episode:04-12
しばらく主人公二人は不在です。
まあ、アーサーやセオドールも主人公格ではあるのですか。
ハルシュタット帝国帝都レーヴライン。その運河に、セオドールたちが乗ってきたブルターニュ軍艦は停泊していた。下船したセオドールはその活気のある街を見渡す。
「懐かしいか?」
同行人のウィルに尋ねられ、セオドールは首を左右に振った。
「いや、私が留学していた大学はもっと西方にあったからな」
勘違いされがちだが、セオドールが留学していた帝国の大学は帝都レーヴラインには存在しない。もっとのどかな場所にある、昔ながらの寄宿系の大学である。そのため、彼はレーヴラインにはほとんど来たことがない。今回の訪問で、やっと片手の指の数ほどであろうか。
「だから私の帝国語は、少しなまっているのだが……」
「逆に本物っぽくていいんじゃないか?」
セオドールはウィルを見上げた。ウィルは背が高い。彼の妹のリリアンも女性にしては長身だが、ウィルも男性の平均身長を大きく上回っている。
「やはり兄妹だな。リリアンも同じようなことを言っていた」
「ま、あれを育てたのは俺だからなぁ」
にやっとウィルが笑う。こういう表情はあまり似ていない。顔立ちは「あ、兄妹だな」とわかるくらいには似ているのに。彼女らは無事だろうか。
「……そう言えば、マティアスは置いてきてよかったのか?」
一人、軍艦で待機しているマティアスを思いだし、セオドールは尋ねた。ウィルは「ああ」とうなずく。
「いいんだよ。集団行動をすると、全員同じ場所にいることになるだろ。何かあった時のために、一人くらい離れた場所にいてもらわないと」
「なるほど……」
当たり前だが、やはり、ウィルとリリアンは同じような思考回路をしている気がする。リリアンも万が一アーサーが帝都にたどり着けなかった場合を考えて、セオドールたちを軍艦で帝国に向かわせたのだ。まあ、検問に何度も引っかかったので、たどり着くまでにかなり時間がかかったが。セオドールたちは確実にたどり着くことが前提だった。
「順調に行けば、みんな、もうたどり着いているはずだが」
と、ウィルは周囲より高い視線であたりを見渡す。彼らより先に出発したアーサーたちは、いくら陸路は時間がかかると言っても順調に行けばすでにレーヴラインにたどり着いているはずだった。だが、たとえたどり着いていたとしてもこの人の多さでは見つけるのは至難の業と思われた。
一応、セオドールも探してみる。軍艦で来たこの二人だが、格好は私服で、旅行客……というよりは、ビジネス客を装っていた。セオドールならともかく、ウィルには大学生のふりは厳しい。
何気なく見渡していたセオドールは、目の端に何かが引っかかり、視線を戻した。何となく見覚えのある大男がいた。
「……ウィル。あれ」
セオドールがウィルに囁く。何となく見覚えのあるその巨漢に、ウィルはブルターニュ語で声をかけた。
「クライド!」
リリアンと同じく、ウィルの声もよく響いた。なんと言うか、貫いて行く感じと言うか。
とにかく、ウィルの声は聞こえたらしい。セオドールたちの方に、クライドは近づいてきた。
「ウィル、セオドールも一緒か」
クライドが長身のウィルとそれにくっついていたセオドールを見て言った。最初は公爵子息と言うことでかなり気を使われていたが、現在の扱いはこんな感じである。今となっては、自分もやらかしたしなぁと思っている。
「そちらは……三人だけか? リリアンとアレックはどうした」
人ごみに紛れていて離れていると見えなかったが、クライドはアーサー、エイミーと一緒だった。だが、一緒のはずのあと二人の姿はない。
「……リリアンとアレックは、敵を引き付けるために……」
残った。アーサーは最後まで言わなかったが、セオドールたちは察した。ウィルが無感情に「そうか」といった。
「すまない、ウィル……」
アーサーがウィルに言った。だが、ウィルは首を左右に振ってアーサーの肩をたたいた。
「気にするな。あれも俺も、この旅についてきた時点で覚悟はしていた。それに……アレックはわからんが、リリアンは既にレーヴラインにいる可能性が高い」
「どういうことだ?」
セオドールは訳が分からなくてウィルに尋ねた。五人になった一行は、停泊している軍艦に戻りつつ、ウィルの回答を待った。
「敵を足止めしていたってことだろう? だとしたら、リリアンは殺されずに捕まった可能性が高い。彼女の能力は珍しいし、潜入向きだ」
「……もし、生け捕りという方向にならなくても、リリアンがうまくその方向に誘導して、自分を捕まえさせる、ということか?」
「大まかにいうと、そう言うことだ」
ウィルに同意を得られ、セオドールは何とか納得した……と思う。
確かに、精神干渉魔法と言う潜入向けの能力を持ったリリアンは、通常の戦闘よりもかく乱などが向いている。彼女は当たり前だが女性で、殺せ、ということにはなりにくいだろう。
「……そう言えば、リリアンは昔も似たような方法で宮殿に乗りこんでいったな……」
アーサーがため息交じりに言った。リリアンは頭がいいが、結構無謀だ。
「運が良ければ、アレックも回収しているだろう。とにかく、俺たちは帝国宮殿で皇帝に謁見しなければ」
それが当初の目的だった。アーサーと合流出来た時点で、セオドールが外交特使として持っていた女王からの委任状は役目を果たさなくなった。
とにかく、詳しい作戦は軍艦に入ってからだ。軍艦では、マティアスが待ち構えていた。
「……無事か」
航海中も騒がしかったマティアスであるが、昔からの仲間が二人、欠けている現状にさすがに沈痛な表情と声音で言った。ウィルがそんな彼の背中をたたく。
「中に入るぞ。作戦会議だ」
「……おう」
でもたぶん、マティアスはこのまま軍艦で待機なのだろうな、と思った。
何度も検問に引っかかったほかはほぼ順調であったセオドールたちとは違い、アーサーたちはかなり旅程を変更して帝都にたどり着いたらしい。まあ、それらを無事に切り抜けられた立役者である二人は、現在ここにいないのだが。
「まあ、終わりよければすべてよしということで。……国境を越えるのを見過ごした、ということは、俺たちを帝国内に引き入れたかった、ということか?」
ウィルが考え込むように言った。不安げに話しを聞いていたエイミーが「あっ」と何かを思い出した様子で声を上げる。
「どうした、エイミー」
ウィルが優しい声音で尋ねる。エイミーは「ええと」とゆっくり口を開いた。
「大したことじゃないんですけど、リリアンが『相手は、正規の軍人ではない。。正式な命令を受けて動く帝国軍人ではないだろう』って言っていたな、と思って」
「……どういう意味だろう」
セオドールは眉をひそめた。いや、言っていることはわかるのだが、どういうことだろうか。
「確かに、動きに不自然さは感じたが……」
クライドもそう言うということは、リリアンの言葉には吟味する必要性があるだろう。
「あー……まあ、軍隊っつっても、一枚岩じゃねぇってことかな……ブルターニュはアーサー陛下の名のもとに統一された軍隊を所有している。だが、帝国派そもそも、様々な民族が集まってできた領邦国家だ。まあ、今となっちゃほとんど原型がないが……少なくとも、確かに言えることは、帝国には三人の皇子がいて、それぞれ自分の派閥を持っている、ということだな」
「……では、陛下たちを追っていたのは、第三皇子の息のかかった帝国軍人の可能性が高い、ということか?」
セオドールが尋ねると、ウィルは苦笑を浮かべた。
「と、俺は思った。お前もそう思うなら、その可能性が高いな」
どのような名目で軍を動かしていたかはわからないが、まさか、アーサーたちを殺せ、と命じることはできないだろう。帝国の皇帝は結構な高齢である聞いているが、まだ実権は握っているだろうし。この近世に置いて、帝国はまだ王政が強いのである。ブルターニュなどは立憲君主制に移行しつつあるのに。リリアンに言わせれば「この時代にはナンセンス」ということになる。
「とにかく、ハルシュタット皇帝に謁見を申し出ようか」
ウィルが結論を出した。このメンバーだと、どうしても、ウィルが作戦担当になるな、と思った。
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