表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
What Remain  作者: 雲居瑞香
本編
4/66

episode:01-4










 エイミーがヴァルプルギス戦初陣を飾った日に危機対策監室に調整官が少なかったのは、視察に出かけていた女王がその翌日に宮殿に戻るからだった。


 調整官とは、要するに作戦指揮官のことである。作戦を考える役職の人間で、軍師とも言いかえることができる。危機対策監室に置かれる人間は、全員が魔導師、もしくはパラディンであり、そして指揮をとれると見込まれる人間だ。たいていは観測官や管制官を経験してから、能力を見て調整官になるかが決まる。

 女王の護衛はもちろん、ナイツ・オブ・ラウンドの役目であるが、その警備方法などは調整官との協議になることが多い。調整官たちはこの国最高の頭脳と言っても差し支えない。その知恵を借りたいと思うのは自然なことだろう。


 というわけで、あの時対策監室にリリアンしかいなかったわけだ。どんな時でも、最低一人の調整官は対策監室にいる必要がある。まあ、せめて二人はいる! と誰かは訴えていたが。

 昨日は居残り組だったリリアンも、女王の帰還では出迎え組だ。本当は嫌らしいのだが、きっちり制服を着こんでいる。危機対策監室は軍事的側面が強いため、制服は軍服に近い。黒の制服は彼女によく似合っていたが……。


「相変わらず仮装みたいだな」

「余計なお世話だ」


 リリアンの人形めいた美貌が、その正装を仮装っぽく見せている。顔とその重厚な軍服が釣り合っていないのだ。いや、だから、似合うことには似合っているのだ。とてもよく似合っている。舞台女優もかくやと言った感じだ。

 まあ、これでもまだましなのだが。これが盛装になるとより華やかになる。ロングコートと制帽が追加された日には、誰も彼女の本職がわからなくなるに違いない。

それはともかく、お出迎えである。足音が聞こえてきて、アレックは黙って頭を垂れた。

「今戻った。みな、出迎えありがとう」

「お帰りなさいませ、陛下。道中、不都合などはございませんでしたか?」

「おかげで快適だった」

 女王アーサー・キャメロットがにっこりと笑う。それに対応しているのが宰相だ。この宰相、リリアンの上司に当たり、かなりの腹黒であるのだが、みんなの前ではうまく隠している。


 ブルターニュの女王アーサー・キャメロットは今年で二十歳。アレックたちより一つ年上になる。アッシュブロンドに瑠璃色の瞳をした美しい女性で、パラディンでもある。ちなみに、『アーサー』というのは本名で、女性系の名前『Earther』のことである。

 女王の背後には、二人の青年が控えている。アレックから見て右側の男はナイツ・オブ・ラウンド第一席クライド・グレーブスだ。がっしりした体格の精悍な顔立ちをした男で、ナイツ・オブ・ラウンドの正装である赤の制服を着ている。まあ、アレックとエイミーも着ているが。


 そして、向かって左側も赤のナイツ・オブ・ラウンドの制服を着ていた。ウィル・カーライル。お察しの通り、リリアンの兄であり、ナイツ・オブ・ラウンド第三席だ。リリアンを見てもわかるように、この家系は長身の家系。体格は細いが、身長はウィルの方が高かった。そして、さすがは兄弟。顔立ちがよく似ていて、ウィルも美形である。

 この二人が、今回地方に視察に行っていた女王アーサーの護衛だった。アレックたちはお留守番だったわけだ。

「私がいない間、ありがとうルーファス。あとで状況を聞こう」

「陛下からのご報告も待っております」

「そうだな」

 アーサーは肩を竦め、宰相との会話を打ち切る。それから出迎えたナイツ・オブ・ラウンドを見て言った。

「今日からまたよろしく頼む」

「はっ」

 そろって返答がある。アーサーはもう一度微笑み、それからリリアンに声をかけた。


「リリアン、ただいま」

「お帰りなさいませ、陛下」


 相変わらず不遜な態度であるが、一応敬語はできている。リリアンは女王アーサーにはなんだかんだで敬意を払っているし、アーサーも細かいところは気にしないなかなか豪胆な性格をしているので、この二人、仲がいいのだ。年も近いし。

「相変わらずのようだな、リリアンは。大事な兄上を借りてしまってすまなかった」

「もっと使ってくださって構いませんが」

 リリアンひどい。ウィルが「おい」とツッコミを入れる。

「相変わらず辛辣!」

「ウィルは相変わらず軽い」

 軽薄な兄と生真面目な妹と言う感じで、結構つり合いが取れている兄妹だと思う。


「元気そうでよかった。リリアンの声を聞いていると、帰ってきたーって気がするんだ」


 と、アーサーは嬉しそうに言う。しかし、リリアンは相変わらずの真顔である。ニコリともしなかった。そんなところもリリアンっぽい、とアーサーは言って気にしない。

「あとで一緒にご飯でも食べよう。それじゃあ、ひとまず行くよ」

「お疲れ様でした」

「うん」

 アーサーが楽しげにリリアンに向かって手を振る。女王を見送った後、エイミーがリリアンを捕まえた。

「リリアン調査官、陛下と仲いいの?」

「……まあ、陛下は友達だと言ってくれる」

「なん……ですってぇ!」

 エイミーが悲鳴を上げる。

「リリアン調査官、きっとみんなにうらやましがられてるよ……」

 あたしもうらやましいし、と何故かエイミーが恨みがましくリリアンを見上げる。アレックが合流したときには、もうすでにアーサーとリリアンは今のような関係であったため、詳しいことはよくわからない。だが、昔から仲が良い。リリアンもあんな表情だが、まんざらでもないはずだ。
















 現在、ナイツ・オブ・ラウンドはアレックたちを含めて七名しかいない。そのうち一名は不在なので、現状は六名。さらに宰相のルーファス・ブルックス公爵。それに、リリアンにも召集がかけられていた。本当は危機対策監室の室長を呼んだらしいが、逃げられたので代理らしい。

 招集場所は女王の執務室だ。女王アーサーが難しい表情で自分がいなかった間の報告を聞いている。彼女は聡明な女王であるが、やはり、君主としての経験がまだ浅いので、戸惑うことも多いらしい。


「ありがとう。私の留守中を守ってくれて感謝する」

「いえいえ。女王陛下の為となれば」


 そう言う宰相ルーファスであるが、笑みがものすごく胡散臭い。そして、リリアンの絶対零度の視線である。何か恨みでもあるのだろうか。

「そう言えば、リリアンはブラックリー公爵のご子息の教育、うまくいっているのか?」

「いっていません。今日もやらかしました」

 話をそらすようにアーサーが尋ねると、リリアンはバッサリと斬り捨てた。さすがであるが、そう言われるセオドールが少し気の毒でもある。

「ああ、セオドールか。ついでだ。報告を頼む」

 と、ルーファス。あ、彼がセオドールを送り込んだのか。それはリリアンの恨みも買う。どちらかというと怜悧な美貌のリリアンに睨まれても平然としているルーファスはやはり只者ではない。


「誤報により、同士討ちをさせそうになりました」


 ノエルが気づき、別のところで指示を出していたリリアンに知らせてくれたため事なきを得たのだが、危うく味方同士で戦うところだったらしい。

「ほかにもいろいろありますが、聞きますか?」

「……まさかと思うが、全部記録を取っていたりは……」

 リリアンの兄ウィルが震える声で尋ねた。彼の生真面目な妹はきっぱりと答える。

「とっているに決まっている」

 さすがだ。期待を裏切らない。もうこの性格、弁護士などになった方が生かされるような気がするのだが、彼女はパラディンなのでこれで良いのだろう。

「……大変そうだな、リリアン」

 アーサーが苦笑気味に言った。そして続けてこう言った。

「弱っているリリアンを見るのは不思議な気分だな」

「笑いごとではありません」

 リリアンは真剣なのだが、まじめすぎてたまに面白い。


「宰相。あの男はダメです。頭はいいですが、馬鹿です」


 言い切った。その様子にウィルが苦笑を浮かべている。しかし、妹の歯に衣着せぬ物言いを止めることはしなかった。

「そうか。実戦経験を積めば多少は性格が矯正されるかと思ったのだが」

「難しい相談ですね。そもそも、実戦に出たらすぐにやられると思います」

 それは前にも聞いた気がする。リリアンは相当まいっている気がした。

「そんなにか?」

「まず人の話を聞きませんからね」

「お前もだろ」

 ウィルに突っ込まれ、リリアンが兄を睨んだ。妹に睨まれたウィルは「すんません」とうつむく。その肩をクライドがたたいた。この兄妹の力関係は面白いと思う。

「実践に連れて行ってもいいですが、陛下を護衛するとき張りの人員が欲しいですね」

「……リリアンが言うのなら、そうなのだろうね」

 と、アーサーも苦笑気味。リリアンが辛辣なのはいつものことだが、ここまでぼろくそに言うのも珍しい。


「殴ってしまえばどうだ?」


 宰相のくせにルーファスが脳筋発言をした。リリアンが暴力に訴えるのは最終手段である。


「私に公爵家の御曹司を殴れと?」

「ブラックリー公爵には許可をもらっているだろう」

「ルーファス様が殴ってきてください」


 あ、父親の方からは許可が出ているのか、と思った。まあ、父親も息子の性格を矯正したいのだろう。気持ちはわかる。

「……でもまあ、一度は現場に出たほうがいいな。私が外に出るときに、一緒に連れてくればいいだろう」

 それなら護衛を用意する手間も省けるし、とアーサーは笑うが、そう言う問題ではないと思う。案の定、リリアンは渋った。

「陛下。そう言う問題ではありません」

 でも、他に方法がないから、結局リリアンはセオドールを連れて出てくるのだろうな、と思った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リリアンは絶対教育向きの性格じゃない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ