五十五話
ラメラー・ランガスターを討った一行は、速やかに前進し先発した部隊達の後を追った。
傷口が塞がったアカツキはボロボロの甲冑と綺麗に無くなった致命傷の腹部の傷口を見て、ガルムに言った。
「ガルム、お前には礼を言う」
最前列を隣り合って馬で進みながら言うとガルムは笑顔の道化の仮面下で、女の声の様な忍び笑いを漏らして尋ねた。
「うふふ、怪我を治したことですか?」
「それもある。だが、そっちじゃない。……俺の負けを読んで速やかに暗黒卿に繋ぎをつけたことだ。暗黒卿でなければランガスターには勝てなかった」
「そのお言葉素直に受け取らせていただきますよ。ですがアカツキ将軍とランガスターとの開きは二歩程度です。まさかが起こるのではとも期待はしていました」
「二歩か。その二歩が大きいことを痛感した。暗黒卿はどれほどだろうか。俺は暗黒卿に追い付けるだろうか」
アカツキは独り言ちて晴天の空を見上げた。
二
街道沿いの村々は既に制圧されていた。地位から見てヴィルヘルムが総大将代理を務めたのだろうか。民衆にこちらを恐れる様子はない。ただ行軍を見ているだけだ。若き魔族の貴公子は乱暴狼藉を働かないように徹底させたのだろう。
ただランガスターが暴政を敷いていたわけでもなさそうだった。かと言って民衆を義憤によって一致団結、抵抗させるほど善政を行ったわけでも無いらしい。人々は主が移り変わっているのをただ受け入れるだけの様だった。無事に城が落とせればの話だが……。
強行軍で進んだ。ランガスターの兵達は半数以上が逃れたからだ。先発隊だけでは苦しいかもしれない。シリニーグ隊二万が進んで行く。
それから三日間、小休止を挟みながら昼夜を駆けると、ついに敵の居城が見えてきた。
「俺達は誰の首を取れば良い?」
アカツキがガルムに尋ねた。
「残存兵力を指揮する将と、主君、おそらくはランガスターの息子でしょうね」
「よし!」
今度こそ、新たな首を取る。アカツキは意気込んだ。
意気込んだが、先発していた部隊長達とまずは合流した。
先発隊は既に野戦で勝利を収め、攻城の最中であった。
歩兵達が各方角に梯子を掛け中に侵入を試み、衝車が門扉を打ち付けている。
しかし、門扉は頑強で、抵抗も激しくいたずらにこちら側の兵達が命を落としているという。
アカツキは血が逸るのを抑えられなかった。
まだ今回は一人の首しか取っていない。それにランガスターには敗北させられている。納得できる成果が出せていないかった。
「地道に攻めるしかあるまい」
シリニーグが言い、言葉を続けた。
「ただ、そうだな、この国最強の戦士と言われた覇王ランガスターが敗北した旨を告げれば士気を落とすことはできるやもしれん」
そうして矢が飛び交う中、勇敢な歩兵達が二百人組織され、アカツキは彼らを率いて城の目の前に来た。
全員が盾を掲げてそこに矢を受けながら、アカツキは機会が来るのを待った。
すると敵の矢による応酬が少しだけ弱まった。背後と左右に弓兵を集中させ攻め立てたのだ。
「今だ!」
アカツキは盾を放り出す。勇敢な歩兵達も盾を投げ捨てた。
そして城壁の上、目掛けて声を合わせて兵達は叫んだ。
「ラメラー・ランガスターの首は我々が取ったぞ!」
「これがその証拠だ!」
アカツキは声を張り上げて右手に提げたランガスターの首を髪を掴んで突き上げて見せた。
敵兵の矢が止んだ。
「先王が! 先王が討たれた!」
「馬鹿な! あの先王が!」
城壁に集まった兵士達が俄かに騒がしくなる。
「速やかに降伏するなら受け入れる! そうでないのなら貴様らも覇王の元に送り届けてやるぞ! さぁ、どうする!?」
アカツキは大音声で尋ねた。
すると矢が一本、唸りを上げてアカツキ目掛けて飛んで来た。
アカツキは剣で弾き返し、城壁上を睨んだ。
「今の我らが王はラメラー・ランガスターにあらず! 御嫡子、ブレスト・ランガスター様だ! 残念だったな、アムル・ソンリッサの将よ、我らは鬼となってブレスト様に忠節を尽くすのみ! それ、矢を撃て!」
たちまち弓兵が勢ぞろいしたので、アカツキは部隊を散開させた。
狙い通りにはならなかったな。
アカツキは苦笑し、同行していたスウェアに攻城の指揮を委ねると、ガルムにランガスターの首を預け、自ら歩兵に交じって梯子を掛けに走った。
「ちょっと、将軍!? 無謀ですって!」
スウェアが泡を食った様子で叫んだが、アカツキは無視して長梯子を抱えて城壁に掛けた。周囲には幾十もの梯子が掛けられたり、離されたりしている。
「アカツキ将軍!?」
城壁に着くと兵達が驚いた顔を見せた。
「おう、手柄を奪う様で悪いが援護を頼む」
「はっ!」
三十程の兵達は揃って城壁上に矢を放った。
アカツキはその間に早足で上って行く。
敵兵が梯子を押し倒そうとする。
グラつく梯子の中腹をアカツキは果敢に駆け抜ける。
「将軍を死なせるな!」
聞き覚えのある声がすると思えば、スウェアが兵を率いて下にいた。大規模に組織された弓兵部隊から無数の援護の矢が飛んで来る。
だが、同じくこの隙を物にした別の者の声が上がった。
「一番乗りは、このグラン・ローがいただいたぞ!」
アカツキはニヤリと笑い、顔見知りの若者を祝福した。
今の名乗りで敵の攻撃が弱まった。ここぞとばかりにアカツキも左右に居並ぶ兵達も梯子を駆け上がった。
そこではたった一人で盾を振り回し、剣を薙ぎ、力闘している将の姿があった。
アカツキは咆哮を上げて剣を手にし敵に斬り込んだ。
幾つもの首が腕が血と悲鳴と共に吹き飛んだ。
「アカツキ将軍!」
グラン・ローが言った。
「よぉ、先を越されたな」
「援護してくれた兵の皆のおかげです」
グラン・ローが強い笑みを見せて応じる。
「一番乗りはくれてやる。だが、あいつの首は俺に任せてもらうぞ」
アカツキが顔を向けた方には、武器を弓から剣に持ち替えた敵兵達があり、その間に身形の整った戦士が現れた。
「こうも早く突破されるとは。それ、敵を迎え撃て! ネズミどもを城内から駆逐しろ!」
若い端正な顔をした敵将は剣を振るい叫んだ。
敵兵が鬨の声を上げて剣を手に突貫してくる。
「アカツキ将軍、競いませんか? 私も更なる手柄が欲しいです」
グラン・ローが隣で言った。
「良いだろう。どっちが先に奴の首を上げられるか!」
アカツキはグラン・ローと共に飛び出した。
「お前達も突撃しろ! 将軍達を死なすな! それ、どんどん行け!」
焦りに満ちたスウェアの大声が背後から轟いた。




