三十七話
新たな槍を得物にアカツキはブロッソと並んで兵卒達を率いて戦い続けた。
片翼を失ったとはいえ、二十万の軍勢はそう簡単に崩れなかった。
ブロッソ、アカツキ隊がサルバトールの率いるヴィルヘルム隊の半数の横腹を衝き、主将の首をサルバトールが刎ねた。
夜更けだった。将兵は両軍とも疲弊していた。気力のある方が勝つ、根競べの様なものだ。八万の軍勢は堅実に敵勢二十万を削いでいった。
「サルバトール卿、テレジアもそろそろ砦に戻った方が良い!」
ヴィルヘルムが言った。
立ちはだかる者の剣を身に受けても傷すらつかないヴァンパイアの身体を武器にここまで善戦できたのは言うまでもない。
サルバトールは真っ赤な目を向けると頷き、剣を振るい死体の山を築くテレジアの手を引いた。
「テレジア、そろそろ夜が明ける。今宵の我々の役目はこれまでだ退くぞ」
「はっ、閣下!」
ヴァンパイア主従が後ろに跳躍し、そしてサルバトールはアカツキに目を向けて言った。
「アカツキ将軍、あとは悪鬼と呼ばれた貴公と、暗黒卿にかかっている。頼んだぞ!」
アカツキはここで初めてサルバトールに対し仲間意識が芽生えるのを感じた。彼は感情の赴くまま言った。
「任せて置け。ヴィルヘルムもブロッソも、俺達が鍛えた心強い兵達もいる。次にお前達が目覚めたときは城攻め辺りになっているだろう」
「その言葉を聴いて安心した。ではな、諸将、よろしく頼んだぞ」
ヴァンパイア主従は空高く飛翔し、驚くことに遥か後方の砦の中へとそのまま消えて行った。
アカツキはサルバトールの檄を受けて心が再び沸々と燃え上がるのを感じた。そして兵達を振り返り叱咤激励した。
「皆、もう一踏ん張りだ! 行くぞ!」
「おうっ!」
兵達が、ヴィルヘルムが、ブロッソが声を上げて応じた。
ブロッソ隊とヴィルヘルム隊が合流し奔流の如く敵勢の脇腹を衝く。
その先頭でアカツキはストームに跨り、槍を振るい続けた。
数え切れないほどの屍がこの原野に転がっている。
屍を踏み拉き、そして新たな屍を築き上げる。
部将も何人も現れたがアカツキは易々とその首を取った。だが、十三の首級には値しないものばかりだった。
そのうち白々と夜が明けた。
アカツキの後ろには今や何万もの兵達が付き従っている。
次々戦場を併呑し苦境の味方を救った。
敵がどれ程減ったのかは分からない。しかし、目の前を掠める白刃を受け止め、肉壁を突き進むのみだった。
我武者羅に戦った。隣に並ぶ僚友達も、兵達もひたすら前へ前へ進んだ。
そのうち馬上のアカツキは先の方で同じく反対側を攻める暗黒卿の姿を確認した。
馬上の暗黒卿が一薙ぎする度、幾本もの首と血煙の影が宙を舞った。
その時、角笛の音が鳴った。
敵勢がハッとし、慌ただしく引いて行く。
こちら側が野戦に勝利した証だった。
「敵を逃がすな! 追え!」
アカツキは兵達に命じた。
「行くぞ! 降伏する者は受け入れろ! だが手向かう者は容赦するな!」
兵達はブロッソと他の将軍に率いられ追撃を始めた。逃げる敵を斃す光景は一方的な虐殺のようにも見えた。
アカツキは暗黒卿を見ていた。暗黒卿もこちらを見ていた。
「悪鬼アカツキか。確かに血みどろの姿は地獄の鬼のようだな」
「血みどろなのは俺だけじゃない、お前もだ」
アカツキが言うと暗黒卿は鉄仮面の下でくぐもった笑い声を上げた。
アムル・ソンリッサが兵を率いて合流してきた。
「暗黒卿、それにアカツキ将軍、御苦労だった」
「まだ終わったわけではない」
アカツキが言うとアムル・ソンリッサは頷いた。彼女の姿も血みどろだった。
「前線で戦ったのか?」
アカツキが思わず尋ねるとアムル・ソンリッサは応じた。
「兵達が命を散らしているというのに私だけおめおめ後方で立っているわけにもいかんからな」
その言葉を聴いてアカツキは感心した。女だてらにそれに君主だというのによくやる。
「申し上げます!」
馬を飛ばしてきた伝令が、跳び下りて平伏した。
「どうした?」
「敵大将、アンドリュー・グレアー、モゾー・ハッキネンの首級を上げました」
アカツキは溜息を吐いた。安堵の息だった。これでこの戦は終わった。
「分かった、まずは入城する。民に狼藉を働くなと厳命するよう各隊に伝えよ」
「はっ!」
アムル・ソンリッサの言葉に伝令の兵は頷いて馬上の人となり去って行った。
「野戦でハッキネンと、グレアーの首を上げられたのは幸いだったな」
将軍の一人が言った。
「そうだな。我々も向かうぞ。城側が抵抗を見せねば良いが」
アムル・ソンリッサが言った。
二
アンドリュー・グレアーの城は速やかに開城し、残された武将達は揃って慇懃にアムル・ソンリッサを受け入れた。
今はそんな旧アンドリュー・グレアーの武将と捕虜となった武将達の処遇についての裁断が行われていた。
中庭に刑場が設けられ、体格の良い刑士がその上で待ち構えている。
アムル・ソンリッサを上座に据え、アカツキ達将軍は左右にそれぞれ居並び、連れて来れられる旧アンドリュー・グレアーの武将、文官達の意思を確認した。
アンドリュー・グレアーに人望が無かったのか、悔しそうな顔をする者は現れなかった。
次々速やかに帰属を誓う旨を述べる者達ばかりだった。
中には見え見えのおべっか使いもいたが、アムル・ソンリッサは別段機嫌をよくする訳もなく、帰順する者は受け入れた。
そんな中、見覚えのある武将が後ろ手に縄で縛られ、三人の兵士に連行されてきた。
ダナダンだった。
「名は?」
アムル・ソンリッサが問うとダナダンは兵士三人を突き飛ばして、アムル・ソンリッサの言葉を無視して無言で刑場へと歩んで行こうとした。
「待て、ダナダン!」
アカツキは思わず声を上げていた。
「アカツキ将軍、どうした?」
アムル・ソンリッサが尋ねた。
アカツキは懸命に述べていた。
「奴は殺すに惜しい男だ! 奴は今まで帰順を誓ってきたゴミ共と比較にならないほどの存在だ! 俺は奴と手合わせし、虜にした。だから分かる、ダナダンの武勇は我々にとって大きく有益になる! 陛下、奴を殺してはなりません!」
気付けばアカツキはアムル・ソンリッサを陛下と呼び、その前に出て頭を地面にこすり付けて平伏していた。
「アカツキ将軍の気持ちは分かった。ダナダンとか申したな、私に仕える意思はあるか?」
兵士が六人がかりで刑場へ赴くダナダンを無理やり跪かせた。
ダナダンはキッと鋭い眼光でアムル・ソンリッサを睨むと言った。
「アンドリュー・グレアーは凡庸だったが、それでも我が主君だった。私は二君に仕える気は無い」
「分かった」
アムル・ソンリッサが言った。
アカツキは愕然としてダナダンを振り返った。
「待て、ダナダン!」
アカツキは懸命に叫んだ。
ダナダンは後ろ手に縛られながらも、自分を押さえつけていた六人の兵を振り飛ばした。そしてアカツキを見た。
「貴公と勝負できたこと誇りに思う」
そしてダナダンは刑場へ上がって行き、膝をついて刑士に首を差し出した。
「どうした、早くやらんか?」
ダナダンは刑士に向かって言った。
困惑した刑士がアムル・ソンリッサの方を見る。アカツキも振り返った。
アムル・ソンリッサは頷いた。
刑士が長柄の斧を振りかぶる。
「ダナダン!」
アカツキが声を上げた時、斧は振り下ろされた。




