四十四話
兵達は着実に育ちつつある。
大雪にも負けず、根性を見せて自分とブロッソの扱きに喰らい付いて来る。
そんな中、雪で兵舎の屋根が危いということになり、急遽調練を取りやめる事態となった。
兵舎のことは兵達に任せ、非番になってしまったアカツキとブロッソは屋内演習場へと向かった。
「お主と手合わせすること、もうどれほどか。数え切れんくらい負けを重ねてきたな」
「勝負は時の運とも言う。そろそろ運が向いて来る頃合いかも知れないぞ」
ブロッソが片手に鉄昆をどっしりと挑むように構え、アカツキは斧と剣の二刀流を抜き放った。
いつもそうだが、アカツキは待つのが苦手な性分だった。仕掛けるのはこちらからだ。
回廊を行き交う警備兵や侍女達が驚く様な咆哮を上げ、ブロッソに襲い掛かる。
ブロッソの鉄昆が斧の刃を弾き飛ばす。
これだ。この全身を揺らす衝撃こそがブロッソとの戦いの楽しみだった。
それは相手も同じようで、水牛のような角飾りが生えた兜の下で力強い笑みを浮かべている。
アカツキはその厳めしい見事な髭面向かって再び挑みかかった。
勝敗は決した。
荒い呼吸をするアカツキの前にブロッソが跪いていた。
「これで何連敗だろうか」
ブロッソが笑い飛ばしながら言うと、アカツキは手を貸し相手は掴んで起き上がった。
勝負は紙一重だった。
「アカツキ、二刀流の方も大分様に成って来てるぞ」
「そうか」
「お主の呑み込みの速さとシリニーグ殿の教えが合致しているのだろうな。俺も良い師に巡り合いたいものだ」
二人が称え合い笑い合っているその時だった。
黒い影が演習場に踊り込んできた。
それは二十人ほどの黒装束の者だった。
相手が揃って無言で剣を引き抜く。湾曲した剣だった。
静かな殺気を感じ、アカツキとブロッソは練習用の武具を捨て、それぞれ愛用する得物を手にした。
こいつらには見覚えがあった。以前、アムル・ソンリッサを風呂場で襲ってきた暗殺者達と同じ格好だった。
「大人数だな。陛下や他の将軍が心配だ。さっさと片付けてしまおう」
ブロッソが言った。
「そうだな」
そう言うとアカツキは咆哮を上げて暗殺者へ斬り込んだ。
アカツキの力溢れる斧と剣を暗殺者達は身軽に軽快に避けてゆく。
ブロッソの方も苦戦しているようだった。
「アカツキ、お主には難しいかもしれんが、ここは仕掛けてくるのを待とう」
背中合わせに合流しブロッソが囁いた。アカツキは頷く。
ジリジリと暗殺者達が間合いを詰めて来る。
その瞬刃が煌めいた時、アカツキは斧を振り回し数人の手を斬り飛ばした。
しかし相手は怯むことなく短剣を揃って取り出す。
こいつら、痛みを感じないのか。
アカツキは驚いたがその意識が呻き声の方に逸れた。
ブロッソの首に短剣が突き刺さっていた。
「くっ、このまま……終わるものか! このまま、このまま終われるものかアアアアッ!」
ブロッソの大音声が響き渡り、彼は暗殺者達を次々殴打して行ったが、ある一撃はかわされ、受け止められ、反撃を喰らっていた。
「ブロッソ!」
アカツキは思わず駆け寄った。
「アカツキ、無念だ……すまぬ」
首に三本の投げナイフを受け、ブロッソは緑色の血を流し倒れた。
「おのれら!」
アカツキは憎悪の炎を燃やし暗殺者に襲い掛かった。
「アカツキ将軍!」
警備兵達が馳せ参じてきた。
「城内各所で刺客の襲撃に合っているようです!」
「お前達は陛下をお助けしろ! 暗黒卿がいるとは思うが行け!」
アカツキが言うと警備兵達は逡巡した後、駆けて行った。
アカツキは咆哮を上げ、暗殺者達と渡り合った。
一人を脳天から斬り下げ、一人を胴から真っ二つにした。
アカツキはブロッソの様子を盗み見た。
まだ息はある。アカツキは縋る様な思いで呼んだ。
「ガルムいるか!?」
「ここにいますよ」
演習場の入り口に赤装束は立っていた。道化の面は怒っているようだった。
「ガルム、ブロッソを見てやってくれ!」
アカツキは斧と剣を振り回し、道を開く。ガルムが駆け込み、ブロッソの前に跪く。
アカツキは二人を守りながら未だに数の多い暗殺者達を相手にした。
敵から次々投げナイフを投擲されるとそれを叩き落とす。
包囲網はグングン狭まって来る。
「うぐっ、俺は……」
ブロッソが目を開いた。
「辛うじて間に合いましたね」
ガルムが言った。そして彼女、いや、彼なのか、ガルムは手に大斧を召喚し片手で持ち上げた。
「将軍方、私は怒っております。三位一体でこの苦境を乗り越えるのです!」
「承知!」
「分かった!」
暗殺者達が跋扈し斬りかかってくるが、単体なら容易いものだった。
アカツキ、ブロッソの膂力はもとより、ガルムの腕力にも驚かされた。
剣を弾き飛ばし、細腕を切り落とし、身体を斬り下げ、あるいは脳天を殴打し、残り二人まで追い詰めたところで、暗殺者達は懐から何か小さな物を取り出し、顔を覆っている黒頭巾の下に入れると、倒れた。
いつか見た光景だ。自害したのだ。
「終わったか」
「いや、まだだ。警備兵の報告だと城内至る所で戦端が開かれているらしい」
アカツキが言うとガルムが言った。
「これは陛下並びに将軍方をピンポイントで暗殺しようという敵の企みの様ですね」
アカツキはすぐに剣の腕前がさほど冴えていない友人、ヴィルヘルムの姿を思い越した。
無事でいろよ、お坊ちゃん!
「ここで我々は別れよう。陛下がどの階におわすか知れぬ以上、時間を掛けてはいられまい!」
ブロッソの提案にアカツキとガルムは頷いた。
「では、一階と二階は私が見ます。三階をブロッソ将軍、アカツキ将軍は四階をお願いします」
ガルムが言い、アカツキとブロッソは頷いた。
「死ぬなよ」
「もう油断はせん」
「では後程」
三人は頷いて城内へ散った。




