episode:01-8
翌日になり、リリアンはセオドールのほかにアレックとエイミーを連れて通常、訓練所と呼ばれる軍事学校討伐師養成部に来ていた。まあ、要するに広い体育館のようなものだ。
アレックとエイミーが学生相手に訓練している間に、リリアンは簡単にセオドールに調整官に関する説明をする。
「危機対策監室が創始されたのは、今から半世紀ほど前。二代前の国王の時代だ」
「それくらいは知っている」
「それはよかった。その対策監室の組織図は?」
「宰相直轄の独立機関。室長一人に補佐が二人、その下に調整官、観測官、管制官などが配置されている」
「……はしょられている気がするが、まあ良しとしよう。対策監室の最も大きな役割は、ヴァルプルギスの観測、討伐指示だ。そのため、調整官はパラディンの中から選ばれることが多い。あなたも力を持っているし、ハロルドもそう。もちろん、私もパラディンだ」
「お前が!?」
「何故そこで驚く」
カーライル侯爵の姪がパラディンなのは有名な話だ。……ああ。こいつ、そう言えばリリアンを男だと思っていたのだったか。
「話を続ける。対策監室は、ヴァルプルギス討伐だけをしているわけではない。あなたがやらかしたように、他の危機的状況にも観測、指示を出す。いわば、戦闘面での頭脳だ」
「確か、対策監室の、特に調整官は戦時における特別指揮権があると聞いた。女王の命令の次に優先度が高いと」
「ああ。だから、倉庫の警備軍人も、あなたの間抜けな指示に従ったわけだ」
「……お前、パラディンなら腕に覚えはあるな? よし! 私と勝負しろ!」
「……構わないが、説明が先だ」
リリアンはそう言って臨戦態勢に入ったセオドールを座らせようするが、彼は興奮しきっている。なので、彼女は彼を蹴り飛ばした。
「何をする!」
「人の話を聞け」
やっとわかってきたのだが、セオドールには言葉の説得よりも物理的説得の方が利く。
「お前、手を出してくるとは野蛮な」
「出したのは足だ。それと、それはもう聞いた」
リリアンはセオドールの訴えを聞き流すと、何事もなかったように話を続けた。
「調整官は場合によってはパラディン、国軍、ナイツ・オブ・ラウンドですら顎で使える。だから、的確な判断が求められる」
「だからこそ私が配属されたのだろう?」
などと言ううぬぼれた発言はやはりスルーした。
「私たちは人間だ。失敗しないことなどありえない。だが、人の命と強力な指揮権を預かっている以上、我々にはできるだけ被害を少なく、そして最大の効果を発揮する戦術を提供する義務がある」
「……そんな当たり前のことをいちいち言わなくてもいい」
「なるほど。常識はあるようだな」
「お前、失礼だぞ」
リリアンも辛辣かつなかなか腹の立つ者言いなので、セオドールもあおられること。兄のウィル曰く、そのうちリリアンのこの物言いがかわいらしく見えてくるらしい。意味が分からない。
「まあ、わかっているのなら話は早い。昨日のセオドール様の指示は、状況判断がうまくできていなかったことに起因すると思う」
「解決はした」
「ああ。わかっている。しかし、そう言うことではない」
リリアンは何と説明したものか少し迷い、ゆっくりと口を開いた。
「……たとえば、火を消そうと思ったらどうする?」
「水をかける」
「その通りだ。しかし、火が出たのが資料室などの紙が多い場所だったら? 大量の水をかければ、確かに火は消えるが、資料は読めなくなるかもしれない。まあ、二次被害と言うやつだ」
「……」
理解しているかわからないが、何も言わなかったので話を続ける。
「昨日のあなたの指示は、資料室でボヤ騒ぎが起き、大量の水をかけて消したようなものだ。確かに火は消えたが、代わりにそこに置かれていた資料が読めなくなった。……意味、分かっているか?」
不安になったので一応確認してみる。セオドールは一応うなずいた。ちょっと怪しい気もする。
「……起きたことが一だとしたら、セオドール様は十の力でそれを解決しようとする。もちろん、それが必要な時もある。しかし、大きな力で解決した結果、二次被害が出ては意味がない。調整官には、現場の状況を正確に把握し、どうすれば最も被害が少なく解決できるかを考える思考力が求められているのだからな」
わかりますか、とリリアンが尋ねると、セオドールはその物言いが気にくわなかったのかむっとした表情になる。
「大は小を兼ねると言うだろう」
という反論が出てくると言うことは、セオドールは話の内容をだいたい理解しているのだろうと判断した。
「セオドール様は見る限り、状況判断能力には問題がなさそうなので、問題は思考力だな。こうなればこうなる、という推論を立てる力のことだ。まあ、訓練すれば多少どうにかなるものだが、ここまでひどいのは初めてだ」
「貴様……本気でいい加減に……!」
「働き者の無能とまでは言わないが、もう少し後先を考えて行動しろ、ということだ。自分の行ったことがどのような結果をもたらすのか、考えろ」
「パラディンも軍人も、国のために奉仕しているのだ。そのために死んだのなら本望だろう」
「それ、本気で言ってるんだったらもう一発殴るぞ」
リリアンは絶対零度の視線をセオドールに向ける。脅し文句が効いたのか、彼はびくっとした。さすがに脅かし過ぎたか?
「今まで本気であなたを教育しようとしなかった私にも問題がある。しかし、感情に任せた反論だけはするな。意見なら聞いてやる」
「本当に偉そうだな!」
こういうのは下に出たら負けなので、リリアンはあくまでもきつい言葉で言った。
「……先ほども言ったが、セオドール様は知識も状況判断応力も問題ないと思う。おそらく、私よりも頭が良いだろうと思う。だから、すぐに戦術的思考力も身につくだろ」
「褒め殺しだな」
いつの間にか、学生たちに訓練をつけていたアレックがこちらにやってきてリリアンの言葉にツッコミを入れた。セオドールを見ると、彼は難しい表情で黙り込んでいた。
「……もういいのか?」
「ああ。彼の技量を見るのなら、相手をするが」
とアレックがセオドールを見た。アレックの鋭い視線を受け、セオドールがびくついた。
「……いや。相手は私がしよう。相手にならなかった時はアレックに頼む」
リリアンはそう言うと立ち上がった。セオドールはずっと立っていたが、リリアンは壁に寄りかかって座っていたのである。彼女は学生たちに「模擬剣をくれ」などと頼みに行く。
「……本当にお前がやるのか」
やめるなら今のうちだ、と言わんばかりにセオドールが剣を構える。リリアンは剣先を床に付けて仁王立ちする。
「あなた自身も、『パラディンなら腕に覚えがあるだろう』と言っていただろう」
「……確かに言ったが!」
やっぱりセオドールは頭がいいが馬鹿だな、と思った。
「貴族のお兄さん、がんばれー」
「リリアン姐さん、強いからな~」
学生たちからヤジが飛んでくる。リリアンはさくっと無視することにしたが、セオドールは「余計なお世話だ!」と怒鳴った。もしかしたら彼は学生と精神年齢が同じくらいなのかもしれない……と思ったところで、ここにそろっている学生はおおむね十代半ばであるから、言うほど年が離れているわけでもないのか、と逆に複雑になる。
審判を務めるのはアレックだ。彼がすっと手を上げる。
「では双方構え……はじめっ」
リリアンとセオドールが同時に訓練所の床を蹴った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
まあ、普通物理的説得はしないよね……。