episode:01-6
これって、どうなんでしょうね。まあ、物語の中のことですから。
アレックたちがいる現場から少し離れた宮殿。塔の最上階。そこに、三人の人影があった。
「さすがだな、リリアン」
「いい腕をしている」
感嘆の声をあげたのは、女王アーサーとナイツ・オブ・ラウンド第一席クライド。二人は、弓を持つ細身の人物、すなわちリリアンに向けて話しかけていた。
「まあ、その細腕のどこからあれほどの強力を引き出せるのか疑問だが……」
「別に腕力で引いているわけではありませんからね」
リリアンはそう言って腰の矢筒から新しい矢を取り出す。そして、現在自分の兄が戦っている戦場の方を見た。
裸眼では、ほとんど認識できない。クライドが双眼鏡を持っているのはそのためだ。リリアンが矢を命中させたのも、視認したからではない。
『おいリリアン! 警告から到達まで時間無さすぎ!』
「三秒以上空いたら警告の意味がない」
通信機から入ってくる兄の抗議に、リリアンは冷静に答えた。矢をつがえて弦を引く。
この時代、もちろん銃と言う存在もあるが、銃はパラディンの力の伝導率が悪い。そのため、矢で射ぬく方が効率が良いのだ。しかし、手元を離れるとやはり浄化能力が下がるので、矢だけでとどめを刺すのは無理だろう。
しかし、下にはウィルたち三人がいる。リリアンは再び警告する。
「二射目。避けろ」
そう言ってから矢を放つ。再び、彼らが苦戦しているヴァルプルギスの後ろ首辺りを貫いた。
『だーかーら! ほとんど時間差ねぇじゃん!』
という兄からの訴えはスルーする。リリアンの攻撃で隙ができ、アレックとエイミーがヴァルプルギスを討伐できそうだからだ。
「容赦ないね、リリアン」
「口ではああ言ってますけど、兄は私の行動パターンをわかっているはずですからね」
という信頼だ。アーサーは苦笑を浮かべて、それからクライドを見上げた。クライドも肩をすくめる。
「お前は敵に回したくないな」
「私もサー・クライドは敵にしたくありませんね」
リリアンはその頭脳が恐ろしいと言われるが、彼女に言わせると、ただの人間の身でヴァルプルギスと互角に戦うクライドのほうが恐ろしい。何なのだろうか、この人と思う。
不意に、リリアンの通信機が外線から内線に切り替わる。とっさにリリアンは耳に付けた通信機に手を当てる。
「どうした?」
『リリアンさん。あの……』
「はっきり言え」
管制官の少女シエナからだった。リリアンがそう言うと、シエナは叫ぶように言った。
『セオドール様がやらかしました! すぐに来て下さい!』
という言葉を聞いた瞬間、リリアンは身をひるがえした。通信機をもう一度外線に切り替える。
「ウィル。悪いが、あとは自分たちで何とかしてくれ」
『はあ!?』
兄の悲鳴のような声を聴きつつ、リリアンは階段を駆け下りる。その後を追いかけながら、アーサーが尋ねた。
「どうしたんだ?」
「うちの新人がやらかしたらしいです」
そう言うと、アーサーは「おや」と困ったような表情なった。余談だが、リリアンはいつも通りシャツにスラックスであるが、アーサーはドレスだ。ドレスの裾を持ち上げて階段を駆け下りている。侍女などがいたらはしたない、と言うところだろうが、今はリリアンとクライドだけだ。
「どこまでついてくるんですか」
「いや、リリアンの仕事ぶりを見学しようかと思って」
と、悪びれなくアーサーは危機対策監室までついてきた。もちろんクライドも一緒だ。兄のウィルよりも背は低いのだが、体格が良いので邪魔である。
「あー、リリアン。っていうか陛下!?」
ノエルが驚きの声を上げる。観測室や解析室からも人が出てこようとするが、リリアンがばん、と机をたたくと引っ込んでいった。
「脅すとは感心しないな!」
「私も身分を笠に着ることは感心しません」
セオドールの言葉にリリアンは言い返すと、ノエルに尋ねた。
「どうした? 何があった?」
尋ねると、ノエルは顔をしかめた。
「どうしたっていうか……もう解決はしたんだけど」
一応別の調整官もいるが、また別のところに指示を出している。調整官が少ないのも考え物だと思うが、贅沢は言っていられない。
「リリアンが外に出てから、危険没収物を管理している倉庫に魔導師たちが盗みに入って……ほら、あそこ、防御魔法障壁があるだろう。それに引っかかってすぐにわかったんだけど、セオドール様が」
倉庫を爆破しろ。どうせ没収物しか入っていない。
と言ったらしい。それで爆破する現場の軍人たちも軍人たちだが、伝えたのは……。
「ごめんなさぁい」
「……」
やっぱりシエナだった。まだ新人の彼女は、同じ新人でも公爵子息のセオドールには逆らえなかっただろう。ノエルも謝罪してきた。
「ごめん。僕も見ていればよかったんだけど、別のオペレートしてて」
「……いや。席を外した私の責任だ」
リリアンは潔くそう言うと、解析室の方を見た。
「被害状況は?」
「報告では、死者五人、負傷者十二人です。それと、中に入っていた危険没収物が飛び散ってしまって。発動したものもあり、魔法障壁が壊れました」
解析室からすぐさま飛んできた回答に、リリアンはため息をついた。問題のセオドールはふん、と鼻で笑う。
「盗人は捕まったんだ! それくらい問題ない!」
言い放ったセオドールに、さすがの対策監室職員も白い目を向けた。リリアンはちらっとちゃっかり椅子に座って見物しているアーサーと、その横に控えるクライドを見て、セオドールに向き直った。
「セオドール様。言いたいことがあるのですが」
「なんだ? 感謝の言葉ならいらんぞ」
偉そうにそんなことを言うセオドールに、リリアンは拳を振りかぶった。
「歯を食いしばれ!」
基本、気性が穏やかなリリアンの怒鳴り声に、奥の方の部屋の職員も顔を出した。セオドールをぶん殴ったリリアンに、「おおっ」という歓声が漏れる。
「あー、すみません。ついでにいいですか?」
解析室の解析官が手をあげてその空気をぶっちぎる。
「どうした」
「先ほどの爆発で、近くで緊急時対応訓練をしていた軍の予定に大幅に変更が……」
「まあ訓練だからな。実際に起こった時は予定がどうのとか言っていられないからな」
と、リリアンはあっさり。そして、先ほどからわめいているセオドールに視線を移した。
「何か?」
「貴様っ。私を殴るなどどういう了見だ! 失礼にもほどがある!」
「教育の一環です。一発くらい殴られても文句は言えないでしょう、あなたは」
しれっと言ってのけるリリアンだった。
「ただの暴力だろう! 何が教育だ!」
「あなたの父上には殴っても良いと言われているんですが」
「なっ」
父にそんなことを言われていると知ったセオドールはよほどショックだったらしい。黙り込んだ。その間にリリアンが復旧のために指示を出しはじめる。
「壊れた障壁は簡易障壁で一時的に代用しておけ。発動した魔法道具は、どうしてももめられないようなら壊すように指示してくれ。それと、魔法研究所に応援要請。魔導師を派遣してもらえ」
「了解だよ」
ノエルが答えると、席に戻って早速オペレートを始める。リリアンは振り返り、まだしりもちをついているセオドールに言った。
「いつまでそうしている気だ? 立てるか?」
「……自分で殴った癖に、何を……!」
「でも、頭が冷えただろう。私もすっきりしたし」
「力にものを言わせるとは、野蛮な……!」
「そう言う仕事ですからね」
リリアンはそう答えると、ちょうど一つ事件が解決したらしい調整官に声をかけた。
「ハロルドさん。ちょっと外でてきます」
「ああ。任せておけ」
と、ベテラン調整官のハロルドが請け負ってくれたので、リリアンはセオドールに言う。
「行くぞ」
「どこに連れて行く気だ!」
セオドールを連れて対策監室を出ようとして、いつの間にか勝手にお茶を淹れて飲んでいるアーサーを振り返った。
「あ、リリアン。マグカップを借りている」
「……それは構いませんが、陛下、いつまでいらっしゃるんですか?」
「あー、うん。そろそろ戻らないとまずいな……」
アーサーは苦笑すると、リリアンたちと一緒に対策監室を出た。もちろん、クライドも一緒だ。
「じゃあリリアン。またあとで」
「お気をつけて」
「陛下! お目にかかれて光栄でした!」
頬を腫らしたセオドールの感激した声に、アーサーが苦笑を浮かべる。彼女は人気の高い女王だが、こうして人に敬われるのは苦手なのである。
アーサーが見えなくなった後、セオドールがリリアンを睨み付けた。
「貴様とは違って上品だな。さすがは陛下」
「それは否定しませんが、それを本人に言わないでください。陛下が困りますから」
「……貴様、陛下とどういう関係だ?」
「君主と臣下です」
当たり障りのない回答をして、リリアンはセオドールをぐいぐい引っ張る。
「とにかく、行きましょう」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
リリアンがセオドールをぶん殴ったわけですが、これ、ほぼリリアンの八つ当たりでもあるという。二人とも、まだまだ子供なんですよねー。