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What Remain  作者: 雲居瑞香
本編
37/66

episode:04-9










 この四人でいると、内戦期を思い出す。この旅を始めてから、内戦期を思い出すようなことばかりだ。まあ、当時はウィルも一緒だったけど。そう言えば、ウィルは無事だろうか。


「みんな察していると思うが、このままドゥブレーから帝国に入国したいと思う。少し強引に国境を突破することになると思うから、覚悟しておいてほしい」


 三人が力強くうなずいた。リリアンがそう言うのだから、そうなるのだろう。

「帝国内に入ったら、アーサーを探す目はより厳しくなる。こちらの外交官が拘束されたと報告があってから既に四日だ。かなり早く移動できていると思うが、すでに、アーサーが国内にいない、という情報は帝国側にも伝わっていると考えるべきだろう。帝国に向かっているものとして全力で探しに来るだろう」

 女王が逃げたのだ、と喧伝しようにも、その身柄が本当に『行方不明』状態であれば、ブルターニュの民は信じないだろう。本気で情報操作したいのなら、アーサーの身柄を押さえる必要がある。


「なので、帝国内に入れば、何があってもアーサーを帝都レーヴラインに送り届ける必要がある。例え仲間をその過程で失うことになってもだ」


 本当なら、みんなで、五人で帝都まで行きたい。だが、それが難しいことはわかっている。だからリリアンはその厳しいところを告げる。

「本当なら、私が最後まで同行したいところだが、戦闘力に不安がある。だから、最後まで一緒に行くのはクライドだ。あなたは絶対にアーサーの側を離れるな」

「もとより、そのつもりだ」

 頼もしくうなずいたクライドに、リリアンは目を細めた。これは、『誰から順番に切り捨てるかを伝えているのだ。もっとも、この面子だと切り捨てられる順番は何となく察するものがある。少なくとも、アーサーとクライドは最後まで一緒だ。だから、そのほかの三人が順番に切り捨てられていく。


「あらかじめ伝えておく。私は、アレック、自分、エイミーの順で切り捨てていく」


 リリアンがきっぱりと言い切った。アーサーがギュッと膝の上で拳を握りしめた。クライドが心配そうにアーサーを見つめるので、リリアンではないが、いっそ肩でも抱け、と思う。アーサーは椅子で、クライドはベッドに腰掛けているから無理だけど。


「……何故、エイミーより先にリリアンなんだ?」


 アレックは素直に疑問に思ったことを尋ねた。リリアンがこちらの大陸横断組の指揮官であることを考えれば、彼女を切り捨てるのはエイミーのあとの方が良い。戦闘力を考えると、最後までアーサーと同行するのはクライドがいい、とわかる。だが、アレックだったら、自分の次にエイミーを選ぶと思う。

「……できれば、エイミーにもアーサーたちと一緒に帝都まで辿りつ手ほしいものだ……。感傷ではないぞ。戦闘経験の問題だ」

 わかるような気がした。おそらく、二人をさしで戦わせたらエイミーの方が強い。しかし、戦闘慣れしているのはリリアンの方だ。実戦と試合は違う。

「私が途中離脱する可能性があるので、先に伝えておく。みんなでたどり着ければそれに越したことはないが」

 それは希望的観測だ。リリアンはそれをわかっている。彼女がここまで言うのなら、全員で帝国に入ることはできるだろう。だが、その後はわからない。

 とりあえず、身軽なアレックが上の階に上り、アーサーとリリアンを引き上げてから自分の部屋に戻る。クライドがまだ神妙な顔でベッドに腰掛け、腕を組んでいた。


「どうした」


 窓とカーテンを閉めながら尋ねると、クライドは「ああ……」と眉をひそめる。

「こういうのは、もうないと思っていたんだが……」

「ああ、まあな。陛下の治世は安定していたから」

 アレックも苦笑を浮かべ、ベッドに腰掛けた。何があるかわからないので、服を着たまま寝る。

「……リリアンを無事なままウィルの元に返したいものだ」

 クライド、どんだけウィルが怖いんだ。アレックはベッドに寝転がりながら言う。

「だが、あいつはあいつで『他の人が死ぬくらいなら自分が死んだ方がましだ』とか言い出すぞ」

「……確かにな」

 淡々としているように見えて、情に厚い女だ。だからみんな、口の悪い彼女を最終的に認めてしまう。


 非情な命令も出さなければならないつらい立場だ。アーサーもそう。だからこそ二人は、親友でいられるのかもしれない。

 横になったら本格的に眠くなってきた。アレックは明かりを絞り、クライドに言った。

「明日、起きないと思うから起こしてくれ」

「お前、マイペースだな……」

 眼を閉じたら、ホントに寝た。
















 アレックはちょいちょいと頬をつつかれるのを感じて眼を覚ました。目の前のほっそりした手を反射的につかんだ。

「……リリアン?」

「おはよう。寝顔は可愛らしいな」

 ふっと笑って言うリリアンに、アレックは顔をしかめた。彼女はアレックを一体なんだと思っているのだろうか。アレックがリリアンの手首を引くと、身構えていなかった彼女はあっさりとベッドに倒れ込んだ。


「そこーっ! いちゃつくな!」


 高い声でツッコミが入った。朝から元気なエイミーである。アレックは上半身を起こすと、リリアンのことも起こしてやった。ニコニコと楽しそうにこちらを見守っているアーサーとは裏腹に、エイミーはぷりぷりしていた。

「もう……あっちもこっちも!」

 ……何となく察したので黙っておく。以後気を付けることとする。

「お前、本当に起きなかったな」

「っていうか、なんでリリアンたちがこの部屋にいるんだ?」

「先に引き払って来たからな、上の部屋は」

 ベッドに足を組んで座る彼女は、よく見たら男装だった。男物の細身のシャツにスラックス、ベスト、ジャケットを合わせれば彼女はウィルの若いころにそっくりらしい。ウィルの若いころの写真、家族写真だが、見せてもらったことがある。まあ、もともと兄妹だし似ていても不思議ではない。

「何故男装。よく似合っているが」

「褒められたと思っておこう」

 いや、普通に褒めているのだが。そろそろまじめな話に移ろう。

「早急にホテルをチェックアウトする。まだ早いが、ありえない時間ではないからな。チェックアウト手続きはクライドがやってくれ」

「わかった」

 アレックはばっとベッドから降りる。さすがに眠っている間によれたシャツを着替えた。彼の勢いでベッドから降りざるを得なかったリリアンが彼の腰のあたりを軽くたたき、ズボンのしわを伸ばしてくれた。魔法は便利だ。


 三十秒で身支度を終えたアレックに、エイミーが引き気味だ。リリアンが遠慮なくアレックに荷物を持たせ、男装中なので自分も荷物を持った。小さいのだけど。もともと、彼女は腕力がない。

 ロビーまで降りてきて、クライドがチェックアウトの手続きをする。その間にリリアンがふらっとどこかに行ってしまい、クライドが戻ってくるのと同時に戻ってきた。


「国境線は越えられそうだ。乗り合いバスで行こう」


 というのがリリアンの結論だった。先ほどふらっといなくなったのは、情報収集に行ったかららしい。リリアンを遠目で見守っていたエイミーによると、観光客らしい女性をたぶらかしていたらしい。遠目だから本当かはわからないが、彼女の顔ならできると思う。

「リリアン……たぶらかし方がウィルさんそっくりだったよ」

「何それ。すごくショック」

 エイミーの指摘に、リリアンは真顔でそう言った。真顔だから、本当にショックを受けているのかはよくわからない。この、リリアンの利用できるものは何でも利用する感はすごいと思う。

 どうやったのかは知らないが、リリアンは帝国との国境がまだ封鎖されていないことを確認してきた。だから。


 いよいよ、帝国に足を踏み入れることになる。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


なんだか長くなってきたのでさくさくといきたいと思います。

ウィルの若い頃といっても、やつはまだ25歳です。


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