四十七話
アカツキは兜を抱え甲冑姿でいつも通りの姿で回廊を歩いていた。
警備兵が敬礼する。侍女達が集まってヒソヒソと話していたが、アカツキが通り過ぎようとすると好意的な声を掛けてきた。
「あの、アカツキ将軍」
「何だ?」
立ち止まって侍女達を見下ろす。
「御身体の方はもう大丈夫なのですか?」
「ああ」
間が持たない。
アカツキは再び歩き出した。
「アカツキ将軍って意外と良いと思わない?」
「でも、少女趣味の変態だって噂が」
「私はアカツキ将軍が変態でも構わないわ。玉座の間に避難していた時、勿論ヴィルヘルム様も戦って下さいましたけど、アカツキ将軍だって私達のために戦ってくれたんですもの」
そんな声が耳に届いた。
俺が戦ったのはあのお坊ちゃん、いや、友を救うためだけだった。結果、お前達も救われただけなのだ。
少々罪悪感も湧いたが、あの時は逸早くアムル・ソンリッサを探し出し、守ることだけで頭がいっぱいだった。
四階の玉座の間を開くと、諸将がこちらを振り返った。
「遅参、御無礼」
アカツキはそう詫びると扉を閉めた。
「アカツキ将軍、もう大丈夫なのか?」
玉座にいるアムル・ソンリッサが冷厳な声でそう尋ねてきた。
「俺はいずれ、あなたとは敵対する者ですが、御心配頂いて恐悦至極です。また陛下の危機に駆け付けられず誠に申し訳なく思っております」
アカツキはスラスラとそう述べた。そして尋ねた。
「そんな俺だ。陛下には俺が死んでいた方が都合が良かったかもしれませんね」
そう皮肉を言うとヴィルヘルムが戸惑った顔を向けてきた。
「おい、アカツキ無礼だぞ。陛下、アカツキは復帰したばかりです、未だ色々と頭の中が落ち着かないのでしょう」
そう言って手助けしてくれたが、アムル・ソンリッサは応じた。
「確かにアカツキ将軍、お前はいずれは我々と敵対する。残り八つの首級もお前なら必ず上げるだろう。だが、今は私にとって大切な臣下だ。兵士を育て、時には私を護り、戦を引っ繰り返すきっかけも作った。そのことを私は忘れてはいない。今はまだ私の手の内に居るわけだが、その間だけでも、私は諸将共々お前を大切に扱っていきたいと考えている」
真摯で慈愛に満ちた言葉にアカツキは先程の己を恥じる思いだった。まさか陛下もここまで俺を思っていて下さるとは……。
「この大雪故、犠牲になった兵や侍女達の無念を晴らす戦はできないが、雪が解けたら打って出る。それまで各将、抜かりなく己に磨きをかけて置く様に。以上だ」
そうして解散となった。
二
「アカツキ!」
外に出るとヴィルヘルムが肩を掴んできた。
「何だ?」
「俺に剣を教えてくれ」
生真面目な表情で相手は言った。
「俺は力任せの剣術しか知らんぞ」
「それで良い。刺客に襲われたときだって、俺は部下の兵を守れず、お前が来なければ侍女達も俺自身も危かった」
琥珀色の瞳を向け若い魔族の貴公子は述べた。
「俺はお前に憧れている! 俺の師になってくれアカツキ!」
その様子を興味津々といったように将軍達が眺めていた。
アカツキは黙していた。アカツキは自分が言った通り、力任せの剣術を頼りとしている。いや、基礎的な部分はアジーム教官に叩き込まれてはいるが、友に師になってくれと頼まれいささか驚いていた。
「アカツキ将軍、数ある剣士の中でヴィルヘルム将軍が貴公の腕を見込んだのだ。願いを成就させてやってはどうか?」
そう言ってきたのは暗黒卿だった。
暗黒卿にもう亡き父の恨みもダンカン分隊長の恨みも感じなかった。
「そうだぞ、意地悪するな」
ヴァンパイアの子爵サルバトールが続けて言った。
アカツキは頷いた。
「大物二人に言われてしまってはな、無下にはできんだろう」
「じゃあ?」
アカツキは再び頷いた。
「雪が解けるまでの間、お前をみっちり扱いてやる」
ヴィルヘルムの琥珀色の目から涙が零れ落ちた。
「アカツキ!」
感極まったのか、ヴィルヘルムは抱き付いて来た。
アカツキは戸惑ったが、諸将の温かな顔に見守られ、その身体を抱き留めてやったのだった。
そうして雪で行き場を無くした諸将が屋内演習場に勢揃いし、主君、アムル・ソンリッサの言葉通り、己の鍛錬を始めていた。
アカツキもヴィルヘルムに片手剣の基礎から教えていた。
幸いこの弟子は妙な剣の癖は無かった。
アカツキは隣に並び、時に向き合い、剣術を教えた。
「ブロッソ、どうだろう?」
兵士と共にヴィルヘルムも調練に参加している。体力づくりに筋肉づくりにめいいっぱい兵達に交じって励んでいる。
「ヴィルヘルム卿は呑み込みが早いように思える。伊達に死線を潜り抜けてきてはいないな」
ブロッソは己の髭を撫でながらそう言った。
アカツキもアカツキで調練の後、シリニーグとの稽古を続けていた。
今では五分以上に渡り合えるようになった。しっかり絶え凌ぎ、隙を見逃さない。だが、稽古の初戦に仕掛けるのはいつもアカツキの方だった。アカツキはそれが好きだった。野生を解放し剣と剣がぶつかり合う音、身体を抜ける衝撃が大好きだった。シリニーグも理解しているようで、剣に負担が掛かろうともあえて受け止めてくれる。
そんなアカツキの習性が移ったのか、ヴィルヘルムも咆哮を上げて最初に仕掛けて来るようになった。
「まるでアカツキ将軍が二人いるかのようだ」
シリニーグやブロッソはそう笑ったものだった。
ヴィルヘルムは才能があり、それが徐々に開花してゆくのをアカツキは感じた。師としてこれほど嬉しいことは無い。
冬が終わった時、果たしてどこまでの戦士になっているだろうか。アカツキの密かな楽しみだった。
そんなことを風呂で共に湯に浸かり、将軍ズィーゲルに向かってアカツキは饒舌に語っていた。
隻眼の巨躯の将軍は頷きながら応じ、静かそうな顔を穏やかにして聴き入ってくれていた。
「そうか。ヴィルヘルム卿と手合わせしたことは無いが、その時が来るのが楽しみだ」
ズィーゲルはそう応じた。
「ズィーゲルは得物は何を使うんだ?」
「両手持ちの剣だ」
「両手剣か。俺も最初はそれだった。だが、折れてしまってな。今では偶然見つけた亡き分隊長の形見の片手剣と片手斧をメインに使っている」
「知っている。二刀流と言えば長らくシリニーグ卿の十八番だったが、お前が最近その地位を揺るがしていることもな」
ズィーゲルは愉快そうに笑った。
「ズィーゲル、今度俺と手合わせしてくれないか?」
アカツキも己がどの程度までできるのか気になっていたのもあったが、この隻眼の戦士が並々ならぬ男だと言うことも肌に感じていた。その戦いぶりを是非とも見て見たかったのだ。
「分かった。約束しよう」
ズィーゲルは穏やかな笑みを浮かべ頷いた。




