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断章三

 ここはどこだろうか。

 目を開けば草原の上で眠っていた。そよ風が頬を撫で咲き乱れた白い花弁をふわりと揺さぶっている。

 バルバトスはゆっくり起き上がった。鎧兜はそのまま身に着けていたが、腕を伸ばした先、いつも腰にあり長年苦楽を共にして来た愛用している剣ネセルティーだけがなかった。

 彼は周囲を見回したが剣の姿はどこにも無かった。それよりもこの白い花に包まれた草原を見ていると心が不意に切なく感じるのだった。風の囁きと煌めきが尚拍車を掛けている。

 どこか神秘的な光景だ。はて、俺は八十近く生きてきたがこんな光景の見られる場所が地上にあるとは思わなかった。あるとすればそれは――。

 現実味が湧いてきた。慌ただしく記憶が甦り脳裏を過ぎって行く。最後に現れた光景は強烈な勢いで飛んでくる短槍を庇って受け止めて、そして……。

 ああ、俺は死んだのだ。アカツキを庇って。そうだったか。

 だとすればここは死後の世界か? 天国か地獄か裁かれるとばかり思っていたが、こうやって草原に放り出されている。神は……ああ、憎き神は俺をさまよわせ、餓死させようとでもいうのだろうか。それが俺に降った判決なのだろうか。

 長年連れ添ったネセルティーの重みが無いのが未だに落ち着かないが、仕方なく尻に手をやり短剣の存在を確認する。

 何も無いよりはマシだ。

 さて、どこへ行こうか。

 あるならば人里を探さなければならない。腰の巾着袋を確認する。ネセルティーを買って一度は使い果たした金だったが、それ以後は特に使う当ても無く、前線の城に籠りきりだった。だから金はあった。

「太守殿!」

 どこからか自分を呼ぶ声が聴こえる。

 足音と二つの影が見えてきた。

 そして現れた二人を見てバルバトスは驚き、笑った。

「ダンカン、イージス、久しぶりだな」

「はっ。しかし太守殿もこちらへ来てしまいましたか」

 ダンカンが生真面目な表情で言った。

「お前達二人がいるということは俺は死んだのだな?」

「そういうことになりますな」

 イージスが残念そうに言った。

 二人ともバルバトスが最後に見た顔と姿形のままだった。いや、鎧が変わっているか。

「それで、お前達がいるということはここは天国の方か?」

 すると二人は顔を見合わせ、ダンカンがこちらを見て言った。

「ここはハザマの世界と呼ばれる場所です。生きとし生けるもの全てが立ち寄る場所です」

「ハザマの世界か。何のための世界なのだ?」

 バルバトスが問うとイージスが答えた。

「そうですなぁ、中継地点のようなものです。太守殿もそのうち目にされると思いますが、この世界では生前と同じ営みを人々は続けています。良い奴も悪い奴もいますが。でも、それにここで生活に嫌気がさしたりしたら、神に願って転生を宣言するのです。そうすれば何処かの地上で何らかの命ある者として再び大地を踏むことになるでしょう」

「そうだったか」

 その時ダンカンが懐から何かを取り出した。手鏡だった。

「太守殿、これを御覧下さい」

「ああ」

 そしてバルバトスは己の顔を見て驚いた。八十近くの老成した顔では無く、三十代ぐらいの懐かしい顔立ちをしていたのだ。

「驚かれましたな。我々も驚きましたが」

 イージスが笑って言い、続けた。

「この世界での姿は生前一番輝いていた時のものになるようです。我ら二人は残念ながら四十少し回った顔ですが。どうやらその時が一番魂が光っていたのでしょうな」

 バルバトスは懐かしい若い力が甦ってくるのを、今更ながらに実感した。これはヴァンパイアロードを相手に、大隊長クエルポの指揮の下、リゴ村で弓兵隊長を務めていた時ぐらいの力だろう。

「この生命力があればあるいは……」

 バルバトスが思わず零すと、ダンカンが言った。

「事情は知っています。ハザマの川原で我々は地上の様子を眺めていました。あとはアカツキに任せましょう」

「……そうだな。こうなってしまってはもはや私にはどうにもできん。お前たちはアカツキが何をやろうとしているのか知っているのか?」

 二人は頷いた。

「我が息子ながら大それたことをやってくれたもんです」

 イージスが頭を掻きながら言った。

「ですが、自慢の息子ですよ」

「その通りだ」

 バルバトスは頷いた。

「アカツキならやってくれるさ。それで、お前達はこの世界でどうやって暮らしているんだ?」

 バルバトスの問いにダンカンが応じた。

「少し北へ歩けば村があります。我ら二人は衛兵、いやそこの用心棒をしております。太守殿も良ければ御一緒しませんか? あなたがいれば百人、いや万人力です」

 バルバトスは微笑んだ。

「またお前達と肩を並べることができるのか。楽しみだ。是非とも仲間に入れてくれ」

 するとダンカンとイージスが畏まって敬礼した。

「ここでは私の方が後輩だ。それにもう太守ではない。お前達も気楽に接してくれて良いんだぞ」

「いいえ、太守殿はいつまで経っても我らの中では太守殿です! 英雄バルバトス・ノヴァーに仕えられることこそ、我ら二人が待ち望んでいたことです」

 その二人の真剣な表情にバルバトスは笑い、頷いた。

「お前達の気持ちは嬉しい。だが、まぁ、その辺りは他の者達と相談した上で決めるとしようではないか」

 再びダンカンとイージスが敬礼する。

「行こうか。ここも昼寝するには悪くはないが、腹が減ってきた。お前達の村へ案内してくれ」

 バルバトスが言うと二人の男は先へ立って歩き出した。

 バルバトスはその背を見詰めた後、天を仰いだ。

 晴れ渡っているとはいえない。言い表すことのできない複雑な光景が天を支配していた。あるいはこれも神秘的な光景なのやもしれん。

 アカツキ、お前の幸運を俺はここから祈っているぞ。

 天を見上げてバルバトスはそう胸の内で呟いた。

「太守殿、どうされましたか?」

 ダンカンとイージスが遠くでこちらを振り返っていた。

「何でも無い。今行く!」

 バルバトスは歩み出したのだった。

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