episode:01-9
先に断っておくのなら、リリアンはあまり剣技に優れる方ではないと思っている。それは、アレックやウィル、そしてクライドと言う剣豪が側に控えているからだ。しかし、一般的に見て彼女の剣の腕は高い方になる。
結果として、競り勝ったのはリリアンの方である。審判をしていたアレックは、結果ははじめから見えていたな、と思いつつ、リリアンの勝利を宣言する。
「ほ~ら。姐さんは強いって言っただろ」
「でも、貴族のお兄さんも結構強いな」
学生たちが好き勝手に言っている。確かに、セオドールの腕前もなかなかだった。もう少し鍛えれば、ナイツ・オブ・ラウンドにだってなれるかもしれない。まあ、当の本人は「うるさい!」と叫んでいるが。
「まあ、一般的なパラディンくらいの腕はありそうだな。これなら現場に連れて行っても大丈夫か」
と、リリアンがセオドールに話しかけている。というか、本気で連れて行くのか。
「相変わらずやることが大胆だな、お前は」
アレックが淡々と言葉をつむぐ。リリアンは何でもないように言う。
「私は常に最善と思われる判断をしているに過ぎない。……それが、本当に正しいかなんて、わからないが」
彼女は現実主義者だが、同時に理想主義者だ。その思考は矛盾していると、アレックも思う。だが、彼女の中で折り合いがついているのなら、口を出すべきではないとも思う。
「あ、姐さん。もうすぐ学校の現地実習があるんだけど、それに来る?」
学生の一人が気を利かせて言った。ここはパラディンを教育するための訓練所だが、さすがにヴァルプルギスと戦ったことがないまま放り出すのは不安である。ということで、実習があるのだ。まあ、ヴァルプルギスに必ず会えるとは限らないのだが。
実習には、当たり前だがパラディンが同行する。自分たちだけで行くよりは安全だろう。
「なるほど。では、教官に話をしておくか」
「やった。姐さんが来るんなら楽かも」
「自分のことは自分で何とかしろ」
基本的に塩対応であるリリアンだが、何かと学生たちには慕われている。ここにいる学生たちは、アレックと同じ出身地である者が多かった。先の内乱を女王と共に戦ったものたち。リリアンは何気に面倒見が良いのだ。だから、セオドールの教育をしようなどと思ってしまう。この辺り、兄のウィルと似ているなぁと思った。
「ちょ、ちょっと待て。本当に私を連れて行く気か!?」
「あなたの存在があれば、それだけでヴァルプルギスは倒せるんじゃないか?」
リリアンが平然とセオドールに言ってのけた。おそらく、セオドールの物言いをまねしたのだろうが、彼女の本来の淡々とした性格が出過ぎている。たぶん、さすがのセオドールもそんなことは言わない。
「そんなわけあるか! 危険だろう!」
「大丈夫だ。私たちはただ見ているだけだからな」
「ええ~。姐さん、それはないわ~」
女子学生がリリアンの手をつかんで笑いながら言った。そのまま模擬戦をねだる。アレックも声をかけられ、剣を構え直した。一人になったセオドールが声を上げる。
「おい! 私は!?」
「その辺で見てろ」
やっぱり塩対応だった。
△
学生たちの相手をした後、アレックたちは宮殿に戻ってきた。中庭に面した回廊を歩いていると、背後から「リリア~ン」という女性の声が聞こえた。
「探したぞ!」
そう言いながら女王アーサーがリリアンに飛びついた。リリアンは少しよろめいたが女王の体を受け止める。抱きつかれなかったアレックたち三人は、アーサーに向かって膝を折った。
「陛下」
「ああ、三人とも楽にしてくれ」
アーサーが寛容に言った。アレックたちは立ち上がり、抱き合う美人二人を見た。格好のせいもあるかもしれないが、美女であるアーサーと並ぶと、リリアンが少し男っぽく見える。
「どうしたんですか、陛下」
リリアンがアーサーの体に片手をまわしたまま言った。アーサーがよくぞ聞いてくれました、とばかりに少し体を離してリリアンの顔を見上げる。
「おいしいお菓子が手に入ったんだ! よかったら一緒に食べないか?」
「その心は?」
リリアンが容赦なく問い詰めると、アーサーが声音を落とした。
「……帝国の大使殿と面会予定なのだが、どうも私に自国の皇子を勧めたいようで……」
「当然の心理だと思いますが」
アーサーは一国の女王でしかも美人。年齢も二十歳とちょうどよく、そう言った話が頻繁に持ちかけられるのは必然だ。
ふと殺気を感じてみると、クライドが射殺しそうな視線をリリアンに向けていた。リリアンにあたっても仕方ないだろうに。
「サー・クライド。私を睨んでも何にもなりませんが」
「……すまん」
クライドがついっと視線を逸らした。アーサーが「まったくお前は」と苦笑している。もちろん、リリアンに抱き着いたままだが。
「……まあいいです。ご一緒しましょう」
「本当かっ」
アーサーはパッと笑ってリリアンと手をつなぐと、アレックたちに軽く手をあげて言った。
「お疲れ様。少し、リリアンを借りていく」
「ご遠慮なく使ってやってください」
アレックが彼女の兄をまねて言うと、リリアンに睨まれた。それも一瞬だったが。リリアンとアーサーが寄り添っていると、恋人同士にも見える。
「……何故リリアンは連れて行かれたんだ?」
セオドールが尋ねた。アレックは歩き出しながら律儀に答える。
「リリアンも陛下に劣らないほどの美人だからな。相手の気をそらすためによく連れて行かれる」
タイプは違うが、アーサーもリリアンも美女だ。アーサーは、縁談が持ち上がった時、毎回のようにリリアンを同伴させる。相手の意識をリリアンにそらすためだ。ちなみにこの作戦、三分の一くらいの割合で成功している。
「……私は断然陛下の方がいいと思うが」
そう言ったセオドールに、エイミーが「まあ、好みの問題よね」と微笑む。
「陛下も素敵だけど、リリアンが慕われている理由も、あたし、ちょっとわかってきたもん」
いつの間にかエイミーもリリアン呼びになっている。まあ、仲が良くなるのはいいことだ。
「……何故あんな粗暴な女が好かれるんだ」
「愛情があるからでしょ。たまに、リリアンにののしられたいっていう男性もいるけど」
何だそれは。セオドールだけでなく、アレックも引いた。エイミーだけはわからっている。こういう話題はやはり、女性の方が強い。
「……やはり、私は陛下のようなしとやかな女性が好みだ」
「……陛下もそこそこじゃじゃ馬だがな」
内戦を共に駆け抜けた過去を持つアレックは昔を思い出して言った。アーサーは、結構思い立ったら飛び出していくようなタイプなのだ。
「そう言うサー・アレックはリリアンの方が好みなのか?」
セオドールに問われ、アレックは少し考えて「そうだな」と答えた。セオドールが慄く。
「……どこがだ? 殴るわ蹴るわ、言葉は辛辣だわで女らしくもないぞ」
「かわいらしいだろう」
「……」
「愛は盲目」
ぽつっとつぶやいたのはエイミーだ。ただ好ましいと言っただけなのに、どうしてこんなに引かれているのか。
「っていうか、陛下もリリアンのこと好きだよね……」
「陛下も何故あんな奴がいいんだ……」
エイミーとセオドールの意見が一致している。まあ、クライドも睨んでいたし。こちらが一般的な意見なのかもしれない。
「俺が合流したときにはすでにあの状態だったからな」
リリアンもまんざらではない感じで。ウィルから聞いた話によると、リリアンと出会うまで、アーサーのまわりには年の近い女の子がいなかったらしい。そこで、アーサーはリリアンに嬉々として絡みに行ったそうだ。リリアンも別に性格が悪いわけではないので、たぶん普通に気が合うのだろう。
「先輩とリリアンって、内戦時代からの付き合いなんだっけ」
「ああ」
エイミーに話したことがあったが、ちゃんと覚えていたようだ。詳しいことは省いているが。
初めは、敵として戦ったのだ。あの時はまだ、アーサー、クライド、ウィル、そしてリリアンの四人しかいなかった。それが、今やアーサーは女王である。
この時からの付き合いとして、やはり、アーサーはリリアンを慕うのだろう。……慕うと言うか、かわいがると言うか。
アレックとしては、好きにさせておけばいい、というスタンスなのだが、ほか二人はそうもいかないらしい。まあ、これも一種の信頼関係だと思うので、こちらも放っておくことにした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
姐さんの読み方は、ねえさんでもあねさんでもお好きな方で。
基本的に、パラディンになるような子達は育ちがよくありません。なので、結構言葉遣いが適当です。