episode:04-11
一回だけリリアン視点。
「リリアン! 本当にアレック置いて行くの!?」
「ああ!」
リリアンは走りながらうなずいた。今はそうするしかない。とにかく、アーサーを先に進める。
とはいえ、さすがにアレック一人ですべてを押さえきれるわけがない。リリアンは背後から追手が迫っているのを感じながら、落ち着いた声で言った。
「よく聞いてくれ。このまま、どこでもいい。街には行って乗り合いバスに乗ってレーヴラインを目指せ。さすがにこの状況で乗車するバスは指定できないから、そちらの判断に任せる」
「リリアン……」
アーサーが肩を上下させながら言った。リリアンもだいぶ息が上がってきていた。アーサーの手を放して前に押しやる。
「行け。相手は、正規の軍人ではないだろう。……この言い方はおかしいな。正式な命令を受けて動く帝国軍人ではないだろう。大丈夫。逃げ切れる。では、帝都で会おう」
「リリアン!」
「へい……っ。二人とも、行くぞ!」
リリアンと離れるのを嫌がるアーサーを、クライドが引っ張る。『陛下』と呼ぼうとしてエイミーとまとめて呼ぶことにしたらしい。そのエイミーも、何か言いたそうな表情でリリアンを見ていたが、振り切るようにクライドに肩を押されるアーサーに続いた。リリアンは先ほどのアレックと同じように一人、そこに残った。
「さて」
彼女の周囲に魔法陣が浮き上がる。リリアンは討伐師であるが、討伐師としての能力がそれほど優れているわけではない。むしろ、かつて宮殿からヴァルプルギスを狙撃したような、遠隔攻撃の方が得意だった。三本持ってきた剣のうち、一本はアレックが、もう二本はクライドとエイミーが持っている。
「いたぞ!」
「一人か?」
いかにもひ弱気な人間が立っているので、軍人たちはリリアンを侮った。遠くから見れば線の細い男に見えるし、そう見せかけて寝首をかくのもリリアンの役目の一つである。
ある一定の距離までリリアンに近づいた帝国軍人たちは、みな一様にその動きを止めた。妙な体勢で固まる者、その場でへたり込んでしまうもの。様々だが、とにかくリリアンに近づけないのは確かだった。
もともと、リリアンはそう言う魔法を使う魔導師である。精神干渉系の魔法を使用し、彼らの神経に干渉、脳から体への伝達信号を切ったのだ。
実は、リリアンの魔法では動きを止めることはできても相手を倒すことはできない。そこら辺は物理的な力が必要になる。リリアンは拳銃を取り出すと、一人ひとり、その膝関節を撃ちぬいていった。
「やあ、フロイライン」
唐突にそんな声がかかって、リリアンはそちらに銃口を向けた。その動きで魔法が切れてしまったが、魔法にかかっていた影響で撃たれていない者もその場に膝をついた。
そこにいたのは、こんな農道にいるには不釣り合いなほど華やかな美貌の男性だった。リリアンはこの世で最も美しい男性は自分の長兄だと思っていたが、そうでもなかったようだ。
帝国語で話しかけてきたその男は、今度はリリアンに向かってブルターニュ語で話しかけてきた。
「初めまして、レディ・エリザベス。私はハルシュタット帝国第三皇子フリードリヒ。あなたとお会いしたかった」
「……帝国の皇子殿下にそう言っていただけるとは光栄です」
リリアンは銃口を向けたまま、緊張気味に言った。
フリードリヒ・クラルヴァイン・ハルシュタット。自分で言っていた通り、ハルシュタット帝国の第三皇子だ。年は二十七。青みがかった黒髪に切れ長気味の碧眼をした美しい男性。未婚の皇子なので、社交界では人気者だそうだ。
頭がよく、男性にも女性にも人気がある。まじめな話も砕けた話もお手の物。彼には兄が二人と姉が一人いるが、第四子である彼が次代皇帝の最有力候補なのだそうだ。
だがひとつ、厄介なことがある。フリードリヒは現在の皇帝の後妻の第一子だった。彼の二人の兄と一人の姉は皇帝の前妻の子であり、つまり、後妻の子と前妻の子の間でし烈な権力争いが行われている。それが、現在の帝国社交界事情なのだそうだ。
一応、リリアンもできるだけ帝国のことは調べている。対外関係が重要な時代、調整官にもそう言った知識は必要であった。そして、今回の敵となるであろうフリードリヒ。厄介な相手だと思ったのだ。リリアンのやり方に近いやり方をする。
「大暴れしてくれたようだね。私も撃つかい?」
「その必要があれば」
「かわいらしい顔をして、なかなか肝の据わったことを言う。だが、それでこそ私がライバルと認めた女性だ」
迷惑な話である。勝手にライバル認定されていた。それにしても、ブルターニュ女王の影ともいえるリリアンの情報をつかむとは、さすがにやる。
「なあ、レディ・エリザベス。私と組めば、世界を手に入れることだって可能だと思わないか?」
誘うようなフリードリヒの言葉に、リリアンは回答に困った。なんと馬鹿な質問をするのだろうか。でも、おそらく、能力だけをかんがみるのであれば、可能だ。
「……私の世界は、小さな箱庭なのです。私は、この箱庭にいる人たちを守るだけで精一杯。私は自分の世界が守られれば、それでいい」
「なるほど。恐ろしいことを言う人だ、君は。でも、それならば、彼を見捨てられないね?」
彼の言葉と、背後のどさりという音にリリアンは振り返った。思わず銃口を下げる。
「アレック!」
軍人二人に取り押さえられたアレックが、そこにいた。彼もいわゆる『大暴れ』をしたのだろう。リリアンが切り捨てた結果が、これだ。
「何をした! 彼を離せ!」
リリアンがフリードリヒに訴える。自分でも、いつになく感情的になっている自覚はあった。リリアンは精神干渉魔法の使い手なので、自分を律することに自信があるつもりだったが、どうも雲行きが怪しい。
「強化魔導師だね。珍しい。確か、ブルターニュの内戦の原因の一つは彼らの存在ではなかったかな?」
「……」
リリアンは何も答えなかったが、フリードリヒの言葉はある一面では正しい。ブルターニュの内戦が激化したのは、強化魔導師の存在があったからだ。
「強化魔導師はもろい。放っておけば、彼はそう長く持たないだろうね」
強化魔導師はその名の通り、強化された魔導師だ。アレックは魔法を使用できないが、それは強化の後遺症である。魔力があり、一応肉体強化魔法として発現しているのだがら、アレックは強化魔導師と言って差し支えはないだろう。
「彼を人質にして、どうするつもり?」
「もちろん、あなたを勧誘するつもり」
にっこりと笑うフリードリヒはリリアンが彼について行くと確信しているように見えた。リリアンはアレックを振り返る。すでに意識がなく、放っておけば死に至るのは明白だった。
「……あなたについて行くからと言って、私はあなたになびいたわけではありません」
「そうだろうね。精神干渉魔法も効かないと聞いている。ゆっくり説得して見せるさ」
フリードリヒがリリアンの肩に手をまわす。ここまで来ると、彼の目的がアーサーをおびき寄せることだけではなかったのだ、とさすがに理解した。
アレックがちゃんと連れてこられていることを確認し、リリアンは顔を前に向けた。
「強化魔導師は、ほとんどの場合、三十を前に死んでしまうね。彼は無理をしているようだから、今助かったとしても、すぐに限界が来る」
「そうかもしれない。だが、あなたにそれを言われる筋合いはない」
リリアンだってわかっている。アレックは長くは生きられないだろう。もともと、命を削るような戦い方をしているのだ。
「それほどまでに、あなたは彼を愛しているということか」
その言葉に、リリアンは何の反応も示さなかった。そうであったとしても、そうでなかったとしても、現在のリリアンの最優先順位はアーサーである。彼女が帝都レーヴラインにたどり着くこと。おそらく、大丈夫だとは思うのだが。
リリアンはこうして捕まった。しかし、これは彼女が何の労もなくレーヴラインに足を踏み入れられるということを意味していた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
捕まれば帝都に行けるというその思考。
しばらくアレック不在です。




