八十二話
また一つの戦いを終えた。
一行は一息吐き、得物の血のりを拭き、あるいは矢を回収している時だった。
俄かに天が騒がしくなり、雷鳴とともに無数の稲妻が降り注いだ。
その正確な稲妻の一撃はバルバトスを、レイチェルを、山内海を貫いた。
三人が呻いて倒れる。
何者かが来る。アカツキは戟を構え、頭上の暗雲を睨んだ。
再び雷鳴と共に稲妻が走り、それは一行の進路上に衝突した。
白い煙が立ち上る中、人影が徐々に見えて来る。
相手は一人だった。甲冑姿で手に大剣を提げている。
「戦神ラデンクスルト!?」
金時草の声が響き矢が飛んだ。
しかし、天からの敵は五つの矢を全て手慣れたように片腕で捕まえるとその握力でまとめて圧し折った。
「我が名は戦神ラデンクスルト様の部下ギャラルホルン。道を踏み外した人の子を引き取りに来た」
するとギャラルホルンは左腕を向けた。
一直線に光の線が伸び、抗おうとしていたアカツキの腕ごと胴をきつく縛り上げた。
「アカツキ将軍を連れさせはしない!」
グレイが斧槍アークダインを振り上げギャラルホルン目掛けて飛び出した。
するといつの間にそこにいたのか、天使達が突然現れ、彼を包囲した。
「グレイ!」
ラルフが救援に駆け付けようとしたが、天使が三人、行く手を阻んだ。
「ペケさん! 頼む!」
金時草が声を上げる。
白虎は猛然と敵の親玉ギャラルホルン目掛けて疾駆し跳びかかった。
しかし、一筋の稲妻がペケさんを打ち、悲鳴と共にペケさんは倒れて動かなくなった。
アカツキは倒れる仲間達を見て、敵に対する怒りが湧いて来た。しかし、怒髪天となった悪鬼の力でも光の縄は破れなかった。
「アカツキ!」
ヴィルヘルムが馬車から飛び出し剣を抜いた。
「アンタは出るな!」
金時草はそう言って馬車から下りてヴィルヘルムの手を引っ張った。
「アンタは大事な客人だ。何かあったら、アカツキのここまでの尽力が無駄になる!」
「そんなことを言っている場合ではないだろう、金時草殿! なればこそ闇は光を助ける! アカツキは俺の親友だ! このままじゃむざむざ連れて行かれてしまうぞ! アカツキを失うのは太陽も月も失うも同じだ! 自然の太陽や月が何だ! アカツキこそ、それに変わるに相応しい輝きを持った人物だ!」
金時草の手を振りほどきヴィルヘルムは駆けた。
「闇の者か。穢れし者に用は無い」
ヴィルヘルムとギャラルホルンの剣がぶつかった。
「あたしも行かなきゃ!」
リムリアが御者台から下り立ち、小剣を引き抜いて駆け付けようとするが空から急降下してきた天使達によって阻まれた。
「ちっ!」
金時草は舌打ちしてリムリアを助けに向かった。
ギャラルホルンとヴィルヘルムの戦いは圧倒的に敵の方が優位だった。
「ヴィルヘルム! お前は戦うな! 逃げろ!」
アカツキは苦痛に負けじと声を上げた。
ヴィルヘルムは押され、その剣が弾き飛ばされ宙を舞う。そして刃がその胴を貫いた。
「ア、アカツキ……」
ヴィルヘルムは倒れた。
「ヴィルヘルム!」
アカツキは友の名を叫んだ。この縄さえ解ければ、しかしどうやっても破れないのだ。
「天使共、私はひとまず先に退くぞ」
ギャラルホルンが言った。
「アカツキ将軍!」
ラルフとリムリアの声が聴こえたが、全ての景色が速足で駆け抜けて行った。
二
「クソッたれが!」
金時草が残った天使達を相手にし次々機敏な動きと小剣で殺戮してゆく。
ラルフとグレイも敵を斃し包囲を抜けて合流している。
ヴィルヘルムはそんな彼らの様子を倒れて見詰めていた。
アカツキが奪われた。平和の象徴、アカツキ。どうにかして取り戻さなくては……。しかし、どうすれば。
「ヴィルヘルム様!」
リムリアが駆け付けてきた。そして彼女の顔は正直に真っ青になった。程なくして全身の血が流れ出て俺は死ぬだろう。
「金時草さん! 助けて!」
リムリアが呼ぶと金時草が駆けて来た。
「傷が深い……。内臓までやられている……。ちっ、俺達のやろうとしていたことはこれで終わりか」
ヴィルヘルムは悔し涙を流した。
これで終わり……か。俺は何をしたのだろうな。いつも友に護られているだけだった。友を助けにも、友の意志を受け継ぐこともできないのか。
その時、忍び笑いが聴こえた。
「何者だ!?」
ラルフの声が響き渡る。
「私です、ガルムですよ」
「ガルム様、ヴィルヘルム様を助けてあげて!」
リムリアが悲痛な声を上げて言った。
「ええ、勿論ですとも」
ガルムは地を急行して来た。
「無駄だ、内臓までズタズタにしてやがる」
金時草が言った。
「いいえ、私なら治せます」
ガルムはそう言うと傷口に手を向けた。刹那、黒い祝福されし闇の光りが注ぎ込まれ、ヴィルヘルムは己の身体が正常に戻って行くのを感じた。
「終わりです。服までは直せませんけどね」
ガルムが言った。ヴィルヘルムは立ち上がった。
「おや、アカツキ将軍の姿が見えませんね」
ガルムが周囲を見渡し口を開く。
「ガルム、アカツキは天に連れて行かれた」
「天にですか。ふむ」
するとガルムは両腕を掲げた。
聖なる白い光りが飛び交い、ヴィルヘルム以外の光の仲間達に降り注いだ。
バルバトスが、レイチェルが、山内海が、ペケさんが起き上がる。
「すごい、活力が湧いて来るみたいだ」
ラルフが言った。
「今更元気が出ても後の祭りだ」
金時草が吐き捨てた。
周囲の変化を察したのかペケさんも寂しそうな顔をしていた。
ヴィルヘルムは、ガルムが何故聖なる魔術を操れるのか疑問を感じていたが、今はそんなことを尋ねている場合では無かった。
仲間達が集ってくる。
「アカツキは?」
バルバトスが尋ね、ヴィルヘルムは訳を話した。
「連れて行かれたか……」
普段の美声も無く表情を落として老将は力なくそう言った。
「……アカツキ将軍の意思は私達で継ぎましょう」
レイチェルが言った。
「おや、レイチェル、何を言っているんですか?」
ガルムが笑顔の道化の仮面の下で嘲笑う様に言い、そして続けた。
「アカツキ将軍を助けに行かないのですか?」




