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七十八話

 王都に着くとさっそく王に拝謁した。

 王の希望で同行者全てが玉座に招かれた。

「これはヴィルヘルム殿、よくぞまたお越し下さった。道中はいかがなものであったかな?」

「アラバイン殿、同行して下さった皆々のおかげで楽しく快適に過ごすことができました。またオーク城では二度も立て続けに晩餐を開いていただいて御礼の申しようもございません」

 ヴィルヘルムが言った。

「それは良かった」

 アラバイン王は満足げに言った。

 そしてレイチェルがひざまずきながら一歩進み出る。

「陛下、アムル・ソンリッサ殿から書状を預かって来てございます」

「読もう」

 アラバイン王が心なしかウキウキしているようにアカツキには見えた。

 大臣が手に取り王に渡す。

 アラバイン王は木のナイフで器用に封を切ると書状を黙読し始めた。

 そして笑った。

「アムル殿は、虎が欲しいそうだが、金時草、どうにかできないか?」

「ペケさんは親の虎が猟師に殺されていたので私が育てましたが、私欲で虎の子を得るのに親からわざわざ取り上げるのはあんまりじゃないですかね?」

 するとヴィルヘルムが頷いた。

「もっともです。アムル・ソンリッサにはその旨私が伝えましょう。大丈夫です、このぐらいでヘソを曲げたりはしません」

「そうか。そうだな」

 アラバイン王も頷いた。

「ところで、エルド。よくぞ顔を見せてくれた」

「はっ」

「道中一緒になったのか?」

 王の問いにエルドは頭を床にこすり付けるほど下げて言った。

「それがし、とんでもないことをしてしまった次第です」

「ほう。聴かせてもらおう」

 王が続きを促す。

「使者殿と大使殿に刃を向け申した」

 それは誰かに錯乱させられていたからだとアカツキ始め同行した者達が一斉に口を広げようとしたとき、玉座の扉が開け放たれた。

 甲冑の揺れて擦れる音が幾つもし、顔を上げてみれば法王が近衛を引き連れその場にいた。

「国王、今度こそ、闇の者を始末していただこう。これは神々の御意思も同然ですぞ」

 法王は開口一番そう言った。

 するとエルドが向きを変えて法王に向かって口を開いた。

「法王猊下、教えていただきたい。それがしを呼びつけたのは何が理由だったのでしょうか?」

「音に聴こえし神官戦士エルド・グラビス卿の武勇伝でも聴かせてもらおうと思ったのだ」

 法王は応じたが、エルドが更に詰め寄って尋ねた。

「猊下、猊下とお会いした直後から、私は記憶がありません。私は一体どうしてしまったのでしょうか?」

「それは私も与り知らぬところだな」

 法王は言い捨てた。

「法王猊下、おそれながら、この私めに何かされませんでしたか?」

 エルドが声を落として尋ねた。

「何もするわけがない。グラビス卿、貴卿は我が邸宅を訪れてから記憶が無いとな? どうやら猛将とも豪傑とも名高かったグラビス卿も、寄る年波には勝てぬようじゃな。残念だが頭が呆けてきておるのだろう」

 この暴言にアカツキは一人の戦士として奥歯を噛み締め怒りを覚えた。だが、憤りを感じたのは彼一人では無かった。

「法王猊下、あなたがこうしておられるのもエルド・グラビス様やバルバトス・ノヴァー様が、年を押してまで常に最前線で戦って来られたおかげです! それを頭が呆けたとは何と言う無礼な物言いか!」

 グレイだった。あの大人しいグレイが肩を震わし声を荒げ、法王を指差した。

「グレイの言う通りだ! このエセ坊主! お前が道中幾度も刺客を差し向けたのを察せぬ我らとお思いか!?」

 ラルフも続いて法王に指を突き付ける。

「ぶ、無礼な! 国王、この無礼な小僧どもを即刻牢に放り込んでしまいなさい!」

 法王が言った。だが、アラバイン王は驚いた顔つきで一行に尋ねた。

「道中、刺客に襲われたと?」

「はい。四度ほど」

 バルバトスが言った。

「賊は撃退し、ヴィルヘルム殿にもレイチェルにも怪我はありませんでしたが……」

「そういう問題では無い。バルバトス、何故、黙っていた。これは重大な問題だぞ」

「いいえ、アカツキ将軍始め、護衛をして下さった方々の配慮と武勇と知勇でどうにかなりました。私も掠り傷一つ負わずに済んでおりますゆえ、問題にするまでもありません」

 ヴィルヘルムが取り繕うに言ったが、アラバイン王は顔色を険しくさせたままだった。

「刺客にエルドの記憶消失と反逆。これは繋がりがあるな」

 王はそう言うと腕組みをした。

「よほど闇の方々と仲を良好としてほしくない方の暗躍と思われまする」

 グレイが言ったが、母であるレイチェルに出過ぎだと目配せで注意を受けた。

「グレイ準将軍の言う通りだな。さて、誰だろうか」

 アラバイン国王は法王を見た。

「最近の若い者は礼儀を知らぬ! どいつもこいつも出しゃばりおって!」

 法王は激怒し、言った。

「国王、今日はひとまず失礼する! この法王、神の御意思にそぐわぬ行いだけは断じて認めませぬぞ!」

 法王は近衛を連れて去って行った。

 扉が閉まるとアラバイン王はヴィルヘルムに向かって頭を下げた。

「ヴィルヘルム殿。我が領内で行われた凶事。何卒許されよ」

「私もシルヴァンス大使も怪我はありませんので」

 ヴィルヘルムが言ったが、アラバイン王は静かに怒っていた。

「いや、このことは正直にソンリッサ殿に謝罪の文を送らせていただく。バルバトス、護衛を増やした方が良さそうか?」

「いいえ、今の我々でどうにか対処できています。大所帯になりますと、一か所に駐留できなくなりますからな。気心知れた我らで充分でございます」

 王は不安げだったが頷いた。

「分かった。そなたらがそう言うのなら護衛は増やさずに現状維持の方向で行こう。とりあえず、今日は下がれ、私は所用を思い出した。エルドもゆっくり城下を観光して行くがよい。そなたの孫にもいずれ会わせてくれよ」

「はっ!」

 エルド・グラビス、そしてアカツキ達一同がそう言い、一人ずつ外に出て行こうとした。

「大臣、衛兵、そなたらも席を外してくれ。金時草、そなたは残れ」

 王が呼び止めた。

 大臣と衛兵が続きアカツキは列の最後に部屋を出たのだが、扉が閉まる直前に金時草と王の声が漏れ聴こえた。

「やりますかね?」

「ああ、頼む」



 外に出るとエルド・グラビスが一同に何度目かの頭を下げた。

「本当に申し訳ないことをした。この俺としたことが一生の不覚」

「エルド殿、仕方あるまい。何度も言ったが貴殿は何者かに錯乱させられていたのだ」

「いや、バルバトス殿。やはり法王猊下のおっしゃる通り俺は呆けたのかもしれん。年には勝てぬのかも知れん」

「そんなことはありません!」

「そうですよ!」

 グレイとラルフが声を上げた。

「神器、飛翼の爪があなたの側にある限り、あなたは誰もが認める立派な戦士です! 無くたって皆の憧れです! いつかその武勇を語り継がれる物語にだってなりましょう!」

 ラルフが言った。

「そうですよ、エルド様」

 レイチェルが穏やかな笑みを浮かべて言った。

「シスターシルヴァンス……」

「もうシスターではありませんよ」

 レイチェルは苦笑した。

「そうだったな。その武勇を語り継がれるか。クレシェイド殿こそそれに相応しいのだがな」

 エルドが言った。

「誰ですか? そのクレシェイド殿とは?」

 ラルフが尋ねる。

「この世界が光と闇に分かれて戦争をしている間に、もう一つ別なところで大いなる戦いがあったのだ。そこに敵を斃しながらも散ったのが、偉大な戦士クレシェイド殿だ。バルケルの火山に突き立つ誰も引き抜けない太刀の本来の持ち主だ」

 レイチェルが頷いた。

 ラルフとグレイ、そして意外なことに山内海も驚いていた。

「……あれの正当な持ち主がいたとは。会ってみたかった」

 その時、扉が開いて金時草が合流した。

「よぉ。待っててくれたのか? だが、悪い。ちょっと急用ができちまった。今日はもう戻らない。明日、ここで会おう。リムリア、ペケさんのこと頼むわ」

 金時草はそう言うと言葉とは裏腹に口笛混じりに悠々と去って行った。

「さて、エルド殿、貴公はどうされる?」

 バルバトスが問う。

「本来の職務へ、バルケルヘ戻らねば」

「そうか。また貴公と轡を並べられる機会があれば良いな」

 するとエルドは微笑んだ。

「そうならないように貴殿らは動いておられるのだろう。皆、壮健にな。使者殿失礼いたす」

 エルド・グラビスはもう一度ヴィルヘルムに頭を下げ神器である両手剣、飛翼の爪の位置を確認すると背を向けて去って行った。

「さて、我らもゆるりとしようか」

 バルバトスが言った。

「母上、先程のクレシェイド殿と言う方のお話を聞かせて下さい」

 グレイがレイチェルに言った。

「俺も興味があります」

 ラルフが続いて目を輝かせて続いた。

「……良ければ御一緒させていただきたい」

 山内海も応じた。

「ええ、いくらでも聴かせてあげますよ」

 レイチェルは朗らかに微笑んだ。

 そんな中、アカツキは一人、玉座からの去り際に聴こえた金時草と国王のやり取りを思い出し、一つの仮定を思案していた。

 しかしそれは明らかに神に反逆を告げる行為である。実際そうなれば、神はどんな反応を示すのだろうか。国を亡ぼすか。それとも自ら親書やヴィルヘルムを狙って姿を見せるか。

「アカツキ将軍、どうかした?」

 リムリアが尋ねてきた。

「いや、何でも無い」

「侍女の人がお部屋に案内してくれるってさ」

「そうか。行こう」

 アカツキはリムリアと連れ立って、先を行く仲間達の後に続いたのだった。

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