五十八話
転移の魔法陣の魔術で将兵は王都へ引き上げてきた。
ランガスターを破ったとはいえ他方ではまだ戦が続いている。
「半日の休養を与える。遊ぶも良し寝るもよし。だが、僅かな時間で睡眠を取り体力を万全にしたいものは名乗り出ろ。私が調合した特別な薬がある」
薬の効果をアカツキは身を持って知っていた。強烈な睡魔にその後の凄まじい回復力。アカツキは僅かに思案し名乗り出た。
「シリニーグ、一つくれ」
「おう、アカツキか」
アカツキはシリニーグから錠剤を貰うとベルトの後ろの装着していた小さなカバンに放り込んだ。
すると兵達がこぞって自分も自分もと進み出る。
「良いか、この薬は寝たい時に飲むのだぞ。嘘ではなく強力だからな」
シリニーグが兵士によく言い聞かせている。
アカツキは様子を見るとその場を後にした。
あいつは厩舎だろうか。
ストームを引っ張りながら城下を歩んで行く。
俺はどうしたら良いのか分からない。だが、光と闇が互いに血を流しせめぎ合うのを黙って見てはいられない。
だから、あいつに相談してみるのだ。無駄かもしれないが、俺にも手段が思い浮かばないのだ。こんなことを相談できるのはやはりあいつだろう。同じ光の者として、今は仲良く闇に身を置く少女のような女性。
貴族街を抜け、厩舎に辿り着く。
「おお、アカツキ将軍、戦勝の御報告は伺っておりますぞ」
厩舎の管理人ウォズ老が出迎えてくれた。
「半日後に出発だ。その時までこいつを頼む」
アカツキはウォズ老にストームの手綱を渡した。
「お任せください」
ウォズ老はニッコリ微笑むとストームを引っ張って行った。
「アカツキ将軍!」
探していた声が聴こえた。
リムリアは干し草に塗れながら前方で作業をしていた。
仕事中か。邪魔するわけにもいかないか……。
アカツキがそう思った時だった。
「ウォズさん、すみません、アカツキ将軍とお話があるので少し抜けて良いですか?」
「おお、構わんよ」
ウォズ老が応じると、リムリアはキラキラした笑顔を見せてアカツキの元に来た。
「出発前のあれ」
「ああ、あれだ。仕事中に悪い。俺の部屋に行こう」
アカツキはリムリアと連れ立って城へ向かったのだった。
二
アカツキは自室へ入る。
リムリアも続くが、彼女は前の様にふざけてベッドに直行したりはしなかった。
「座ってくれ」
アカツキは椅子を出して促した。そして自分はベッドに腰を下ろした。
リムリアはこちらが話すのを待っているようだった。それはそうだろう。他人の悩みを見抜ける人間などいない。
「リムリア、お前は俺が陛下に提示された首を上げたら一緒に帰るつもりか?」
「うん。名残惜しいけどね」
リムリアは頷いた。
「俺達が光側に戻るということがどういう意味かは分かっているか?」
「うん。アムル様と戦うってことでしょ?」
「そうだ」
アカツキは頷く、そしてやっとの思いで口を開いた。
「俺は、闇の連中が、ここの連中が好きだ。だが光の仲間達も好きだ。戦を回避させる方法は無いだろうか」
リムリアが微笑んだ。
「あたしと同じ悩みだったんだね。アカツキ将軍。でも同じ悩みで嬉しいな」
「お前もだったか」
さほど意外では無いかもしれない。リムリアもまた様々な闇の人物達と関わってきたからだ。
「あたしの考え言っていい?」
「ああ」
「少し時間は掛かるかもしれないけれど、アムル様と国王様で手紙のやり取りをしたらどうかなと思うんだ」
「手紙……親書か!」
アカツキはその手があったかと合点した。
「うん、そうだね。今まで戦争してきたんだもの、中々一瞬で分かり合えるなんてことは無いと思うし、こういうのは徐々にお互いの心を通わせていくものだと思うよ」
「だが……」
と、アカツキは思い止まった。
体面の問題がある。先に修好の使者を出した方が負けを認めたようなものだ。アカツキは光の国王のことはあまりよく知らない。王都に行ったことすらも無い。父の死に自棄になって押し掛けで現地ヴァンピーアで兵士となり、バルバトス・ノヴァー太守の配慮で将軍になったのだ。
国王が野心家か暗愚で無ければ良いが。アムル・ソンリッサの手紙を破り捨てる様な男で無いことを祈りたい。
ん? 俺は今何を考えていた。
アムル・ソンリッサの手紙を破り捨てる様な……。
そうか。俺はアムル様を、陛下を信じているのだ。陛下なら体面など気にせず、これ以上の無益な争いごとを好まない親書を出してくれるはずだ。
「アカツキ将軍、嬉しそうだね」
リムリアが言った。
「ああ。アムル様に、陛下に頼んでみる!」
アカツキはベッドから立ち上がった。
「頑張ってね、アカツキ将軍」
「ああ、お前には感謝する! 仕事中すまなかったな!」
アカツキは脱兎の如く部屋を飛び出し、回廊を疾駆し、階段を駆け上がった。
戦で疲労困憊だったのが今は忘れ去られていた。
玉座を目指す。
と、守備する兵士は言った。
「アカツキ将軍、陛下はこちらには居られませんよ」
その言葉を聴くや、アカツキは礼の言葉と共に再び駆け出した。
執務室に着く。
「アカツキ将軍、陛下なら湯殿へ行かれました」
「風呂か!」
アカツキは礼の言葉を述べて回廊を駆け、階段を数段抜かしで再び一階へ下りて行く。
そして再び回廊を走る。
湯殿の前には暗黒卿が立っていた。
「アカツキ将軍か、数日ぶりだな」
「暗黒卿、アムル、じゃなかった。陛下は中か?」
「そうだ。陛下に用か?」
「ああ。極めて大事な用がある!」
「行くが良い」
暗黒卿が道を譲った。
アカツキは湯殿の扉を開いた。
「暗黒卿か?」
立ち上る薄い湯気の向こうからアムル・ソンリッサの声が聴こえてきた。
「陛下、アカツキです!」
アカツキが名乗る。
「あ、アカツキだと!? 貴様は、私の風呂に何度侵入したら気が済むのだ!」
「陛下! 極めて重大なお話があります!」
その瞬間、顔面にお湯をぶちまけられた。




