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七話

「剣の精霊……?」

 アカツキは瞠目していた。

 少女とも呼べる可愛らしい女は、ライラ将軍のように長い金色の髪をしていたが、将軍とは違い結っていなかった。後ろ手に組み、面白そうなものを見る様に顔を微笑ませていた。

「剣の精霊よ、先程のダンカン分隊長の幻影を見せてくれたのはお前の力なのか!?」

 可能ならもう一度会いたい。会って詫びたい。許されたい。アカツキはその一心で縋る様な思いで女に尋ねた。

「アカツキ、お前何やってんだ?」

 城の門を潜って来たのは同僚であり友人のファルクスだった。こちらに歩んでくる。今日もただの穴掘り作業のため身軽な格好だが、大剣を背負うことは忘れていなかった。立派な胸筋の上を剣帯が通っている。

「ファルクス」

 アカツキは目の前にいる剣の精霊の事を友人に告げるべきか逡巡した。言っても信じて貰えず笑い飛ばされるだけだろう。

 するとファルクスは少女を後ろから持ち上げた。

「よぉ、後ろから失礼。軽いな嬢ちゃん。ちゃんと食ってるのか?」

「よせ! ファルクス、彼女は剣の精霊で――」

「剣の精霊?」

「そうだ、この剣の精霊だ!」

 ダンカン分隊長の汚れた剣を突き付ける。

 すると当然ファルクスは目を瞬かせると大笑いしたが、驚いたことに少女の方も笑い声を上げていた。

「お嬢ちゃん、こいつは純情なんだ。あんましからかうなよ。お前もそんなウソに引っかかって無いでさっさと仕事場に来いよな」

 ファルクスは再び大笑いすると少女を下ろして去って行った。

 アカツキは少女を見た。曇りの無い眩しいサファイアのような青い瞳がこちら見て微笑んでいる。

 彼女は隠していたように持っていた兜を取り出し被った。

 そして突然姿勢を正して敬礼した。

「本日からアカツキ将軍の兵に配属されました、リムリアと申します! よろしくお願いいたします!」

「どういうことだ、お前は剣の精霊では無かったのか!?」

 アカツキは希望が無に変わるのを良しとせず女、リムリアに尋ねた。

「うん。剣の精霊じゃないよ」

 彼女はあっけらかんとした様子でそう答え眩しい笑みを見せた。

「ふざけるな! 俺をからかったな!」

「でも、剣の声は聴こえるよ。さっきあなたが見た元の持ち主のおじさんのこともあたしには見えたもん」

 アカツキは怒りを抑えきれなかった。こちらは真剣な思いだったのだ。ダンカン分隊長に直に詫びることができれば何を投げ出したっていい、そんな一心な思いだったのだ。

「お前が見えたり聴こえたりしたところで、それが何だ! 俺にダンカン分隊長を見せることが出来ないなら意味が無いでは無いか!」

 アカツキは馬鹿馬鹿しくなりリムリアに背を向けて外堀を掘るために城下に足を向けた。

 その後をリムリアがついて来る。

「アカツキ将軍、ごめんなさい。そこまであなたが信じるとは思わなくて」

 少しばかり申し訳なさそうな表情でリムリアが言った。

「もう良い! こういうのは騙される方も悪い!」

 アカツキが語気を荒げて応じるとリムリアは頷いた。

「そうだよね。でも、その純粋なところがアカツキ将軍の良いところだと私は思うな」

 世辞を言われたのだろうか。それとも舐められているのか。思い返せば将軍という身分の自分にかしこまったのは挨拶をした時のみだった。キツく叱るべきだろうか。だが、横目で見た彼女のはつらつとした様子を見て諦めた。例えば太守バルバトス・ノヴァーなどはそんなことに無頓着で大らかな人間だ。自分も彼のようになりたいならば、この女の言動にいちいち腹を立てているのは時間の浪費、無駄だ。だが――。

「言っておくぞお前、他の将軍閣下の前ではそのような態度や口調では接してはならん。首が飛ぶからな」

「うん、分かった」

 リムリアは頷いた。

 程なくしてアカツキは堀の中へ梯子を使って下りてゆき、先に作業に勤しんでいる兵達に加わった。右の方ではラルフの声が、左の方ではグレイの声が聴こえている。副将として兵達を励ましている。

「よっと」

 声がし、隣にリムリアが飛び降りて並んだ。スコップを手にしている。

「女には厳しい作業だ。お前は炊き出し班に混ぜて貰え」

「心配の必要は無いわ。あたしだって穴ぐらい掘れるもの」

 そうして地面にスコップを突き立て、土を掬い、籠の中へと入れる。

 ムキになるな。どうせすぐにへたばる。アカツキはそう言おうとしたが止めた。自分もスコップを突き立てる。

 ダンカン分隊長の剣は紐で腰に括り付けてあった。

 その感触を感じながら、昔の事に思いを馳せ、一心不乱に土を掘り続けた。

 正午に小休止となり、梯子を上ってそこで昼食を取る。

 急造の炊き出し班が、兵糧を使い、どうにか美味しくなるように工夫や考えを凝らしたようだが、飯はまずまずだった。

「アカツキ将軍、御苦労様でございます」

 ラルフとグレイが現れ敬礼した。

「お前達も御苦労だったな。兵達を励ます言葉、こちらまで聴こえた。その調子で頼む」

「はっ!」

 二人の若武者は再び敬礼した。

「御苦労様」

 リムリアが言った。

 途端にラルフが父譲りの生真面目で温和な顔を訝し気にして尋ねて来た。

「将軍、こちらの女人はどなたですか?」

「今日付けで配属された我が隊の兵だ。名をリムリア」

「よろしく」

 格上の者に対しても別段態度を崩す事の無い彼女にラルフが言った。

「あのね、君、知らないかもしれないけど俺は副将なの。だから敬語を使って欲しいかな。俺はラルフ副将軍に、こっちがグレイ副将軍ね」

「グレイ副将軍も?」

 リムリアが尋ねる。

「不相応な言動一つで軍規が乱れる恐れもある」

 灰色の髪の青年も頷いた。

「うん、わかりました。ラルフ副将軍、グレイ副将軍、改めまして本日付で配属されましたリムリアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 そしてリムリアは非の打ちどころの無い敬礼を決めた。

「紹介ありがとう、そんな感じで良いと思うよ」

 ラルフが柔和な顔を見せて微笑み言葉を続けた。

「で、君、リムリアって言うんだね。昔読んだ本なんだけど、ダンとクレスっていう本に出て来るヒロインの裏設定なんだけどね、本当の名前がリムリアって言うんだよ。本自体はあんまり流行らなかったからそのうち店先からは消えちゃったけどね」

「そうなんですかー」

 リムリアは好奇心旺盛な様子で応じた。

 グレイがラルフの腰を肘で小突いた。

「それでは将軍、我らは持ち場へ戻ります」

 グレイがそう言い敬礼する。

「引き続き頼んだぞ」

 アカツキが応じると二人の副将はそれぞれの方角へと去って行った。

「ねぇ、将軍、剣が言っているよ。早く磨いて欲しいって、洗って欲しいって」

「分かってる。俺だってそうしたい。だが、任務を放り出せるほど奔放な立場では無いのだ」

 アカツキはダンカン分隊長の形見となった剣を一撫でし、再び掘りへと向かった。

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