表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/107

番外編五

 その日は、特別な日でもあった。いつもなら別段興味の無かったアムルだったが、愛する人に思いを伝える日であることを知ると、ジッとしていられなくなった。

 そろそろ始まる頃合いだろうか。

 アムルは早足で食堂の厨房に向かう。

「邪魔するぞ」

 アムルが入るとそこには老いも若きも侍女達と、リムリアとヴァンパイアの従者テレジアの姿があった。

「おや、まぁ、アムル様!」

 侍女達のまとめ役、つまり侍女長の老年の女が驚きの声を上げた。周囲の者達もリムリア以外、恐縮しきった態度になった。

「アムル様も来たんだ」

 リムリアが言う。

「来た」

 アムルは応じて頷いた。そして平伏せんばかりの一同を見て言った。

「今日は私も一人の女として皆の仲間に加えて欲しい。良いか?」

「どうぞうどうぞ、アムル様にも意中の方が居られるとは、これはお世継ぎを得られるきっかけになるかもしれないわね」

 侍女長の最後の方の言葉は良く聴こえなかった。

 リムリアが手招きし、アムルはその隣に並んだ。

 テレジアが一礼する。

「テレジア、お前は人間を目の敵にしているようだが、リムリアは大丈夫なのか?」

 アムルがふとして問うとヴァンパイアの従者は応じた。

「私にも分からないのです。この女を憎もうとしても何故かあのアカツキをそうするように憎みきれないのです」

「そうか」

 アムルは応じた。

「さぁさぁ、皆さん始めますよ」

 侍女長が言う。

「本当は一から素材を揃えてやりたいところですが、この大人数ではそれも難しいと思うので、あらかじめ製品となったものを買い揃えて来ました。これを湯煎で溶かして、好きな型に流し込んで固まるのを待つだけ。はい、実に簡単な作業です。時間も限られていますし、始めましょうか」

 こうして食堂は真剣な眼差しの城の女達によって占拠された。



 二



「ヴィルヘルム様ー!」

 アカツキはヴィルヘルム、ブロッソと屋内演習場に居たが、そこに何度も何度も侍女達が訪れ、何やら包装された物を渡してくるのだった。

「本命です!」

 侍女達はそう付け加えて去って行く。

「稽古に集中できんな」

 アカツキは少々不機嫌になって言った。ヴィルヘルムの剣の腕をはかるため、向き合い打ち合っているのだが、その最中に侍女達が割り込んでくる。

「アカツキ将軍、今日が何の日か知っているか?」

 ブロッソがニヤニヤしながら尋ねてきた。

「何だ、気色悪い顔をして。今日はヴィルヘルムの誕生日なのか?」

「惜しい」

「少し違う」

 ブロッソとヴィルヘルムは顔を見合わせて溜息を吐いた。

「じゃあ、何の日なんだ?」

「本当に知らないみたいだな。今日はバレンタインデーさ、アカツキ」

 ヴィルヘルムが言った。

「バレンタインデー?」

 そうして思い出す、幼少の頃、母から自分と父にチョコレートを送られたことがあった。

「じゃあ、その包装の中身もチョコレートか?」

「当たりかな」

 アカツキがヴィルヘルムの足元に山と積まれた包装を指して言うと、若い魔族の貴公子は応じた。

「まぁ、俺には縁の無い話だがな」

 ブロッソが言った。

 と、侍女の集団が再び現れた。

「ヴィルヘルム様! 受け取って下さい」

 そう言ってチョコレートの山が更に築き上げられる。

「うん、ありがとう」

 ヴィルヘルムが爽やかに応じると、侍女達は顔を赤らめて去って行った。

「ブロッソ様」

 若い侍女が一人現れた。背が高く切れ長の目の細面の美人だった。長い髪の色は赤だった。

「これ、ブロッソ様に受け取って頂きたいのですが」

 落ち着いた様子で侍女は言い、微笑んだ。

「おお、俺にくれると言うのか。恩に着る。ありがとう」

 ブロッソが答えると、相手は微笑んで駆け去って行った。

「ほれほれ、アカツキ羨ましいだろう」

 ブロッソが言った。

「羨ましいものか。こうも毎回邪魔に入られると稽古にならん! 今日は取り止めだ!」

 アカツキは本音を述べた。そして立腹し一足先に回廊を行き自室へ戻ろうとする。

 すると目の前に暗殺者の如く侍女が一人現れ、アカツキと対峙した。

「何か用か?」

 アカツキが問うとリムリアよりも若干上の年齢と思われる可愛らしい侍女はおずおずと包装を差し出した。

「あの、アカツキ将軍良かったら受け取って下さい。気に入らなかったら捨てちゃっても構わないので」

 そうして半ばアカツキに押し付ける様にして駆け足で去って行った。

「チョコレートか」

 四角形の包みを見てアカツキは溜息を吐いた。甘いものはあまり得意では無かった。かと言って、言われた通り捨ててしまうのも相手の気持ちを蔑ろにする行為にも思えてしまうし、何より勿体無い。

 悩んでいると声が上がった。

「あー! アカツキ将軍発見!」

 リムリアが後ろから駆けて来た。

「演習場にいないなんて珍しいね」

「邪魔ばかり入って稽古どころじゃない。だから今日はしまいにした」

「ふーん、そうなんだぁ。それでそれってチョコレート?」

 アカツキが持っている包みを指差しリムリアが尋ねた。

「そうだ。だが俺は甘いものは――」

「うん、何と無くそんな気がした。だからそれあたしが食べてあげるよ」

 リムリアがこちらを見詰めて言った。

「分かった。持っていけ」

 アカツキが差し出すとリムリアは微笑んで受け取った。

「じゃあ、その代わりと言っては何だけど、はい、これ」

 リムリアが包装を差し出した。

「俺は甘いものが――」

「知ってる。だからそれは甘くないようにしておいたよ。それなら良いでしょう?」

 青い色の大きな瞳がこちらを凝視し放さない。

「まぁ、甘く無いのなら」

 アカツキが受け取るとリムリアは笑って言った。

「本命だと嬉しい?」

「さぁな」

「まぁ、良いや。それじゃあね、アカツキ将軍」

 リムリアが手を振り自室へ入って行った。

 アカツキも自室へ入る。

 ベッドに座り、包みをどうしたものか思案し、結局、今開封することにした。

 ハート形の大きなチョコレートだった。

 便箋も入っていた。

「アカツキ将軍へ、いつもあたしと仲良くしてくれてありがとう。節分の時はお疲れ様でした」

 と、記されていた。

 アカツキは思わずフッと笑った。

 さっそくチョコに噛り付く。

 甘かった。

 何だ、苦いものだと思っていたのだが。

 が、次の瞬間、口の中を覆い舌を痺れさせる激しい辛さにアカツキは悶絶した。



 アムルは一歩後を付いて来る護衛の暗黒卿へ向かって思いっきって振り返った。

「どうした?」

 暗黒卿が見下ろし尋ねてくる。

「き、卿、良かったらこれを受け取ってくれ」

 そう言って包装されたチョコを差し出した。

「ほ、本命というやつだ」

 アムルは決意を固めて暗黒卿のバイザーの下りた顔を見詰めて言った。

「そうか、今日はそんな日だったな。だが、アムル、お前の気持ちまでは受け取れない」

「……そう言われるとは思った。だったらチョコだけでも受け取ってくれないか。せっかく作ったんだ」

 アムルが言うと暗黒卿は頷いた。

「ありがたく受け取ろう。来月にはお返しをせねばならんな」

「いや、良い。私が一方的に送り付けたのだから」

「フフッ、送らせてくれ、アムル。誤解を与えるかもしれぬが、私はお前の事が嫌いなわけでは無いのだから」

 暗黒卿がアムルの頭を優しく撫でる様に叩いた。

 途端にアムルは全身が熱くなるのを感じた。

 そして確信した。

 私が異性として好きなのはやはり暗黒卿を置いて他にはいないと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ