七十六話
アカツキ達、光の使者達を歓迎する晩餐会が粛々と行われていた。
何故、粛々なのか、それは各方面の戦に将が割かれ、魔族側は主君アムル・ソンリッサと護衛の暗黒卿、将軍グラン・ローだけしかいなかったからだ。
アムル・ソンリッサも静かな性格なので、言葉も少ない。料理がなかなかのものなのが救いだった。
だが、料理以外にもやがて救いが現れた。
「光の方々は虎を飼われているのか?」
アムル・ソンリッサが同じく並んで上座に座るレイチェルに向かって尋ねた。
「いえ、そうではないと思いますよ。どうなのですか、金時草さん」
「ペケさんは特別だよ。俺が子虎の時に拾ってそれからずっと一緒さ」
「なるほど、強い絆があるのだな」
アムル・ソンリッサ達が話している一方で、山内海は顔を隠すバツ印のベールの下へスプーンやフォークを運んで食事をしていた。バルバトス、ラルフとグレイはヴィルヘルムにアカツキの闇の世界での活躍ぶりを聴いていた。
「グラン・ロー、将軍になったんだな」
アカツキが言うとグラン・ローは頷いた。
「どうにか功を積み上げて将軍になれました。アカツキ将軍のような一騎当千ではありませんけどね。それにしても思い出しますね、ランガスターを攻めた際にアカツキ将軍と功を争ったことを。ほら、城壁上で敵将ジーク・フリートをどっちがやるか勝負したじゃないですか」
グラン・ローが親切に捕捉しアカツキはようやくそのことを思い出した。立ちはだかる兵どもを斬り裂き駆けたが、アカツキは及ばず、グラン・ローが先に辿り着いたことをだ。
「あの時、ジーク・フリートが持っていた剣は業物で、今では私が使ってます。名はアンドウモリエ。実は調べてみたところ、闇の世界でも根強い人気を誇る鍛冶師で、ただその鍛冶師は変わったことにどの武器にも自分の名前をつけているらしいです。噂では持ち主が武器を改名すると災いが落ちるというジンクスもあるみたいですよ」
アカツキは軽く思案して応じた。
「まるで妖刀だな。そしてアンドウモリエという鍛冶師がいるということだな?」
「そういうことです。陛下が城に招こうとしましたが、なかなか承知せず、工房から出ようとはしないようです。今度、私自身が訪ねてみようと思います」
二人が話しているとアムル・ソンリッサがペケさんの方へ歩んで行くのが見えた。
ペケさんは宴会場の隅で上質な絨毯の上に寝転がりながら生肉を食べていた。
アカツキの視線にグラン・ローも気付いたらしく、慌てて立ち上がった。
「陛下! 暗黒卿殿、何故動かないのですか!?」
上座のアムル・ソンリッサの席の後ろで暗黒卿は佇立していた。
「その虎ならば心配要らん」
暗黒卿はそう返した。
「とは、言っても」
グラン・ローが不安げに主君アムル・ソンリッサの見詰めていた。
「ペ、ペケさん?」
アムル・ソンリッサが戸惑いがちに声を掛けると、白虎のペケさんは食事を止めて相手を見た。
「触って良いか?」
アムル・ソンリッサが問うとペケさんは承知したように小さく鳴いた。
そしてアムル・ソンリッサその頭を撫でた。
リムリアが席を立ちその隣に来た。
「アムル様、ペケさんのこと枕にして寝てみたい?」
「そ、そんなこと……できるのか?」
「うん。やってごらんよ」
リムリアが勧める。
アムル・ソンリッサはゆっくり背を向け尻を床につきペケさんの横腹に頭を乗せて寝転んだ。
「温かい」
アムル・ソンリッサはうっとりしたように言った。しばらくそうした後、立ち上がり彼女は言った。
「暗黒卿、私も虎が欲しいぞ」
「なるほど、虎がいれば我も護衛役を御役御免になれるわけだな」
「それは違う! 暗黒卿にはいつまでも私の護衛でいてもらう。でも、虎が……」
各自思い思いに過ごし気付けば粛々していた宴会は和気あいあいとしたものへ変わっていた。
二
次の日の夜、玉座に呼ばれた一行にアムル・ソンリッサは書状を差し出した。
「シルヴァンス大使殿、これをアラバイン王殿へ」
暗黒卿が受け取りツカツカと段を下りてレイチェルの前に来ると封書を渡した。
「確かに受け取りました」
レイチェルが応じる。
「申し訳ないが、私はこれから戦地へ赴くことになった。滞在を楽しまれるなら留守居役のグラン・ローに何でも言いつけてくれ」
その言葉を聞きアカツキは参陣できないもどかしさを覚えた。だが、仕方が無い。まだ同盟も和平も成立していないのだ。介入はできない。
「我々も今日発つことにしました」
レイチェルが話を進めた。
「このいただいた書状を一刻も早く、国王アラバインへ届けたいと思います」
「そうか。ゆっくりできないのだな」
アムル・ソンリッサはそう言うとその目がチラリとペケさんに向けられた。だが、気を取り直したように口を開いた。
「ヴィルヘルム、再び使者の役目を頼むぞ」
「はっ、お任せください」
ヴィルヘルムが応じる。
そうして謁見は終わった。各自荷物をまとめ、グラン・ローと護衛の兵達に守られながら夜の城下を歩いて行った。
アカツキは寂しくなる気持ちを抑えていた。ストームに今は戦地にいるかつての僚友達。そして悟る。やはり俺は闇の連中のことが好きなんだな。
外ではガルムが待ち受け魔法陣を開いていた。
「さぁ、二回目ですから、さほど緊張する必要も無いでしょう。どうぞお通り下さい」
笑顔の道化の仮面の下で含み笑いを漏らしながらガルムは言った。
バルバトスが行き、ラルフとグレイが飛び込む。次に馬車に乗ったヴィルヘルムとレイチェルが続き、リムリア、金時草とペケさん、山内海、が去って行った。
アカツキは魔法陣を眺めながら振り向いた。
「グラン・ロー、もう機会は無いかもしれないがまたお前と競い合ってみたいものだ」
「私もです、アカツキ将軍」
アカツキが手を差し出しグラン・ローが握り返す。
「お互いの幸運を祈ろう」
「そうですね。御無事に」
そしてアカツキは振り返って魔法陣に飛び込んだのだった。
一瞬にして夜空の下、違う光景とは言っても見慣れた場所に就いた。
暗闇の中でも見える兜のおかげで全員の姿を確認することができた。
バルバトスは点呼を取った。彼が全員揃っていることを確認すると出立した。
見覚えのある砦を抜けて行こうとすると砦の扉が開いてツッチー将軍が単騎で駆けて来た。
「バルバトス殿、ですから何故、このツッチーの目の前を素通りなさるのですか!? 寂しいじゃありませんか!」
「すまん。ところでツッチー将軍、もしもアムル・ソンリッサ側が仮に助けを求めてきた場合は力を貸してやってくれ」
「何故ですか?」
「今、アムル・ソンリッサの国と我らがフレルアン王国は修好し友好的な存在になった」
「しかし、同盟も和平もしたわけではありますまい。介入してよろしいのですか?」
「ああ、責任はこの私が取る。だから頼んだ」
バルバトスが言うとツッチー将軍は頷いた。
そして一行はツッチー将軍に見送られ、満点の星空の祝福の下、ひとまずオーク城に向かったのであった。




