五十六話
アカツキとグラン・ローは共に並んで敵を斬り、蹴散らした。
スウェアが城壁に掛けた長梯子から駆け上がってきた兵の指揮を取り、兵達が集まり小隊となった。小隊はアカツキと、グラン・ローを先頭に敵中を突き進んで行く。
「悪鬼と、壁のグランが一緒か!」
兵の誰かが声を上げると俄然士気が上がるのをアカツキは感じた。
グラン・ローのシールドバッシュが鳴り響き、アカツキの野獣のような咆哮が城壁上を吹き荒れる。
「将軍達を討たせるんじゃないぞ!」
アカツキの耳に必死に指令を飛ばす、スウェアの声が聴こえた。
雲霞の様に湧き出る敵を嬉々としてアカツキは迎え撃った。カンダタはその刀身に新鮮な血を幾つも吸ったが、切れ味が鈍ることは無かった。
端正な顔をした敵将まであと少しというところで、グラン・ローが雄叫びを上げて盾と剣を振るい突進した。
先を越されたな。
アカツキは戦場の空気に飲まれていた己を自覚し自省した。
「我が名はグラン・ロー! そこの敵将、相手をしろ!」
グラン・ローが剣で指し示すと敵将は長剣を振り回しピタリと顔の前に掲げ名乗った。
「闇の闘神カーセスの加護が我にあらんことを。我が名はジーク。ジーク・フリードだ。我が主ブレスト・ランガスター様と、我が愛剣アンドウモリエに懸けてその首、貰い受ける!」
両者は打ち合った。
「アカツキ将軍、そういうことです。ここは私にやらせてもらいますよ!」
グラン・ローが強気の笑みの一瞥を向けてきた。
「分かった。死ぬなよ、グラン・ロー!」
アカツキは駆け新手を寸断するように立ち塞がると、剣を振るって血肉と悲鳴、屍の山を築き続けた。
そうしながら前へ前へ進み出てゆく。
まだまだ武者震いする余裕もあった。
スウェアの声が遠くなってゆく。
アカツキは単身突撃し、敵を蹴散らし階下を目指す。
衝車が未だに扉を打ち続けている音が聴こえる。
いつぞやと一緒だな。
あの時はラルフとグレイが門扉を開いたが――。
敵を一刀の下に斬り裂き、緑色の返り血塗れになりながらアカツキは城下町へ下りた。
民衆は家に籠っているようだ。
しかし、溢れた兵隊達が目敏くこちらを発見し、抜刀し斬りかかって来る。
「そのうち敵将も見つかるだろう」
アカツキはニヤリと笑い、敵兵を迎え撃った。
二
不思議な話だが、カンダタの刃は幾ら血を浴びようとも相変わらず鈍くなる気配は無かった。アカツキの後ろに累々と死体が積み重なっている。
「何だこの化け物は」
門扉を死守しようとする敵兵達が青ざめながらそう漏らし、アカツキを恐れる様な目で見ていた。
「抵抗しないなら見逃してやる。大人しく門を開け」
アカツキが言うと、敵兵達は頷き合い覚悟を決めたらしく、こちらを睨み付けた。
「なめるなよ! 我らはあのランガスター王の兵ぞ!」
勇敢に敵兵が突貫してくる。アカツキは剣を振るい、受け止め、弾き返し、首を刎ねた。
血煙が幾つも立ち上る。
「お、おのれ!」
最後に残った敵の指揮官、おそらく凡将が声を上げた時だった。
轟雷の様な音が木霊し、門扉が開かれた。
「突入!」
敵の凡将はたちまち囲まれ八方から串刺しにされて殺された。
「アカツキ!」
ヴィルヘルムとダナダンが駆け付けてきた。
「よぉ、遅かったな」
「お前はまたすさまじい格好だな」
ヴィルヘルムが苦笑して言った。
早くも戦端が開かれる音がした。
「行くぞ! 我らも功を上げるのだ!」
ダナダンが長槍を掲げて傭兵隊を率いて行く。
「負けてられんな。我らも行くぞ!」
ヴィルヘルムが声を上げ兵達をまとめ上げる。
「一緒に来るか?」
ヴィルヘルムが問う。
「敵将を譲る気はあるか?」
「無いな。俺だって功を上げたいし、お前に鍛えられて、どれほど強くなったか試してみたい」
「なら、決裂だ」
アカツキはニヤリと笑うと背を向けて駆けた。
「お互い無事に再会しような、アカツキ!」
ヴィルヘルムの声が聴こえた。アカツキは止まり片手を掲げて応じると、駆け出した。
ダナダン率いる傭兵団の端っこに割り込み、立ち塞がる敵兵を次々斬り裂いて肉壁を突き破って行く。
ダナダンは槍と弁髪を振り回し、傭兵隊の中でも一人桁違いな力闘を演じていた。
アカツキはそれを見届けると城下の大通りを敵兵を斬り裂きながら城へと駆けて行く。
三
城門を固めていた兵士達を殺戮し、アカツキは更に血みどろになりながら息を弾ませ、城の中へ入って行く。
「来たな、アムル・ソンリッサの兵め!」
城内に残っていた兵達が次々襲い掛かって来る。が、野獣の咆哮と旋風の様な剣の前に次々首を討たれて斃れていった。
アカツキは階段を駆け上がり玉座を目指した。
「ここは通さぬぞ!」
城の三階。立派な扉の前に兵士達が待ち受けていた。
アカツキはカンダタの血を振り払い、敵中に躍り込んだ。
剣が次々打ち鳴らされ、手が、首が吹き飛ぶ。
最後の兵を斃すとアカツキは玉座の扉を押し開いた。
そこには二十人ばかりの兵が待ち受けていた。
一番高いところに玉座が設けられ、子供が座っていた。
「ブレスト・ランガスター?」
アカツキは面食らって声を出した。
「単身ここまで来るとは……」
玉座の一段下に三又の槍を手にした甲冑姿の将の姿があった。
「ブレスト様をお守りしろ!」
将が命じると兵士達が一斉に斬りかかって来た。
アカツキは全てを斬り捨てた。
「降伏しろ!」
アカツキは玉座の幼少の王ではなく、将に向かって言った。
「ユリシーズ! 私は降伏なんかしないぞ!」
幼少の王、ブレスト・ランガスターが声を上げる。隣には懐剣を抱いた母親と思われる者の姿があった。
「ここで降伏したら、死んでいった皆の命を、思いを無にすることになる!」
ブレスト・ランガスターが声を上げた。
立派なものだった。それだけに惜しい。いや、この立ち振る舞いから後の禍根となるだろうか。
アカツキは悩んだ。
「分かり申した、我が王よ! このユリシーズがあの地獄の鬼めを退治て御覧に入れましょう!」
ユリシーズと名乗った将は老成した声をしていたが、軽快に突進してきた。
「うん、頼むぞ、ユリシーズ!」
「お任せあれ! 死ね、悪鬼め!」
その槍の一撃を受けて、アカツキはこいつは油断ならぬ相手だと決めた。
素早い突きと鋭い三又の刃を避け、剣で弾き返し、どうにか懐に飛び込もうとしていた。
しかし敵の突きの速さに上手く間合いが計れずにいた。
アカツキはわざと弱い振りをした。
「どうした、悪鬼! ブレスト様、この勝負貰いましたぞ!」
槍が突き出される。隙のある力の乗った渾身の一撃とみるや、アカツキはそれを避け懐に飛び込んだ。
剣が振るわれ、敵将の首が飛んだ。
アカツキは玉座を見た。
すると母親と思われる女が声を張り上げて短剣を手に襲い掛かった。
一撃、二撃、受け止めると、アカツキは剣を振るい、真っ二つに斬り裂いた。
「母上、父上、ユリシーズ、皆、今、私も皆の元に参ろう!」
幼少の王は腰から小剣を抜いてゆっくり段を下ると、こちらを一睨みしアカツキに斬りかかって来た。
「死ね、アムル・ソンリッサの悪鬼め!」
アカツキは剣を振るい、ぶつかりあった小剣を弾き飛ばした。
そしてすれ違いざまに剣を戻す。幼少の王が振り返るやアカツキは剣を薙いだ。




