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番外編二

 ただ何気なく城下の武器と防具の店を覗いただけだった。

 名工による武骨なあるいは繊細な一品が目立って宣伝され飾られている中、一つだけ異色の物があった。

 それは柄の先にサファイアのつけられた黄金色で塗られた鞘に収まった小剣だった。

 鞘から刃を抜いてみる。可もなく不可もなく。使う毎に手入れを施せば切れ味は戻るだろう。

 この小剣を見ながら思い浮かべるのは彼女の青い大きな瞳だった。

 アカツキは剣を手に取ると財布の用意をした。



 二



 今日はクリスマスイヴだった。

 食堂もクリスマスに見かけるメニューが並んでいた。

 鶏の照り焼きにかぶり付きながらリムリアが言った。

「アカツキ将軍、今日はクリスマスイヴだね」

「らしいな」

 アカツキは布巾を手に取るとリムリアに渡す。

「口の周り、汚れているぞ」

「拭いて」

「そのぐらい自分でやれ」

 アカツキはそう言いながら、朝礼の時を思い出した。

「ところで、き、今日はクリスマスイヴだな」

 いつもより若干浮ついた様子で女王アムル・ソンリッサが言った。

 そのおかげで今日がイヴだと気付けたのであった。

 外は雪が降り積もり、各勢力とも戦どころでは無い様子だった。それでも調練は続いたが、実に平和で静かな時が流れていた。

「ごちそうさま!」

 リムリアが食べ終わり、二人は揃って食堂を出た。

 リムリアが手を掴んでくるがアカツキはされるがままにしておいた。そのまま回廊を歩んで行った。

「それじゃあ、おやすみなさい、アカツキ将軍」

「ああ」

 部屋の前に着くとリムリアが放れ、アカツキは自室へ入った。

 窓の向こうは晴天だった。陽光が積もった雪を照らし出し宝石のように輝かせている。

 アカツキはカーテンを引くとベッドに横たわった。

 そして目を閉じた。

 閉じたのだが……。

 外で何やら数人が囁き合う声が聴こえた。それがいつまで経っても止まないのでアカツキはベッドから身を起こし、不機嫌になりながら扉を開いた。

「もう寝たかな」

 ヴィルヘルムが言う。

「いや、もう少し待とう」

 ブロッソが応じる。

 シリニーグ、サルバトール、暗黒卿まで居た。

「……何やっているんだ?」

 そうそうたる顔触れにアカツキは一瞬言葉を失いどうにか尋ねた。

「これだよ」

 ヴィルヘルムが言うと、各自自分の持ち物を掲げ持って見せた。

 可愛らしいピンク色の手袋を持ったヴィルヘルム。同じくファンシーな防寒着を持ったシリニーグ。煎餅の詰め合わせを持ったブロッソ。温かそうなブーツを持ったサルバトール。赤色の毛糸の帽子を持った暗黒卿。

 アカツキは言葉を失った。

「やはり煎餅は不似合いだろうか?」

 ブロッソが自信無さげに言う。

「大切なのは気持ちだ」

 暗黒卿が面の下りた兜の下でくぐもった声で言った。

「暗黒卿殿……」

 その言葉にブロッソは励まされたようだ。

「で、何をやっているんだ?」

 改めてアカツキが問うと、ヴィルヘルムが言った。

「クリスマスと言えばプレゼントだろう? 送ろうと思ったのは俺だけじゃなかったらしい」

 ヴィルヘルムは爽やかな笑みを浮かべた。

「シリニーグ、お前まで」

 アカツキが呆れ気味に言うと竜の兜から露出している目と口元を綻ばせて相手は応じた。

「そう言うな、アカツキ。俺も皆も彼女の喜ぶ顔が見たかっただけなんだ」

 ああ、リムリアへプレゼントか。それはそうだよな。アカツキは己が赤色の毛糸の帽子を被っているところを想像し自分に呆れた。

「お前達は騙されているぞ。あいつはあんなナリでも大人だ。成人してる。プレゼントを受け取るのは子供だろうが」

「そんなの知っているさ。だけど彼女、慣れない土地で健気に頑張ってるだろう」

「よく笑いかけてくれる」

 ヴィルヘルムが言うとサルバトールが続いた。

「サルバトール、お前にはテレジアとか言う部下がいただろう。だとしたら良いのか放って置いて?」

「既に彼女の眠る棺桶の側に置いてある」

 アカツキの問いに吸血鬼の子爵は応じて続けた。

「それでアカツキ将軍、貴公は何も無いのか?」

「何だと?」

 アカツキが問うと、冷たい視線が一気に集まった。

「お前、リムリアの保護者みたいなもんだろう? 良いのか、そんなんで?」

 ヴィルヘルムが言った。

「良くはないな」

 真っ当だと信じていたシリニーグが苦言を呈する。

 あいつにプレゼントだと?

 不意に、アカツキは思い出した。先日城下で買ったサファイアのついた小剣を。

 何となく買ったは良いが武器は間に合っていた。それにアカツキ自身小剣は扱わない。

 アカツキは溜息を吐くと部屋に戻り机の隣に立て掛けてあった小剣を持って来る。

「女の子の贈り物に剣とは」

 ブロッソが言った。

「煎餅に言われる筋合いは無い」

 アカツキが言い返すとブロッソは幾分傷ついたように肩を落とした。

「冗談だ」

 アカツキは気まずくなりそう言った。

「さて、そろそろ良いだろう。諸君、準備は出来てるか?」

 ヴィルヘルムが囁く。

「女人の部屋に押し入るのは気が引けるが、これも明日のクリスマスが悪いのだ」

 サルバトールが言った。

 そしてヴィルヘルムが先陣を切り、ドアノブを回す。ゆっくりゆっくり扉を開き、彼は振り返ってウインクした。

「よし、では行こう」

 大の男達が一人の女の寝込みに押し入った。アカツキは後方でそれを見ながら呆れつつも続いた。

 そして更に呆れた。

 ベッドに眠るリムリア。その床には口を広げられた大きな頭陀袋が置かれていたのだ。

 こいつもこいつでプレゼントを貰えるつもりでいたのか。

 そこから男達は薄暗い部屋で身振り手振りで順々に袋の中に贈り物を入れてゆく。

 アカツキもサファイアの小剣を入れた。

 まぁ、使うつもりないしな。それにこいつも元は兵士の癖に武器らしい物を携帯していない。ちょうど良かったのかもしれない。

 ヴィルヘルムが身振り手振りで撤退を告げる。

 男達はそそくさと音を立てずに出て行った。そしてブロッソが最後に慎重に扉を閉めた。

「第一段階は成功だな」

 薄暗い回廊でサルバトールが言った。

「第一段階?」

 アカツキが尋ねる。

「第二段階は夜だな。彼女が目を覚ましてプレゼントを喜べば成功だ」

 ヴィルヘルムが応じた。

「うむ。では、暗黒卿」

 サルバトールが棺桶の中に入った。

「リムリアの喜ぶことを祈るとしよう」

 暗黒卿が言い棺桶に蓋をすると抱え上げた。

「では、諸将、今日はこれで解散だ」

 シリニーグが告げ、男達はそれぞれ去って行った。

 アカツキは一人取り残されつつ、何とも奇妙な光景を見たものだと思い、部屋に戻るとベッドに入った。


 三



「メリークリスマス!」

 喜びの声と共に扉を開いて、着替えているアカツキに飛び付いてリムリアが言った。

「何かあったのか?」

 なんて白々しいことを訊いているんだ俺は。

「うん! あたしのところにも勘違いしたサンタさんが来てプレゼント、たくさん置いて行ってくれたんだよ!」

 純粋な笑顔が眩しかった。

 良かったな諸将、第二段階も成功だ。

「そうか。良かったな」

 アカツキは鎧に着替え終えると腰の左に斧を右に剣を差した。

「アカツキ将軍、今日の朝御飯一緒にしよう! 食堂でケーキが出るって聞いたんだ」

「まぁ、良いだろう」

 兜を抱えるとアカツキは応じた。

 そしてリムリアと別れて出仕する。

 玉座には誰も居なかった。

 将軍達はお互いに主君の遅刻を訝った。

「いくら何でも時間に真面目な陛下にしては遅すぎる」

「誰か様子を見に行った方が良いかもしれん。以前の暗殺者の件もある」

 と、言ったところで扉が開いた。

「諸君、メリークリスマス」

 そう凛とした声と態度で姿を見せたのは女王アムル・ソンリッサだった。だが、その頭には赤い毛糸の帽子が被られていたのであった。

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