episode:01-7
「ご迷惑をおかけいたしました」
リリアンが向かったのは、セオドールの指示で爆破された倉庫だった。軍人や魔導師たちが仕事を続けていて、現場の管理者二人にリリアンは頭を下げた。
「ほら、セオドール様も謝る」
「何故謝る必要がある。盗人は捕らえたのだぞ」
「木端微塵になってですが」
リリアンが冷たく言うと、さすがのセオドールも背筋を震わせた。
「確かに、盗人をつかめたと言う点では合格点でしょう。しかし、盗人を捕まえるのに五人もの人を殺すなんて。対策監室では通常、そのような判断は最終手段となります。通常、周囲に被害が及ぶ前に別の対策を行うものです」
今回のセオドールの指示、リリアンは実はさほど悪くないと思っている。被害が大きすぎるが、盗人を逃がさないように囲い込んでしまうのは常套手段だ。しかし、何故爆破にしようと思ったのか。
「今回のことは私の監督不行き届きが招いたことです。本当に申し訳ありませんでした」
リリアンはもう一度頭を下げる。ついでにセオドールの頭も押さえつけて下げさせた。抵抗されたが、リリアンの勢いに負けた。
「……もう良いですよ。人は失敗から学ぶものです。セオドール様も、リリアンお嬢さんもこれからまだまだ成長できます。次はないようにお願いします」
許しているように見えて、結構厳しいことを言っている。次があれば、おそらく許してもらえない。
「はい。心得ています」
リリアンが真顔で応えると、管理者二人は噴出して笑った。こちらは大真面目なのだが。
「……リリアンお嬢さん」
管理者二人を見送ったセオドールが、リリアンを横目で見て言った。リリアンも横目で見る。
「何かおかしいことでも?」
問いかけると、セオドールが慄いたように言った。
「お前……女だったのか」
「……」
いや、外見を見て間違われることはよくある。カーライルの家は家系的に長身で、リリアン自身も男性の平均身長くらいはある。しかも体格が細く、なんというか、女性的な丸みがほとんどないのである。顔立ちも兄ウィルと似ていることからわかるように中性的である。女顔の男にも見えるのだ。
さらにこの性格に高くも低くもない声、さらに抑揚のない口調。言葉遣いも男らしいわけではないが、女らしいわけでもない。
といったような様々な要素が集まって男だと思われることはある。しかし、たいてい名前を聞けば女性だと認識されるし、名前を知らなくても、よく見れば女だ、とたいていの人が気づく。なのに、セオドールは気づかなかったらしい。
「私の名はどう考えても女性名だろう」
「……いや、『リアン』がなまったのかと」
どうなまればリアンになるのか。署名も『Lilian』になっているはずだ。どう見ても女性名である。
「……まあ、男に女性名をつけることがないわけではないな」
リリアンはそう言ってとりあえず納得したことにする。セオドールはまじまじとリリアンの横顔を見つめてくる。
「うっとおしい。戻るぞ」
「何をしに来たんだ、お前は」
「謝りに来たに決まっているだろう。対象者は捕まったが、それ以外の被害が大きすぎたから」
リリアンは歩きながらセオドールに言う。
「私も、教育係というものを甘く見ていた。こうなった以上、徹底的にたたき上げてやろう」
「……何故私がお前なんかの」
リリアンが目を細めてセオドールを見上げる。セオドールがびくっとした。先ほどリリアンが殴ったのが効いたのだろうか。殴った頬はまだ腫れている。
「身分や年齢がどうであろうが、あの場所では私が先任だ。やはり一から順に叩き込む。視察も行こうか」
と、リリアンは結局、セオドールを現場に連れ出すことに決めた。そのあたりは、他の調整官たちとの相談も必要になってくるのだが。
「何をしている。戻るぞ」
「……お前、急になれなれしくないか?」
「あなたに敬語を使う価値はない」
「どこまでも神経を逆なでするやつだな!」
「悔しかったら私を見返してみろ」
リリアンがそう言い捨てると、セオドールがずんずんと歩いてついてきながら言った。
「絶対にぎゃふんと言わせてやる!」
「……」
並行して歩くセオドールを横目で見上げ、リリアンは「こいつ、馬鹿だな」と思った。
「ああ、リリアン、すまんねぇ」
にやにやと笑ってそう言ったのは、調整官のハロルドである。二十六歳でリリアンより七つ年上の彼だが、名目上はリリアンの部下にあたる。彼は、先ほど別の事件の指揮を執っており、こちらをまるっと無視してくれやがった調整官だ。
「別にかまいません。初めから援護は期待していませんから」
「相変わらず言うね!」
そう言ってハロルドは怒ったふりをするが、宰相に頼まれたとはいえ、彼女にセオドールを押し付けたのは彼らなので、それ以上文句も言えないだろう。
「ハロルド、そちらはどうでした?」
「問題ないよ。それより、そっちは?」
「こちらも大丈夫です」
そう言った後、リリアンは「相談があるのですが」と持ちかける。ハロルドは珍しい、という表情になりながらも「なんだ?」と話を聞いてくれる姿勢だ。
「セオドール様を現場に連れて行きたいのですが」
その言葉に先に反応したのはセオドールだった。
「本気なのか!」
「あなたは黙っていろ」
セオドールに言い返すと、彼は黙り込んだ。やっぱり殴ったのが効いたのだろうか。ハロルドが難しい表情をする。
「……いや~。危なくないか? 現場って、ヴァルプルギスの討伐現場だろ? いつ出てくるかわからんし、命の危険だってある」
「ええ……ですから、先にセオドール様の身体能力を把握してからにします。セオドール様、パラディンとしての力はあると言う話ですから」
「なるほど。そこで判断するのか。まあ、現場の経験は大切だし、遠くから見るだけでも結構違うからな」
と、最終的にハロルドもうなずいた。セオドールが「待て!」と止めに入る。
「何故私のことを私抜きに決めようとする!」
「あとで許可はもらう。あなたの父上に」
「な……っ。ずうずうしいぞ! お前っ」
「いいから、静かにしていろ」
「できるかっ」
セオドールは危険地帯に連れて行かれそうになって焦っているようだ。まあ、誰でも普通は行きたくない。さしものリリアンだってできれば行きたくはない。
「だから先にあなたの力を見て判断する。明日、訓練所に行こう」
「……訓練所?」
「……あなたはここに配属される前に、少しくらい情報を頭に入れておこうとは思わなかったのか?」
思わず顔をしかめるリリアンに、ハロルドが「わお。相変わらず辛辣」などと言ってのけた。関わると面倒なので無視する。
「ヴァルプルギスを倒す討伐師を育てる養成所だ。軍事学校の一つだな」
正確には軍事学校討伐師養成部になるはずだ。確か。リリアンたちの世代はほとんどが独学、もしくは同じ討伐師の師に習っているが、アーサーが女王になってからはまとめて学校として訓練を行うことになったのだ。
「歴史は浅いんだな。知らなくても当然だ」
と、当たり前の顔をして言うセオドールに、リリアンは「むしろ新しい政策なのだから覚えておくべきだ」とツッコミを入れた。
「ふん。そのようなところに行かなくても、私の腕前は一流だ」
「ほう。では、このまま私とヴァルプルギスの討伐に行くか」
リリアンがそう提案すると、セオドールは口をつぐんだ。ハロルドが「ほどほどになー」とリリアンをたしなめていると見せかけて放置する。
「……そう言うお前の実力はどうなんだ!」
どうせ大したことがないのだろう、笑ってやるぞ! と小物感丸出しのセリフを吐くセオドールに、やはりリリアンは冷静に「まあ、それもまた明日」と答える。
「とりあえず今日は始末書を書くぞ」
「何故私がそんなものを……」
「規則だ。書け」
リリアンが強く言うと、セオドールもそれ以上は逆らおうとしなかった。おとなしく席につく。そんな彼に、ハロルドがささやいた。
「まあ、そんなにびくつかなくても。今度、こいつが兄貴の趣味のふりっふりのドレス着た写真見せてやりますよ」
「ハロルド」
「興味ない」
リリアンとセオドールからも絶対零度の視線を向けられ、ハロルドはうなだれた。
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