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三十三話

 湯殿を後にしたアカツキは食堂へ向かう。

 夜中、兵の調練をし、明け方はシリニーグに稽古をつけてもらった。

 後は飯を食い寝るだけが仕事だ。

 アカツキは食堂を潜る。

「あ、アカツキ将軍!」

 自分の名を呼び手を振る者がいた。小柄で少女の様だが成人はしている。大きな青色の瞳を持つ長い金髪の女は、勿論リムリアだった。

「こっち、こっち」

 そう言って自分の正面の席を指差す。

 アカツキは盆を手にし、今日のメニューを乗せると彼女から離れた位置に席を決めた。

「ぶー、ぶー、どうして来てくれないの」

 リムリアが頬を膨らませ、盆に乗せた食べかけの料理を持ちアカツキの正面に座った。

 アカツキは溜息を吐いた。

「俺は疲れてるんだ」

「あたしもだよ。今日はウォズさんが出張で居なかったからその分残業したんだよ」

 アカツキはリムリアの事を無視し料理を黙々と食べ始めた。

「アカツキ将軍、この前のやって欲しい?」

「この前のだと?」

 そして思い出すと同時に、フォークに刺さった焼かれた肉が眼前に差し出された。

「あーん」

 アカツキは周囲を見た。疎らにいる兵士達が興味深そうにこちらを見ている。

「やめんか」

 アカツキは軽く手で払い除けた。

「どうして、今日はあーんしてくれないの!? あの時はしてくれたのに!」

 リムリアが声を上げると、周りの兵士達がヒソヒソ何かを囁くのが聴こえた。

 アカツキは虫の居所が悪くなり、咳払いすると、さっさと料理にかぶりつきあっと言う間に平らげた。

 そして席を立った。

「ああ、アカツキ将軍、もう行っちゃうの?」

「飯が終わればいる必要も無いだろう」

「あたしが食べ終わるの待っててくれないの!?」

 リムリアが抗議の声を上げた。そしてその顔がだんだん沈んでゆき、涙が一筋ハラリと流れた。

 アカツキは溜息を吐き再び席に座った。

 たかがこいつが泣く程度に何を恐れているんだ俺は。

 馬鹿らしく思いながら今では泣き止んで次々飯を片付けてゆく彼女の様子を眺めていた。

 兵士達がヒソヒソとまた囁き合っていた。

「それでお前達は何か俺に言いたいことがあるのか?」

 アカツキは苛々しながら兵士達を睨んだ。

 思い思いの席に座っている兵士達は揃って頭を横に振った。

「フン」

「ごちそうさま!」

 リムリアが最後にミルクを一気に飲み干して大きく息を吐く。

 アカツキは席を立った。空になった食器と盆を配膳台に置いて行く。

「アカツキ将軍、どうでした今日の飯は?」

 カウンターの向こうから声が聴こえた。

「いつもと同じだ」

 アカツキはそう言うと歩き出す。

「美味しかったよ! ごちそうさま!」

 リムリアがそう言い隣に並んだ。

 二人は静まり返った回廊を行く。

 そしてアカツキが自室の扉を開けると、リムリアは勢い勇んで部屋に駆け込みベッドに跳び込んだ。

「おい、お前の部屋は隣だろうが」

 アカツキが言うと、リムリアはうつ伏せになり、枕に顎を乗せて両足の膝から先をバタバタさせた。

「俺だって疲れてるんだ。無理やり摘まみ出すぞ」

 アカツキが苛立ちながら言うとリムリアは応じた。

「やれるものならやってみなよ! このベッドはあたしが死守する!」

 何でこいつはこう面倒なのだろう。

 アカツキは何度目かの溜息を吐き、床に腰を下ろした。

「ねぇ、アカツキ将軍?」

「何だ」

「私を抱いて」

 アカツキは一瞬驚いたが、再び溜息を吐いた。

「意味が分かって言っているのか?」

「うん!」

「俺はお前の身体に興味はない」

 アカツキは応じた。

 しばし間を置いた後、リムリアが声を上げた。

「あー! アカツキ将軍、誤解してるよ!」

「何がだ?」

「あたしを抱き締めて欲しいって意味だよ!」

「誤解を招く様な言い方をするな」

 アカツキは最近手に入れた短剣を鞘から抜き興味も無く繁々と眺めながら答えた。

「ハグだよ、ハグ! 今、流行ってるんだって!」

 アカツキは無視を決め込んだ。

「アカツキ将軍もハグしようよ、ハグハグ! あたし、アカツキ成分が無くなって今にも枯れそうなの」

 尚も無視するとリムリアがようやくベッドから退いた。

 そのまま帰るのかと思いきや突然抱き付いて来た。

 アカツキは慌てて短剣を鞘に収めた。その間にリムリアはアカツキの胸に顔を擦り付けている。

「うーん、やっぱりアカツキ成分は効くなぁ。もっともっと補充していかなきゃ!」

 そして両腕をアカツキの背に回した。

「アカツキ将軍もハグしてよ」

 リムリアが青い瞳でジッとアカツキの目を見詰めた。

「してくれたら、あたし自分の部屋に帰るって約束する」

 アカツキは心中で溜息を漏らした。

 本当にめんどくさい奴だ。

 アカツキはそう言うと両手をリムリアの身体に回した。華奢な身体の骨格が触れるだけで伝わってくる。

 その時だった。

 唇に唇が軽く重ねられた。

 アカツキは度肝を抜かれ、目を見開いた。

 間近に迫ったリムリアの目が妖艶な笑みを浮かべていた。

 そして唇から唇が離れた。

「お前、俺をからかうのもいい加減にしろよ!」

 アカツキは怒号を上げた。

「あたしのファーストキスはアカツキ将軍にあげちゃった」

「お前が無理やり!」

 するとリムリアはアカツキからヒラリと離れて微笑んだ。

「アカツキ将軍がニブチンなのも悪いんだよ」

「俺が悪いって言うのか?」

「うん! 半分ぐらいは!」

「もう半分は!?」

「し~らない。じゃあね、アカツキ将軍!」

 リムリアは手を振り振り上機嫌で去って行った。

 扉が閉められる音がした。

 アカツキは立ち上がりベッドに腰かけた。

 リムリアの平素と違う男を惑わせる目を思い出す。

 そして唇を指でなぞった。少し湿っていた。

 そして溜息を吐いた。

 その時、彼の心の中に急造でリムリアの部屋が作られるのを感じたのだった。だが、それはこれまで関わってきた様々な人物達の部屋とは違っていた。特別なものであった。

 まさか、あの程度で俺は奴の事を……。

 アカツキは溜息を吐きベッドに横になった。

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