十七話
彼が目を開くと、サファイアの様な瞳が己を見返していた。
「アカツキ将軍、よく眠れた?」
そう声を掛けられ、アカツキはゆっくりと起き上がった。夕暮れが消えようとしている。小一時間ほど眠っていたらしい。シリニーグの言う通り、薬の効果は大したものだった。あれだけ素振りをしたのに腕には微塵も疲労のあとが無く、おまけにこれだけの睡眠ですっかり身体が最高の状態になっていた。
そしてアカツキは座ったままこちらを見上げている女に何を言えばいいのか分からず、逡巡して口を開いた。
「膝は……痛く無かったか?」
「うん、大丈夫だよ」
「そうか」
大丈夫という言葉、それは自らを犠牲にしているようにも受け取れる。はっきりしない言葉だ。
「本当に平気だよ。アカツキ将軍の寝顔見ちゃったし」
リムリアが微笑んで言い、アカツキは舌打ちした。この女を少しでも気遣った俺が馬鹿だった。
「アカツキ将軍は出仕の時間だね」
リムリアが言った。
「そうだな」
「あたしも仕事行かなきゃ。じゃあまたね、アカツキ将軍!」
リムリアは城下の貴族街へと去って行った。何故かその背を最後まで見送っている自分にアカツキは気付いた。
俺は断じて、あいつが仕事を上手くできるかなど心配していないからな!
アカツキはそう胸の内で言うと、時間が無いため城へ駆け込んだ。
二
出仕の姿は今まではずっと甲冑姿だった。アカツキは鎧を身に纏い、左に斧、右に剣を差し、兜を抱えて玉座へ赴いた。途中で他の名も知らぬ魔族の将軍達が自分のことをヒソヒソ話したが無視して玉座の扉を思い切り押し開いた。
すると右側の扉が儚い音を立てて倒れてしまった。
予想外の事態に既に集まっていた将軍、これから入室しようとしていた将軍達は呆気に取られていた。
「ヴィルヘルム、後で職人に直させろ」
「はっ」
主君アムル・ソンリッサの威厳ある声がそう言いヴィルヘルムが応じた。
「アカツキ将軍、物は大切にいたせ」
顔の知らない将軍に叱責を受け、アカツキは舌打ちした。捕虜達さえいなければ、全員この場で容易くあの世へ送ってやれるものを。
「いや、アカツキ将軍ほど物を大切にする方はいないでしょう」
ヴィルヘルムが応じた。
「噂では将軍は武器に防具に御自分で念入りに洗浄し手入れを施す方の様です。我々も見習うところがあるとは思います」
「光の者を見習うだと?」
そんな声が聴こえたが、いい加減シリニーグの声が黙らせた。
「御一同静粛に!」
高い段の上にある玉座にアムル・ソンリッサが座り、一段低いところに、暗黒卿と、吸血鬼サルバトールがいる。
将軍一同は正面に向かって敬礼した。アカツキはしなかったが。
「今日は小賢しいデルフィンめを攻め滅ぼすために兵を挙げるべく招集した」
アムル・ソンリッサが言った。
将軍達が互いに顔を見合わせ囁き合っている。アカツキはどこ吹く風、それに所詮誰にも相手にされていないので黙って暗黒卿を睨んでいた。
父の仇であり、ダンカン分隊長の仇でもある男だ。今度は片腕だけでは済まさない。しかし、同時に懸念も湧く。ラルフとグレイが手を貸さねば自分は暗黒卿にあれだけの痛手を与えられなかった。勝てるのだろうか本当に。
将軍の一人が言った。
「恐れながら、今、我が国は各方面に敵を抱えております。まとまった兵を集めると言うことは何処かを手薄にすることでございます」
「それにそれだけの兵力を整えれば臆病なデルフィンめは籠城を選ぶのではありますまいか? 籠城は不味いです」
「そうだな」
アムル・ソンリッサは頷いた。
「だから、屍術師の手を借りる。ガルム」
「はい」
いつからそこにいたのか、将軍達の最後尾、アカツキの隣に赤装束が佇立していた。仮面の絵は笑顔に戻っている。
「お前の術で屍兵は幾つ召喚できる?」
「はい、何千でも何万でも」
恭しくガルムは拝礼した。
「数だけは敵に脅威を与えるかと思いますが、屍兵は行動が遅うございます。城攻めには不適格だと思いますが」
将軍の一人が言うと、アムル・ソンリッサは頭を振った。
「コルテスの勢力に対する備えとして置くだけだ。そのコルテスに向けていた兵三万をデルフィン討伐に加える」
「それだけでもデルフィンの兵の方が上回ると思いますが?」
「ヴィルヘルムに加え、暗黒卿とサルバトール卿を差し向ける。デルフィン目は浅はかな奴だ。数が少ないと見れば兵を差し向けてくるだろう。だが、この二人の卿と私自らが赴けば、奴はこの機会をますます逃すまいとするだろう。欲深いデルフィンは嬉々として乗せられ全兵力で野戦で決着をつけようとするはずだ」
アムル・ソンリッサが言った。
「陛下と暗黒卿閣下とサルバトール閣下が、その、例えは悪いですが餌になるということですか?」
将軍の一人が尋ねる。
「その通りだ。我が首と、かつて光の勢力に敗れ賞金首となっている暗黒卿とサルバトール卿ならば餌の役目にうってつけだ。数が相手を上回れば、デルフィンのことだ、先程意見が出た通り籠城を選ぶだろう。籠城はいたずらに時間が掛かるだけだ。余計な時間を掛けている暇は無いのだ、我が国は。なればこそ精鋭五万、野戦でデルフィンめを誘い出し討つ! 将軍達は各地へ戻り今まで通り臨戦態勢を整えよ!」
将軍達が声を揃えて一斉に胸に右手を当て敬礼する。
「私がいない間はシリニーグに城を任せる」
「はっ、お任せください」
「それとアカツキ将軍はコルテスへの備えとしてガルムと共に拠点の防衛に努める様に命じておく!」
アカツキは声を荒げて不満を述べた。
「防衛だと!? 承服できんな! お前は俺に残る十二の首を取らせないつもりか!? 俺もデルフィン討伐に参加させろ! 確実にデルフィンの首を取ってやる!」
「陛下に対して無礼であるぞ!」
「身の程をわきまえよ!」
将軍達から次々叱責が届いた。
「黙れ、雑魚どもが! 俺に意見がある奴はここで一勝負してやっても良いんだぞ!? やるか!?」
アカツキは怒声を張り上げ、将軍一同を、主君アムル・ソンリッサを、最後に暗黒卿を睨み付けた。
暗黒卿がそのバイザーの下りた兜の下で含み笑いを漏らした。
「威勢が良いな、アカツキ将軍。嫌いではないぞ」
「暗黒卿!」
抱えていた兜が床の上に落ちて甲高い音を上げる。憎き仇の名を叫び、アカツキは両手をそれぞれの武器の柄にかけた。
だが、ヴィルヘルムが慌てた様子で駆け寄って来た。
「アカツキ将軍、今回の人事はたまたまそうなっただけだ。これが最善との陛下のお考えだ。いずれ、嫌でも貴公の武勇が必要になる時が来る。だから今は耐えられよ。この俺に免じて」
ヴィルヘルムが駆け寄ってアカツキの両手を掴んで宥めた。その琥珀色の瞳を見てアカツキは舌打ちした。
たった一戦共にしただけだというのに、何故、俺はこいつに簡単に説き伏せられるのだ? まるで、まるで親しい友でもあるかのように……。
アカツキが忌々し気に思う前で、ヴィルヘルムは安堵の息を吐いたようだった。
「では、各自出立の用意を致せ、解散!」
アムル・ソンリッサが言った。




