三十五話
「引き付けろ! まだだ! まだまだ!」
砦の上で弓兵を指揮する将の声が聴こえて来た。
敵勢はグングン迫って来る。先頭は騎兵のようだった。その騎兵が左右に展開し、歩兵が姿を見せた。
「射程距離に入った! 撃て撃て撃ちまくれ!」
砦から矢が弧を描いて撃ち出された。
イナゴの群れのように揃った矢は声を上げ迫りくる敵勢の影の中へ飛来していった。
アカツキが所属するブロッソ隊は主将のブロッソと副将のアカツキ以外は長槍を構えた歩兵達だった。
「ちっ、俺らは貧乏くじだ。真ん中と右側を相手どらなきゃならない」
兵が呟くのが聴こえた。
実際その通りだった。精兵をむざむざ失うよりも練度の低い新兵を矢面に出す方が国としての損害が少ないと言うことだろうか。あるいはたまたまこの配置になったのか。だが今更疑問を抱えている余地は無い。
「右側は俺が指揮する、アカツキ! 正面は任せたぞ!」
ブロッソの声が聴こえた。
そして敵勢の様子が明確になった。ストームが首を下げアカツキは手斧と片手剣を取ろうとしたが、これでは武器としての射程が短い。
「フフッ、アカツキ将軍、槍ですよ」
いつの間にか隣に並んでいたガルムがそう言い槍を差し出す。
アカツキは受け取った。そして頭上で槍を旋回させ、敵勢を睨み付けた。
「行くぞ、勇敢なる兵達よ!」
アムル・ソンリッサの檄が聴こえ将兵は揃って咆哮を上げて敵を出迎えた。
敵が肉薄しアカツキは距離を見極め槍を繰り出した。
「槍だ! 長槍で刃の壁を築け! 騎兵を貫き突撃を食い止めよ!」
槍先は勢い勇んで飛び込んできた騎兵の首を刎ねていた。
戦が始まった。
肉食馬に跨った騎兵達の槍を交わし、受け止めアカツキは次々槍で敵を突き、斬り下げた。
自分のことばかりに気を取られてはいけない。アカツキの左右では戦場が初めての部下達が必死に応戦していた。
鼓舞する意味でもアカツキは懸命に槍を振るい次々騎兵の首級を上げた。
「前列交代!」
アカツキは声を上げた。
部下達の疲労と緊張を見ながらの戦いだ。
肉食馬の吠え声、悲鳴に罵声、鉄の音が周囲を支配した。
「敵将! その首貰ったぞ!」
先頭に立つ馬上のアカツキを見て手柄に飢えた敵兵達は止むことなく襲い掛かって来る。だが、アカツキに斬られ、突かれ、馬上から転落し、殆どの者が命を散らした。
矢の雨の中を敵は数に物を言わせ、まだまだ果敢に攻めて来る。
アカツキは前列を交代させ、自分はその場に踏み止まり、槍を薙ぎ、刺し、あるいは貫いた。
その内前方は、乗り手のいない肉食馬でいっぱいになった。
それでも敵の騎兵は押し分けて無理やり突っ込んで来る。
幾分か障害物となった肉食馬のおかげで攻撃が緩くなった。
だが、隣のヴィルヘルム隊は歩兵を相手にして今も懸命に戦っている。
「アカツキ将軍、俺達も手柄を立てたいです!」
「そうです、故郷のためにも!」
「愛しのアムル様のためにも!」
兵達は初陣に慣れた様子で目を輝かせそう声を上げて来た。
「フフッ、アカツキ将軍。この乗り手のいない馬達を退かして差し上げましょうか?」
ガルムが笑顔の道化の仮面の下でそう言った。
「できるのか?」
「ええ」
アカツキは兵達を振り返る。誰もが燃えている目をしていた。
「やってくれ」
すると肉食馬達が右の方へと順々に足取り変えて歩んで行った。
前面の障害物が消えたことから、敵側も勇躍し再び襲い掛かって来た。
アカツキは一人敵兵の中へ飛び込みたいのをこらえなければならなかった。これは防衛戦だ。その一角を崩すわけにはいかない。
アカツキは槍を振るい、薙ぎ、幾つもの首無しの死体を積み上げていった。
敵は死体を踏み拉き絶え間なく襲ってくる。
アカツキは肩で息をしながら、槍を旋回させ次々と敵兵を屠っていった。
「先頭に将が出ていると聴いてみれば!」
アカツキはその剛槍を受け止めた。
兜が違う。それは敵将だった。
「暗黒卿では無い! 拍子抜けだが、出世のため、その首は貰うぞ!」
敵将は慣れた動作で機敏に槍を動かしていったが、アカツキは全て受け止め、逆に隙が出たところを槍で突き返し敵将の鎧ごと胸板を貫いた。
敵将は信じられないと言わんばかりに目を見開いた。
アカツキは血の滴る槍を戻し、薙ぎ、その首を刎ねた。
「凡将ですね」
流血と共に死体の山の上に転がった兜首を見て隣でガルムが言った。
「だろうな」
アカツキは応じた。
ガルムは袋の中に兜首を入れた。
敵の騎兵達が足を止めた。
「あれは誰だ? さっきからずっと前にいるが掠り傷一つ負っていないぞ!」
敵兵達がアカツキを恐れ始めた。
士気が下がっている。今こそあの中に飛び込み、一網打尽にしたい。そんな気持ちになってきたが、命令違反をするわけにはいかなかった。
手が止まったのはアカツキ達を襲う右翼側で、隣のヴィルヘルム隊は今も果敢に攻め立てて来る兵を相手にしていた。砦の上から矢は絶え間なく一斉に放たれていた。
地味な戦だが、俺だけの戦じゃない。ならばとアカツキは大喝した。
「俺の名はアカツキ! 俺の兜首が欲しければ突っ込んで来い! 弱虫共!」
だが、目の前で将を斃された敵兵達は更に震えあがっていた。
「悪鬼だ! 奴は悪鬼アカツキだ!」
逆効果だった。アカツキは溜息を吐いた。
すぐ右手ではブロッソ率いる兵達が休む間も無く戦っているといるというのに。
その時だった。
「悪鬼とな! 俄かに世を騒がせているあの悪鬼か!」
隻眼の武将が飛び出してきた。
「キューンハイトですね。アンドリュー・グレアー配下の猛将です」
ガルムが言った。
「ほぉ」
アカツキが言うと、キューンハイトは長剣を引っ提げ肉食馬を駆けさせた。
「我に続け兵ども!」
すると敵兵達の士気が戻った様にその後に付き従う。
「デルフィンが将グデル、コルテスが将ガンシュウを討ち取った悪鬼、このキューンハイトが殺せるか!?」
キューンハイトがアカツキ目掛けて突進してきた。
長剣は空を斬り、アカツキは槍を繰り出すが受け止められた。
キューンハイトとアカツキは打ち合いを続けた。
力も早さもある。そして兵を一瞬にして立ち直らせた統率力。殺すには惜しい。
「我が軍に降らぬか? 悪いようにはせぬ」
アカツキは競り合いの最中そう声を掛けた。
「寝言は! 寝てから言うんだな!」
気合の一撃と共に相手の返答が届く。惜しい。と思った。状況が向こうにとって劣悪だったならば違ったかもしれないが……。
だが、降る意思が無いなら仕方が無い。本気を出すまでだ。
アカツキは数合受け取めると、槍を素早く旋回させ、身体を捻り石突きで相手の顔を打った。
そして勢いよく身体を捻り返し槍の刃を繰り出した。
キューンハイトは間一髪刃を受け止めた。
アカツキはそのまま槍を突き続けた。
アカツキの急な猛攻にキューンハイトは慌てた様に剣で追いついて来る。
アカツキはここで渾身の一撃を放った。受け止めた敵将の手から剣が弾き飛んだ。
「しまった!」
アカツキは槍を薙いだ。
キューンハイトの首が飛び、ストームが首を伸ばして咥えて受け止める。そしてアカツキに渡した。
「やりましたね、アカツキ将軍。十三の内に数えられる首ですよ」
兜首はガルムが広げた袋に吸い込まれていった。
アカツキは一息吐き顔を上げる。
日没が迫っていた。




