七十二話
見知った顔で晩餐をしている。高い宿だけあって料理もなかなか見た目も味も良かったが、中には珍味の様な風変わりなものもあった。ヴィルヘルムの料理は毒みとしてアカツキが先に少しだけ食べていたが、異常は無かった。
グレイだけは親友であり相棒のラルフを思い、部屋で食事を取っている。ラルフは一時期昏睡状態に陥ったが、金時草の持参していた特効薬が合っていたのか今は少しだけ苦しそうに眠るだけだった。
できれば平和な夜を過ごせればと思った。
「御主人」
「何でしょうか?」
バルバトスが言うと店主が歩んで来た。
「夜中に何か異変を感じても絶対に部屋から出ないでくれ。絶対にだ。どうか分かってくれ」
「は、はい、分かりました」
宿の主も魔族の青年を引き連れている一行を見て何か察するところがあったらしい。素直に頷いた。
そうして食事は終わった。
「ではな、皆。言うまでもないが、何か起こるかもしれん。ヴィルヘルム殿とレイチェルのことをしっかり頼むぞ」
部屋に入る直前に廊下に一同を集めてバルバトスが言った。
「はっ、太守殿」
アカツキが応じるとバルバトスは苦笑した。
「アカツキ将軍、今の私は太守では無いぞ」
「あ、ああ、ではバルバトス閣下」
「仰々しいが……」
「これ以上は譲れません」
アカツキが憧れのバルバトスの前できっぱり言うと老将軍は笑って頷いた。
「分かった、アカツキ将軍。それでは解散」
バルバトスが部屋に入る。レイチェルとリムリアがその隣の部屋に入る。グレイが更に隣に入る。ヴィルヘルムがアカツキの後ろにある部屋に入った。
静まり返った廊下には扉の前に鎮座するアカツキと、同じくシルヴァンス大使の部屋の前に座る山内海の姿があった。
目を閉じているとアカツキはいつの間にか寝入っていた。
そのことに気付いたのはガラスが割れる音とヴィルヘルムと、シルヴァンス大使の部屋から聴こえたリムリアの声だった。
「敵襲!」
山内海が物凄い素早い動作でシルヴァンス大使の部屋に踏み込んで行った。
アカツキも片手剣カンダタを手にヴィルヘルムの部屋に入った。
「アカツキ!」
剣を抜いたヴィルヘルムの前には三つの人影があった。
「法王の差し金か! しつこい!」
アカツキが言うと相手は無言で曲刀を手にし斬りかかって来た。
アカツキは一人斬り捨てた。
「アカツキ将軍!」
グレイが飛び込んできた。短剣を手にしている。
「グレイ、ラルフの護衛は!?」
「ラルフは兵士です! 私が今護るべくは闇の国の使者殿とシルヴァンス大使のみです!」
「良いから戻ってやりな」
新たな声が響き、窓から一人入ってきた。
「早かったろう?」
口笛と共に金時草が言った。そして言った傍から斬りかかって来た刺客を一人斬り捨てた。
「グレイ、ここなら大丈夫だ。ラルフの元へ戻ってやってくれ」
アカツキが言うとグレイは返事をして去って行った。
「さて、法王の差し金なんだろう?」
アカツキと金時草、そしてヴィルヘルムに剣を向けられ、敵は戸惑っていた。
「ん? どうやら階下から増援だ。俺が階段で食い止める」
金時草は颯爽と廊下に飛び出して行った。
「アカツキ! 無事か!?」
バルバトス・ノヴァーの声が建物中に轟く。
「無事です!」
アカツキも声を上げて応じた。
その一瞬の隙を衝いて刺客が間合いを詰めてきた。
アカツキは剣で辛うじて受け止め、足蹴にし、倒れた相手の心臓に刃を縫い付けた。
悲鳴にもならない悲鳴を上げて相手は痙攣し動きが止まった。
「ヴィルヘルム、俺と来い。他の部屋を回るぞ」
二人は廊下に出た。金時草が向こう側で剣を振るっている姿が見える。
隣のラルフとグレイの部屋も襲撃を受けていた。
眠る相棒を護る様にしてグレイは慣れぬ短剣で敵を迎え撃っていた。彼の得物である斧槍アークダインでは狭い部屋では不利だと判断してのことだろう。
刺客は三人いた。
「グレイ!」
アカツキは片手斧を抜くと部下に放り投げた。
「短剣よりは馴染みがあるだろう?」
「ありがとうございます!」
敵が床を蹴り躍り掛かって来る。
アカツキとグレイは冷静に対処し、相手の自分達よりも上回る速度を意識し斬り下げた。
残った一人が窓から逃げようとしたところをグレイが背中を斧でかち割った。
敵は割れた窓越しにズルリと倒れ起き上がらなかった。
「ここは大丈夫です」
グレイが言った。
アカツキは頷きヴィルヘルムと廊下に出た。
次の部屋では勝敗は既に決していた。山内海を部屋の真ん中にして四人の刺客が倒れていた。リムリアはシルヴァンス大使の前に出て護っていた。
「……問題ない」
山内海が言った。
そして廊下に出るとバルバトスと金時草と鉢合わせた。
「どうやら今宵の襲撃は終わったようだ」
金時草が言った。
「こちらも済んだ。ヴィルヘルム殿、御怪我は?」
「アカツキ将軍のおかげで特には」
「ならば良かった。金時草、詰所に走ってくれ。俺は宿の主人達に状況を説明しに行く」
「了解」
金時草はそう言うと一足先に階下へ下りて行った。
「アカツキ将軍、しばし留守にするぞ」
「お任せください」
アカツキが応じるとバルバトスも階段を下りて行った。
それから程なくして宿全体に灯りが点った。
割れた窓、散らばる破片、血のりに塗れた毛布にシーツ、転がる黒装束の屍達。
到着した衛兵達は、形は違うが同じ黒装束の山内海に当初疑いをかけた。
「怪しい!」
「……俺では無い」
「いいや、怪しい! 犯人はお前だ!」
「……俺では無い」
山内海と衛兵達は幾度もそう答弁を繰り返し、将軍の身分証を提示したアカツキやリムリア、レイチェルの弁護もあり、やっと疑いが晴れた。アカツキはそれを見届けると別の部屋でヴィルヘルムの護衛のことを明らかにしなければならなかった。あるいは相対する魔族だからという理由で疑われるかと思ったが、バルバトスが戻り自分達が国王の使いであることを告げると、衛兵達は畏まった態度で応じた。
宿の主達も姿を見せ、変わり果てた部屋の様子に悲鳴か激怒かするかと思ったが、ただ冷静にあるいは物珍しく様子を眺めていた。どうやらバルバトスが迷惑料を含んだ金を事前にたんまり払ったらしい。
金時草はいつの間にかいなくなり、一行は結局夜勤の衛兵達の検分に立ち会いながら眠らずに朝を迎えたのであった。




