九十六話
昼には太陽、夜には月に星々、そして雨、久々に元に戻った天候の様子に人々は神々のお怒りが鎮まったのだと話していた。
もう光の神はいない。人々は自立して、己の足で運命を切り開いて行かねばならぬのだ。
そして光の神々が死にあるいは離れたことによる一番の弊害を受けたのは神官達だった。傷を癒したり、対ヴァンパイア用の聖なる全ての魔術が使えなくなったのだ。
神官達は未だに神がお怒りであると信じ込んでいるようで熱心に祈りを捧げているのであった。
そんな様子をアカツキは滑稽なものだとは思わなかった。むしろ当たり前のことが起きたのだ。獣の神キアロドが約束通り人々に干渉するのを止めた証だった。
コロイオスに入った。
斧に戟そして剣。失った武器は全て支給品で揃えた。
どんなに品質の良い剣でも、どれほど愛情を注いでも折れる時は折れる。ロストブレイクがカンダタを圧し折った様に、またカンダタがロストブレイクを圧し折った様に。だからといって、剣をぞんざいに扱おうとは思わない。これから、また一から愛してゆこうと思っている。
アカツキが戻ると宿舎の裏の井戸で仲間達が集い武器の手入れをしていた。
この一同で剣を磨くのも今日で最後になるかもしれないな。
「アカツキ、武器は見つかったのか?」
ヴィルヘルムが顔を上げて声を掛けて来た。
「まぁな」
アカツキは座って戟と斧と剣を置いた。
「ヴィルヘルム、まだまだ研ぎが甘いぞ」
アカツキは輝きの鈍い刃をを見て言った。
「そうか。どの辺りだ?」
こうして一行は翌日にはコロイオスを発ち、アビオン、リゴ村、ヴァンピーア、そしてオーク城まで来た。
太守のサグデン伯は一行を労い、またはヴィルヘルムを歓迎する祝宴を開いてくれた。
翌日、出立する。将軍達が勢揃いで見送ってくれた。
国境へ行く前に砦に顔を出すとツッチー将軍が歓迎してくれた。
「今回で全てが上手くゆくかもしれません」
「そうか。それならそれで良い。我ら武人など本当はいない方が良いのだ。最近、お前達のしていることを知り、また仲良くなった亜人達を見てそう思った。光と闇、いや、その区別さえ無くなれば一番良いのだがな」
ツッチー将軍はそう言って送り出してくれた。
国境まで来ると、空間に円い大きな魔法陣が展開し、ガルムがそこからヌッと現れた。
「お待ちしておりましたよ、皆さん」
ガルムは笑顔の道化の仮面の下で含み笑いを漏らしていた。
「おや、リムリアは馬車の中ですか?」
その言葉を聴きアカツキは相手に怒りを覚えた。ガルムは全てを知っていてわざわざ問い掛けてきているようにしか思えなかった。
「彼女はもういないんだ」
馬車の扉が開き、ヴィルヘルムが出て来て言った。
「そうでしたか」
ガルムが応じる。相手は笑わなかったが、白々しく思え、アカツキは怒りで震えた。その己の右肩に手を置かれて我に返った。
ヴィルヘルムが真剣な表情で頷いていた。
そうだ。俺には使命がある。リムリアや太守殿の死を無駄にしないためにも成功させなければならない使命が。
その途端に怒りはスッと収まり、ガルムに言った。
「今は昼だが、陛下、いや、アムル・ソンリッサ殿は起きているのか?」
「ええ、私が今日この日、この時を予見して、知らせましたので。リムリアや、バルバトス殿の死までは予見できませんでしたが」
嘘を言え。
アカツキは心中でそう言い、後ろを振り返った。
「行こうか、皆」
二
何度見ても懐かしさを覚える外壁、門扉だった。
一同は門を潜ると、闇の民達が寝静まった昼間の城下を真っ直ぐ大通りを進んで行く。ヴィルヘルムは客人から案内人へと変わり、一同を先導した。
貴族街を通り、厩舎を通り抜ける。
ストームと会う暇はあるだろうか。
目の前に城が見えてきた。
二人の警備兵が敬礼する。
静まり返った城内へ入る。こちらも巡回の警備兵が慌てて敬礼する。
ヴィルヘルムに導かれ、一行は四階の玉座の間の前に来た。
ヴィルヘルムがノックする。
「ヴィルヘルムです。光の国の使者殿達をお連れしました」
そう言うと両開きの扉が開いた。
段が設けられ、その先にアムル・ソンリッサが玉座に座っていた。
一段下には暗黒卿が、下座にはグラン・ローがいてアカツキに微笑んだ。
「入られよ」
アムル・ソンリッサが言い、一同は部屋に入った。
アカツキは近衛兵がいないことに気付いた。
「グラン・ローと暗黒卿だけか」
アカツキが静かに言うとグラン・ローは声を潜めて応じた。
「陛下はなるべく今回起きることを下々の者達に知られたくないとお思いです。あなたの武勇を当てにしてますからね、アカツキ将軍」
「俺に勝っておいてよく言う。そのうち再戦させてもらうからな」
アカツキはグラン・ローに言った。
「よくぞ、参られた」
アムル・ソンリッサが言い、彼女は言葉を次いだ。
「リムリアはどうしたのだ?」
「彼女はもういないそうです、陛下」
ガルムが悲しみの道化の仮面の下で言った。
「……そうか」
少し離れていてその表情までは見えなかったが、アムル・ソンリッサはそれだけ口にした。
レイチェルが進み出る。
「アムル・ソンリッサ殿、我が主人アラバインより書状を受け取ってございます」
レイチェルが書状を差し出す。
グラン・ローが受け取り、段を上がって暗黒卿に渡す。暗黒卿は改めてアムル・ソンリッサに差し出した。
アムル・ソンリッサは書状を受け取り、ナイフで封を切る。
そして中身を読み始めた。
静寂がどれほど続いたかは分からない。やがてアムル・ソンリッサは書状から目を放して言った。
「アラバイン殿は、未来永劫決して破れることのない同盟を望んできている。諸将と協議するところだが、あいにく誰もが前線に出向いている。しかし、主君はこの私だ。この場で書面に血判を押そう」
その時だった。
「愚かなり、アムル。よもや光の者と手を携えようなどとは」
部屋中に静かな怒りに満ちた声が木霊した。
「ほら御出でなすったよ」
金時草が言った。
「陛下! 武器を抜いてもよろしいですね!?」
「よかろう、アカツキ将軍、皆にこの場で刃を見せることを許可する」
アムル・ソンリッサが言った。
光と闇を巡る最後の戦いが幕を開けた。