。

「光の者どもよ!」

 両軍の間を置き軍勢を止め、敵将が先頭に出て槍で指し示して言った。

「我が軍は寡勢とはいえ精鋭! この軍勢は十万の軍勢も同じだ! お前達に負けはしない!」

 若い将の様だった。

「それ、かかれ!」

 軽騎の敵勢が攻め寄せ来る。

「こちらもかかれ! 一息に呑み込んでしまえ!」

 総大将ツッチーが声を上げ、アカツキは馬腹を蹴った。

 鎧兜の敵兵の群れが眼前に迫り肉薄する。

 アカツキは剣を次々薙いだ。

 敵兵はそれらを受け止めた。アカツキは舌打ちしながら剣を振るい騎兵の肉壁を突き進む。剣を振るうが受け止めるだけで、反撃が無い。

 そして敵兵は易々と道を開いているかのようにも思える。

 だが、そんな懸念も吹き飛んだ。そこに立派な兜を被った敵将を発見したのだ。

「見付けた! ヴィルヘルム!」

「お前がアカツキか!?」

「そうだ、俺がアカツキだ! その首貰うぞ!」

 アカツキは剣を振るいヴィルヘルムに襲い掛かった。

 ヴィルヘルムもなかなか鍛えているようでそう簡単に傷は負わせられなかった。が、反撃できずにいるようだ。

「この勝負貰った!」

 アカツキが剣で首元を薙いだ時、ヴィルヘルムは槍を素早く上げて防御し、首の代わりに槍を失った。

「ちっ!」

 ヴィルヘルムは舌打ちし逃げ出した。

「逃がすものか!」

 久々の戦にアカツキは闘志が燃え滾っていた。

 ラルフ、グレイの二人の副将が自重する呼び掛けすらも無視しヴィルヘルムの後を夢中で馬で追った。

 ヴィルヘルムとの距離が縮まった時だった。

「アカツキ将軍、駄目!」

 リムリアの声が聴こえたと思った瞬間、左手から黒い布のようなものが広がりアカツキを包み込んだ。

「きゃあっ!?」

 後ろでリムリアの声も聴こえた。

 それは網だった。

 そして左右の茂みから伏兵が飛び出し、まずはアカツキの馬を滅多刺しにし、殺すと、崩れ落ちたアカツキ目掛けて、棍棒や鈍器を構えて今度は滅多打ちにして来た。

 兜が飛び、鎧越しに感じる幾重もの重い衝撃にアカツキは目を開いてはいられなかった。

「ハハハッ、敵将アカツキ、破れたり! 我が策に見事に掛かったな!」

 ヴィルヘルムが犬歯の揃った首の長い肉食馬の上でアカツキを見下ろして言った。

「おのれ!」

 アカツキは自分の不覚を悟ると剣を振り回したが、網のせいで斬れずにいた。そこを不意に頭を打たれ、彼は暗い世界へ落ちていったのだった。

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