二十四話
出仕の時間になり、アカツキは決まって鎧姿で兜を小脇に抱え、腰の左に斧、右にカンダタを差して部屋の外に出た。
「あ、アカツキ将軍おはよう! あたしもこれから仕事なんだ」
上下青色の服とズボンをはいたリムリアがそこにいた。
彼女は眼鏡をかけて言った。
「それじゃあね、アカツキ将軍」
彼女は去って行った。
相変わらず馴れ馴れしい女だ。
アカツキはそう思いながら回廊を行き玉座を目指した。
玉座への扉を開けると、座にはアムル・ソンリッサが居り、一段下に暗黒卿、そして他の将軍が揃っていた。ヴィルヘルム、シリニーグ、ブロッソと、将軍達は比較的アカツキと友好的な者達ばかりだった。
「これで全員揃ったか」
アムル・ソンリッサが言った。そして言葉を続けた。
「コルテス領を攻める。ブロッソ将軍の手の者達も最善を尽くした辺りだろう」
その言葉にブロッソは一礼した。アムル・ソンリッサは言った。
「今回の戦、総大将として私が出る。他に暗黒卿、ヴィルヘルム、ブロッソ、そしてアカツキ、各将軍に出撃して貰おう」
アカツキは応じなかったが、暗黒卿、ヴィルヘルム、ブロッソが頷いた。
「シリニーグ、留守は頼む」
「お任せください陛下」
「では、各自準備が終わり次第、出陣だ」
「はっ!」
アカツキ以外が応じた。
そして退出する。
回廊を行きながらアカツキは武者震いしていた。
ようやく首を取る機会が来た。
「嬉しそうですね、アカツキ将軍」
幽鬼の様に赤装束が現れた。ガルムの道化の仮面は笑顔だった。
「フン」
アカツキは目付け役の登場に気が削がれた。
そのままガルムと共に厩舎へ向かう。
他の馬は既に出払い、ストームとライトニングだけが残されていた。
「あ、アカツキ将軍も出陣なんだ」
藁を掻き集めていたリムリアが振り返って笑顔で言った。
そして厩舎の中を走り、くらと鐙を持ってきた。
「はい、どうぞ」
「ああ」
アカツキは受け取りくらを装着する前にストームの背中を一撫でした。肉食馬は顔を近づけてきてペロリとアカツキの頬を舐めた。
アカツキは軽く笑いながらくらと鐙を設置する。
「初めて見た」
リムリアが言った。
「アカツキ将軍の笑ったところ」
そう言われ、アカツキは気が抜けていたことを知り舌打ちし厩舎を後にした。
隣にガルムが並ぶ。
「たまには演習場だけでなく厩舎も訪れてあげたらどうです? この子の喜び様は尋常じゃありませんでしたから」
アカツキはその言葉を無視し貴族街をストームの背の上で飛ばし、通り過ぎ、見送りのために大通りの左右に並ぶ民衆の間を駆け抜けて城下を後にした。
二人が到着すると、ガルムが天に向かって右手の一指し指を掲げた。
すると魔法陣が複数現れた。
それぞれ長蛇の列を作っている騎兵達が飛び込んで行く。
「あ、アカツキ将軍!」
声が大きな見覚えのある兵士が立っていた。
確か以前アカツキの副将を務めた男だ。
「スウェアです。アカツキ将軍」
相手はそう言うと兵を引かせた。
「さぁ、どうぞ、お先に」
「ああ」
アカツキは言われるがまま魔法陣に飛び込んだ。
二
魔法陣の向こう側に来ると騎兵に歩兵達が整然と列を作っていた。
すぐ背中に見覚えのある砦があった。
砦の守将の見知った将軍二人が声を出している。
アムル・ソンリッサは白い肉食馬に跨り、甲冑姿で腰に細身の剣を差していた。
その隣に暗黒卿とヴィルヘルムがいる。
「敵方も隊列を整えているぞ」
守将の一人が言った。見ればずっと先に敵兵の最前列の影があった。
転移門から出て来る兵は無く、門は閉じられた。
「幾度か合戦はありましたが、敵はブロッソ殿の根回しが効いているようで実に消極的な戦しか仕掛けてきませんでしたね。将だけが叱咤している状態でした」
年配の魔族の守将が報告する。
「御主君、私に出撃の許可を下さい。内応した兵達への合図を私に送らせていただきたいのです」
ブロッソが跪きながら申し出た。
「もとより承知している。お前以外適任者はいない。行け、ブロッソ将軍」
「はっ!」
ブロッソは勇躍して馬を飛ばして行った。
その背をアカツキは眺めていた。
やがてブロッソの大音声が戦場に響き渡った。
「コルテス配下の兵士達よ、聴こえるか!? 私だ、ブロッソだ! そなたらの主君コルテスの悪逆の限りはもう既に知るところにあるだろう! 虐げられし民のために今こそ立ち上がる時だ! 立ち上がれ、兵士達よ! 民の安寧の地を我らの手で取り戻すのだ!」
するとコルテス側が騒がしくなった。
ブロッソが戻ってきた。
「兵達が反乱を起こしています。今こそ、御加勢を!」
アムル・ソンリッサは頷いた。
「よし、まずはブロッソ将軍、兵を率いて行け!」
「御意!」
ブロッソは八千の兵を率いて先行して行った。
内応した兵がどれほどなのか想像もつかないが、先程の守将の言葉を思い出す。兵士達の大部分が戦に消極的な態度を見せていたと。
大規模の反乱が起きたと予測して間違いないだろう。そこにこちらの全兵力が集結しても場が入り乱れるだけだ。今しばらく様子を見ようというアムル・ソンリッサの考えだろうか。
アカツキはうずいていた。
程なくしてコルテス側の騎兵が駆け付けて来た。
下馬すると跪いて言った。
「アムル・ソンリッサ様、御加勢願います! 我々兵では、コルテス配下の豪傑を討つことが敵いません!」
「アカツキ」
アムル・ソンリッサに名を呼ばれアカツキは振り返った。
「行け」
その言葉を聴いた瞬間、胸が躍りアカツキは兵の間を抜けて、馬腹を蹴ったのだった。




