四十九話
雪解けと共に打って出る。
アムル・ソンリッサはそのつもりだったが、それは他国も同様だった。
反アムル・ソンリッサ連合が各所で動き始めたと、緊急招集を受けた将軍達のいる玉座の間に伝令が次々到着した。
部屋は重苦しい空気に包まれていた。
「やはり民を徴兵して兵力を拡大しましょう。それしかございません」
顔見知りの将軍が主君、アムル・ソンリッサに進言する。
だが、女王は頷かなかった。そして一段下に立つ客将に向かって落ち着き払った様子で尋ねた。
「暗黒卿、状況は?」
「残る勢力は、ランガスター、ツェンバー、ゼルバ、エイクス、そして光の者達だ」
光の者達。アカツキはその言葉を聴いて緊張をし暗黒卿と主君を見た。
いつかはこうなる時が来るだろうとは思っていた。それに長い冬の間に着々と準備は整えられただろう。同胞の死傷者は出したくなかったが、これは戦争だ。
暗黒卿が話を進める。
「そのどれもが我が軍の領地を侵し、砦に攻め入ろうとしている。大陸を半分も手中に収めている人間達は侮れんが、こちら側の残る勢力は我らに比べれば小さな勢力だ」
すると将軍の一人が言った。
「とは言っても我が軍を割いても兵力の差はあり申す。陛下、徴兵令をお出しください」
「民に戦いを強いるつもりはない。諸将には兵と共に死ぬつもりで事に当たってもらいたい」
アムル・ソンリッサは頑なにそう伝えた。
「いつもの事だ。まずは耐え凌ぎ、勝機が訪れるのを待つ。それに今回は領内に駐留する各傭兵団にも声を掛けた。兵力はそれでも不利だが、時間さえ稼げれば、我が必ず救援に赴く」
暗黒卿が言った。
アカツキは悩んでいた。光の勢力をどうにかして止めることはできないだろうか。光も闇も好きだ。譲れない。太守のバルバトス・ノヴァーに訳を話してみてはどうだろうか。話の分からない方では無い。それで光の勢力に向けた兵力を各所に配置することも可能だ。そして何より無駄な血を流さずに済む。
よし。
「陛下、俺を光の勢力の使者に出してください!」
静まり返った玉座の間にアカツキの声が響いた。
諸将がこちらに顔を向ける。疑惑の目だ。そのまま帰って来ないのではないだろうか。そういう疑念を抱かれている。
「俺は捕虜達を見捨てる様な真似はしません。必ずこちら側で残る首級を上げさせていただきます。なので、俺を使者に出してください。光の勢力を説得してみせます。僅かかも知れませんがそれで脅威が去れば他方に兵力を回すことも当然できるわけです」
静寂が支配する。アムル・ソンリッサは玉座に座り、こちらを凝視していた。
「アカツキ将軍、貴卿を光の勢力との戦には介入させるつもりは無い」
「陛下! 俺は光も闇も好きです! 無駄な命を散らせたく無い!」
「落ち着けアカツキ」
アカツキが叫びながら二、三歩近付くとヴィルヘルムに宥められた。
「だが、お前の捕虜を思う心を私は知っている。行ってくれるか?」
アムル・ソンリッサが言った。
「お任せください!」
アカツキは驚き、そして声を上げて跪いた。
二
城内の演習場でアカツキはガルムと共にいた。
「アカツキ将軍、準備はよろしいですね」
笑顔の道化の仮面を向けてガルムは言うと、魔法陣を空間に描いた。
「お前も来るのか?」
「私はあなたの目付け役です。それに帰りに魔法陣を開く者がいなければお困りでしょう」
「そうだな」
アカツキは夕陽色に輝く、円と記号の描かれた魔法陣を見上げ、意を決して飛び込んだ。
そして出たところは同じく雪が解け大地が顔を覗かせている道だった。魔法陣がそれを照らし出していた。
夜だ。アカツキは雲に覆われた暗黒色の空を見上げた。
「少し歩けば国境です。さぁ、行きましょう。と言っても、こちら側の地理に詳しいのは将軍の方でしたね」
「俺もさほどこっちに居たわけでは無いからな。だが、歩けば国境に着く。しかるべき守将がいるだろう」
二人は歩き始めた。
アカツキは兜を被った。
少し歩くと夜を昼の様に見渡せる兜越しに砦の影が見えた。
そうか、俺がいない間に築かれたのだな。
アカツキは砦へ歩んで行った。
木造の砦だった。扉があり、そこに二人の番兵が、上の階にも三人の番兵がいるのが見えた。
するとガルムが松明に火を灯した。
「ん? 何だ、誰かいるのか!?」
向こう側から声が掛けられる。
「人間は夜目が利きませんからね。こうして見つかった方が簡単にお話を持って行けるでしょう」
ガルムが言った。
「撃つな! 俺だ、アカツキだ!」
アカツキは大声で名乗った。
「アカツキ? もしやアカツキ将軍!? いや、そこで止まれ! 止まらねば撃つ!」
番兵が言った。扉を護る番兵の一人が慌てて内部へ飛び込んで行った。
「アカツキなのか!?」
程なくして聞き覚えのある声が応じた。
「ツッチー将軍!」
アカツキは懐かしさに感動する様を抑えながら応じた。
幾つかの松明が点る。兵を二十人ほど率いて向こう側から相手が歩んで来た。
アカツキは兜を脱いだ。
「おお、アカツキ!」
ツッチー将軍はそう言うと兜の下から見える目と口元をほころばせた。
「脱出してきたか!」
「いえ、事情があります」
飛び付かんばかりの相手に向かってアカツキは冷静に言った。
「太守殿は新しい城の方でしょうか?」
「そうだ。闇の者を攻めんと準備をしておられる。だが、ここでお前が帰って来てくれたことはまさしく暁光! 思いのまま闇の勢力を攻められる」
猫を模した甲冑姿のツッチー将軍は勇んだ様子でそう言いアカツキの手を握った。
「お前が攫われたとき、俺やラルフやグレイはどれほど悔やんだ事か」
「ツッチー将軍、急ぎ太守殿に伝えなければならないことがあります。馬を二頭貸しては貰えないでしょうか?」
アカツキは相手の思いを知りつつ、情にほだされず今は役目を果たすことに集中した。
「二頭?」
ツッチー将軍はそこでガルムの姿に気付いたようだった。
「お初にお目にかかります、ツッチー将軍」
ガルムが一礼する。
「この者は誰だ? まさか」
「闇の者です」
アカツキが応じる。
途端にツッチー将軍の目の色が変わった。
「どういうことだ、アカツキ? この者は寝返ったとでもいうのか?」
「そうではありません」
「ますます分からん、どういうことだ?」
「事情があります。太守バルバトス・ノヴァー様に伝えなければならないことが。ツッチー将軍、馬二頭をお貸しください」
ツッチー将軍は訝しんでる様子だった。できれば事情とやらを自分も聴きたい。そんな顔をしていたが、頷いた。
「お前と俺の仲だ。通してやる。馬を二頭連れて来い!」
「ありがとうございます、ツッチー将軍」
アカツキは安堵して礼を述べた。そして程なくして馬が引かれてきた。
「オーク城へは分かるな」
「オーク城?」
「勇猛で武人気質だったオーク達を称えるために付けられた名だ。そら、行って来い」
腰をバシリと叩かれアカツキは頷いた。
「では、ツッチー将軍、また後程」
アカツキは兜を被り、ガルムと並んで馬を疾駆させた。尋ねるのを失念していたが、目指すオーク城の太守がバルバトス・ノヴァー太守なのを願って。




