二十五話
風のように戦場を駆けて行く。
程なくして前方の様子が明らかになって来た。コルテスから寝返った兵士達が威勢も無く遠巻きに敵将を取り囲んでいた。
「あれはコルテスの将の中でも豪傑と名高いガンシュウですね」
少し遅れて走るガルムがそう言った。
そして戦場に大音声が響き渡った。
「見ろ、このガンシュウ様には貴様ら千人、いや、一万人以上束になって来ても敵わぬわ! さぁ、これ以上、死者を出したく無ければ大人しく帰順せい!」
長い戟を手にし茶色の肉食馬に跨っている。その武将の周囲には斬られた兵士達が山となっていた。
この武を見せ付けられると、寝返った兵士達がまた寝返る可能性がある。
アカツキは周囲を見た。するとどこも似たような状況だった。
コルテスの武将は豪傑揃いの様だ。
早々に決着をつけねばなるまい。
アカツキはストームを駆けさせた。手綱を離し、両腿でしっかりストームの腹を挟み右手に斧、左手に剣を構えた。
「ん!?」
ガンシュウはこちらに気付いたようだった。
ストームが首を下げる。
ぐんぐん敵に迫る。そして斧と戟とがぶつかり合った。
「片腕でこれだけの力とはやるようだな」
ガンシュウが言った。
アカツキは無言で斧を離し剣を突き出した。
ガンシュウは舌打ちし、どうにか戟の柄で剣を受け止めた。
その時だった。
「おう、ガンシュウ!」
もう一人の敵将が肉食馬に跨り駆け寄ってきた。
「ブンリョウ! 我が義兄弟よ!」
ガンシュウが嬉しそうに言った。
「ガンシュウ、裏切った兵士どもを斃していてはキリが無い。さっさとこの場を終わらせ城へ戻るぞ。コルテス陛下が心配だ」
そして新たな武将がアカツキに向かって槍を繰り出してきた。
アカツキは素早く剣を戻して受け止めたが、肩で踏ん張らねばならぬほどの膂力に驚いた。
二対一。
ガンシュウとブンリョウは嬉々として戟を槍を繰り出してくる。
アカツキは防戦一方になった。
戟と槍を捌いているだけで時間だけが過ぎてゆく。腕の力もいつまでも保てるものでは無かった。
「アカツキ!」
聴きなれた若々しい声がし後方からヴィルヘルムが馬を飛ばしてきた。
「加勢するぞアカツキ!」
長剣を引き抜いてヴィルヘルムはブンリョウへ襲い掛かった。
だが、ヴィルヘルムの攻撃をブンリョウはまるで物ともせず受け止めていた。
「ヴィルヘルム下がれ! お前で勝てる相手ではない!」
アカツキはガンシュウの一撃を受け止めながら友の身を案じて声を上げた。
「友人の窮地を見過ごせるものか!」
だが次の瞬間ブンリョウの槍がヴィルヘルムの胸の甲を突き破り背中まで刃を貫かせていた。
「ぐ、ぐぼっ!?」
ヴィルヘルムが剣を取り落とす。
「ヴィルヘルム!? くそっ、お坊ちゃんめ!」
ブンリョウが槍を戻すとヴィルヘルムは落馬し地面に倒れた。血が広がっている。
「ガルム!」
アカツキは縋る様な思いで目付け役の名を呼んだ。
「ええ、お任せください」
ガルムは悠々と馬から下りてヴィルヘルムの治療にあたっていた。
「残りはお前だな」
ガンシュウとブンリョウが同時にアカツキに襲い掛かって来た。
槍を剣で弾き、戟を斧で受ける。
ちっ、俺としたことがこれではジリ貧じゃないか。
不意に一陣の風が吹いた。
と、ブンリョウの首が空高く舞い上がった。
アカツキは信じられぬ思いで血煙を上げながら落馬する敵将の身体を見詰めていた。
「遅いぞ、アカツキ将軍」
暗黒卿がいた。
「おのれ、貴様が暗黒卿だな!? ブンリョウの仇のついでに懸賞金もいただいてくれるわ!」
「待て、お前の相手はこの俺だ!」
アカツキはガンシュウの脇に馬を寄せ斧を薙いだ。
だが、ガンシュウは戟で弾き返し、アカツキを相手にせず暗黒卿へ襲い掛かっていた。
このままでは俺の手柄が!
暗黒卿はガンシュウの攻撃を片手に握った剣で物ともせず戟を圧し折った。
「アカツキ将軍、今だ」
暗黒卿に言われ、アカツキは弾かれたようにストームを駆けさせ、斧を振るった。
ガンシュウの首がズルリと地面に落ちていった。
アカツキは舌打ちした。
「余計な事を!」
アカツキが声を上げると暗黒卿は応じた。
「ブンリョウの首もお前にくれてやろう」
「いらん!」
アカツキは頑なに応じた。
「そうか。分かった。我はまだまだ戦い足りぬ。他の戦場へ行く。さらばだ」
暗黒卿はストームと同じ黒毛の肉食馬を走らせて言葉通り戦場の彼方へ消えて行った。
「まったく、武官の方々はお供をないがしろにしてばかりです。誰がいつも首を回収していると思っているのでしょうか」
困り顔の仮面をつけたガルムがくらの脇につけた袋を広げると、ガンシュウとブンリョウの首が吸い込まれていった。
「すまん、アカツキ」
ヴィルヘルムが起き上がると謝罪した。
「今後は無謀な戦いはするな」
アカツキはそう言うと馬を走らせた。
まだまだ兜首を取らねばならない。
しかし、その勢い込んだ思いは、戦場に広がる鬨の声によって揉み消されてしまった。
この場の勝敗は決してしまったのだ。
「アカツキ将軍!」
ブロッソが馬の人となって駆けて来た。片手に棍棒をぶら下げている。
「この場はどうにか併呑できた。我々は先鋒となってコルテスの城を攻めるよう、御主君からの命令だ」
アカツキは頷いた。
「だが、城攻めも本格的なものにはならないだろう」
そちらにも内応者がいると言うことだ。
「つまらんな」
アカツキが言うとブロッソが応じた。
「気持ちは分かるが、そう言わんでくれ。俺の生まれ故郷の存亡の危機なのだ。悪逆コルテスを斃せば、アムル様が必ず恐怖と弾圧によって敷かれていた政治を改正し、きっと領民が幸せを噛み締めることのできる治政をなさって下さるだろう」
ブロッソは嬉しそうに言うと言葉を続けた。
「それに聴いたぞ、お主はあのガンシュウの首を取ったそうではないか」
アカツキは舌打ちした。
だが、ブロッソは特に察した様子もなく前を向いた。
そうしてアカツキはブロッソと並び、寝返った兵達をまとめて敵の君主コルテスを斃すべく城へ向かったのであった。




