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八十話

 刃は空を斬った。

 女は空へ跳躍、いや、いつの間にか生えた背中の白い翼を羽ばたかせて頭上で静止していた。

「神に刃向かうとは愚かな」

「神だと?」

 ヴィルヘルムが声を上げた。

 アカツキは相手がこの世界にいる有翼人でも無く、慈愛の女神メイフィーナであることを悟った。いや、奴が名乗りを上げた時から分かっていたのだ。己の行いがついに神の怒りに触れたのだ。

「ヴィルヘルム、お前はシルヴァンス大使と一緒にいろ。ラルフ! グレイ! 大使とヴィルヘルムを護れ!」

 アカツキが声を上げると若者二人の声が背後から聴こえてきた。

「アカツキ、だが……」

「下がっていろ! お前は大事なお客さんだ!」

 そういうとヴィルヘルムは後退していった。

「闇の者を庇うとは、あくまで親に逆らうのですね、暁」

 メイフィーナが冷ややかな口調で言った。

「俺の親はお前じゃない!」

 アカツキは戟を振るった。

 メイフィーナは後退して避けると言った。

「我々神は全ての生きとし生けるものの親である」

「その親が子に刃を握らせ、使命だとそそのかし、違う種族を殺せと言う! そんなものは親ではない! 盤上の上にいる駒とそれを操る者に過ぎない! 光と闇は分かり合える! 俺は新たな使命を成し遂げる。邪魔をするなら、神と言えども容赦はしない。どのような災厄が降りかかろうが、俺は屈しはしない!」

 アカツキは戟を振るい、メイフィーナを見上げて言った。

「暁、あなたは何故そうなってしまったのでしょうか。残念ですが、親としてお前を処分します」

 メイフィーナが手を掲げる。その手に炎が宿った。

「その傲慢で可愛げのない顔を私はもう見たくはありません。燃え尽きなさい!」

 炎の渦が奔流となってアカツキを襲った。

 アカツキは馬腹を蹴り避ける。

「ならば、法王は、あれが可愛い息子だったのか?」

「ええ、可愛い、可愛い我が子でしたよ。それを討ったアラバインもやがて神の裁きを受けるでしょう」

「反吐が出る! あんな俗物が可愛いとは! 身分にものを言わせ、幾人もの女としとねをともにするような下劣な奴が、可愛いとは! メイフィーナ、貴様と俺は分かり合えない、死ね!」

 アカツキは戟を薙いだ。

 メイフィーナは飛翔して避けると頭上で腕を掲げた。

「魔術が来るぞ!」

 アカツキは大声を上げて皆に知らせた。

 そして今度は氷柱が降り注いだ。

 氷の牙は豪雨の様に振り注ぎ大地という大地に突き立った。

 アカツキは駆けてそれを避けた。他の者は壊れた馬車の陰に隠れてやり過ごしていた。

 しかし、これでは戟は届かない。相手は空高い位置で静止し今度もまた魔術を放とうとしていた。

 その時だった。

 矢の影が五本立て続けに頭上を行きメイフィーナの翼を突き破った。

 メイフィーナが降下してくる。

 アカツキは背後を振り返った。

 金時草が弓矢を構え、再び放った。

「ここにも愚かな我が子が居りましたね」

 メイフィーナは矢を避けると地上に降り立ちそう言った。

「金時草、我が愛する子を殺した子よ」

「愛する子ってのは、ひょっとして法王のことか? だとしたらアンタの子供はずいぶん醜く成長したもんだな。良かったな、アンタそっくりで」

 金時草が言った。

 するとメイフィーナが目を吊り上げ叫んだ。

「黙りなさい! こうも神に対する無礼を働く愚かな子供らよ! 大人しく親書と闇の者を差し出すのです!」

「……聴けんな」

 アカツキの隣で影が動いたと思った瞬間、影は抜刀し、メイフィーナを斬り付けた。

「ああっ!?」

 メイフィーナの左手が真っ赤な血とともに吹き飛ぶ。

 山内海が刀の血のりを振り払い鞘に収め、居合の姿勢を取る。

 背後でペケさんの咆哮が轟いた。

「お、おのれ、獣まで我らに逆らうとは! この仕打ち、近いうちに必ず晴らしましょう!」

 メイフィーナが飛翔した時だった。その足をバルバトスが捕まえ、地べたに叩きつけた。

「神殺しか」

 老将はそう呟いた。

「放しなさい! 愚かな老いたる人の子よ!」

 メイフィーナは翼をバサバサと羽ばたかせていたがバルバトスがその足を頑として放さない。

 アカツキは戟を振り上げた。

「や、やめなさい! 暁、お前は何をしようとしているのか、分かっているのですか!?」

「ああ、分かっているさ。いつか地獄で会おうか、生きとし生ける者の愚かな母よ」

 アカツキは戟を振り下ろした。

 戟の刃はメイフィーナの左胸を貫き地面に縫い付けた。

「お、愚かなり。神殺しをするとは、愚かなり……呪われよ、道に背きし我が子らよ」

 そしてメイフィーナの翼も全身の筋もしばらく動いていたがそれも止んだ。

 メイフィーナが動かなくなり、その姿が薄っすらと透明になりやがて消えていった。

「終わったな」

 バルバトスが言った。

「いえ、始まったばかりです」

 アカツキは応じた。

 仲間達が合流してくる。

「アカツキ将軍、今のは一体?」

 ラルフが尋ねて来る。

 アカツキは一息吐き、仲間達を見回して宣言した。

「今のは神だ。俺のやろうとしていること、光と闇の間に和を結ぶという行いは、神の望む道から外れている。今後、どのようなことが起こるか分からない。それでも俺の使命と命を共にするなら着いて来てくれ。そうじゃないなら、それで構わない、外れてくれ」

 一同は黙ったままだったが、頷いた。

「ありがとう」

 アカツキは応じた。

 それから一行は馬車を失ったので徒歩で次の町へ向かった。

 御者の男も合流したが、彼とは次の町で別れることにした。彼自身も怯えきって納得していた。

 天はあれから晴れる気配も雨の気配も無かった。ただ禍々しい紫色に染まった雲が蠢き支配している。

 怒れる神の様子が手に取る様に伝わってきた。

 そうして昼も夜も分からぬ神の呪いに包まれた空の下、アカツキ達は次の町へ入ったのだった。

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